第5話「もふもふと温泉」
干し肉を平らげた黄金の獣は、琥珀色の瞳を細め、長い舌で口の周りを丁寧に舐め回している。
傷の痛みから解放され、空腹も満たされたことで、警戒心は完全にどこかへ消え去ったようだ。
獣はゆっくりと立ち上がると、しなやかな四肢を伸ばして大きく背伸びをした。
複数の尾が優雅に揺れ、木漏れ日を受けて金色の粉を振り撒くように輝いている。
ソウタの足元で控えていたシロが、興味深そうに鼻を鳴らして獣の匂いを嗅ぎに近づいた。
獣は一瞬だけシロを見下ろしたが、すぐに敵意がないことを悟ったのか、鼻先を軽くすり合わせて挨拶を交わす。
「お前も、一人ぼっちだったのか」
ソウタはしゃがみ込み、獣の金色の毛並みを撫でた。
柔らかな毛は陽の光を吸い込んだように温かく、指先に心地よい感触を残す。
獣は喉の奥でゴロゴロと低い音を鳴らし、ソウタの手のひらに額を押し付けてきた。
その瞳には、自分を救い、極上の食事を与えてくれた存在への明確な親愛の色が宿っていた。
「よし、お前は今日からルナだ。一緒に来るか?」
ソウタが問いかけると、ルナは承諾の意を示すように、複数の尾をふわりと持ち上げてソウタの腕に巻きつけた。
シロも嬉しそうに短い尻尾を振り、ルナの周りを跳ね回る。
手に入れた角材を肩に担ぎ直し、ソウタは二匹のもふもふを引き連れて、ログハウスへと続く道を戻り始めた。
◆ ◆ ◆
結界に守られた拠点に戻ると、ソウタは手に入れた素材を使ってさらなる環境の整備に取り掛かった。
まずは、安定した食料確保のための畑作りだ。
ログハウスの裏手に広がる平坦な地面を選び、革袋から万能クラフトで作り出しておいた鋼のクワを取り出す。
柄を両手で握り締め、大きく振りかぶって黒い土へと刃を突き立てる。
固く締まった土が、刃に触れた瞬間に抵抗なく崩れていく。
ソウタの魔力がクワを通じて大地に流れ込み、土の中の不純物や石を細かく粉砕し、養分を均一に行き渡らせていく。
刃を引くたびに、ふかふかで肥沃な黒土が顔を出し、湿った土の豊かな匂いが辺りに広がった。
あっという間に広大な面積の土を耕し終えると、ソウタは森で採取した植物の種や、使いきれなかった野菜の切れ端を等間隔に植え付けていく。
土を軽く被せ、泉の水をたっぷりと撒く。
本来であれば芽が出るまでに数日はかかるはずだが、ソウタの魔力を含んだ土壌は植物の成長を異常な速度で促進する。
目を離した隙に、土の表面から薄緑色の双葉が顔を出し、太陽の光を浴びて青々と葉を広げ始めていた。
『これで、野菜には困らなくなりそうだ』
ソウタは満足げに畑を眺め、クワに付いた土を払い落とす。
シロとルナは、急速に成長する植物を不思議そうに見つめながら、畑の周囲を追いかけっこして遊んでいる。
土と汗にまみれた体を洗いたくなり、ソウタは視線を森の奥へと向けた。
泉の水は清らかだが、体を洗うには少し冷たすぎる。
前世の記憶が、温かい湯に浸かる至福の時間を強烈に求めていた。
『よし、次は温泉を掘ろう』
ソウタは拠点の敷地内を歩き回り、地脈の熱を感じ取れる場所を探す。
万能クラフトの感知能力を極限まで高め、足裏から伝わる微細な振動と温度の変化に意識を集中する。
やがて、ログハウスから少し離れた岩肌の近くで、足元に確かな熱源の気配を捉えた。
ここなら、深く掘り進めば確実に湯脈にぶつかるはずだ。
ソウタは岩肌の前に立ち、両手を地面に突き立てた。
膨大な魔力を一点に集中させ、地下深くの岩盤を一気に打ち砕くイメージを思い描く。
青い光の奔流が地面を突き抜け、地殻をなめらかに溶解しながら地下深部へと突き進んでいく。
地鳴りのような低い音が足元から響き渡り、地面が微かに振動した。
次の瞬間、岩肌の亀裂から、大量の白煙と共に熱湯が勢いよく吹き上がった。
「やった、大成功だ」
硫黄の匂いが辺りに立ち込め、熱気が顔を叩く。
ソウタは吹き出す湯の勢いを万能クラフトで制御し、周囲の岩を滑らかに削り出して広い湯船を形成していく。
岩の表面は鏡のように磨き上げられ、肌を傷つけない滑らかな感触に仕上げられた。
湯の温度も、長湯するのに最適な温度になるように調整を施す。
完成した露天風呂は、森の深い緑と滑らかな岩肌の対比が美しく、湯面には白い湯けむりが立ち込めている。
前世で憧れていた高級旅館の貸し切り風呂を思わせる、贅沢な仕上がりだった。
『最高だな、これは』
ソウタは服を脱ぎ捨て、掛け湯をしてからゆっくりと湯船に足を踏み入れた。
肌を刺すような熱さはなく、とろりとした湯が全身を優しく包み込んでいく。
深く息を吐き出しながら肩までお湯に浸かると、凝り固まっていた筋肉がじんわりと解れていくのがわかった。
頭を岩の縁に預け、目を閉じる。
森の木々が風に揺れる音と、湯口からお湯が流れ落ちる音だけが耳に届く。
シロとルナも湯の縁までやってきて、不思議そうに湯気を眺めている。
ルナが前足をそっとお湯に入れ、その温かさに目を細めて尾を揺らした。
シロも真似をしてお湯に触れ、熱さに驚いて飛び退く様子に、ソウタは声を上げて笑った。
「お前たちも、入りたくなったら入れよ」
青空の下、温かいお湯に浸かりながら、最高の仲間たちと過ごす時間。
ソウタは、この辺境の森での隠居生活が、すでに自分の理想を遥かに超えていることを実感していた。
誰の顔色をうかがうこともなく、自分の力で快適な環境を作り上げる喜び。
それは、勇者パーティーにいた頃には決して味わうことのできない、本物の平穏だった。




