第4話「金色の幻獣」
木々の隙間から差し込む朝陽が、ログハウスのガラス窓を透過して床板に柔らかな光の模様を描き出している。
暖炉の火はすでに落ち、灰の中から微かに赤みを帯びた熾火が静かに熱を放っていた。
分厚い毛布に包まれたソウタは、ゆっくりとまぶたを開く。
冷え込んだ外気とは無縁の、快適な室温が保たれた空間だ。
胸元には純白の毛玉が丸まっており、一定のリズムで小さな腹を上下させている。
シロの体温が衣服越しに伝わり、ソウタは心地よい重みを感じながら体を起こした。
『まずは朝飯の準備からだな』
ソウタがベッドから足を下ろすと、木の床は冷たさを微塵も感じさせない滑らかな感触を足裏に伝えてきた。
万能クラフトで付与した保温効果が、完璧に機能している証拠だった。
ソウタの動きに気づいたシロが、小さくあくびをして目をこする。
澄んだ青い瞳がソウタを捉えると、短い尻尾を勢いよく左右に振り始めた。
「おはよう、シロ」
頭を撫でてやると、シロは喉の奥を鳴らしながら手のひらに頬をすり寄せてくる。
柔らかな毛並みの感触を堪能してから、ソウタはキッチンへと向かった。
昨日採ってきたいくつかの木の実と、水瓶に汲み置いた冷たい泉の水を鍋に入れる。
かまどに乾燥した薪をくべ、火打ち石を軽く打ち合わせると、小さな火花が散って瞬く間に炎が立ち上がった。
鍋を火にかけ、干し肉を薄く削ぎ落として放り込む。
しばらくすると、水面からふつふつと細かな泡が立ち上がり、木の実が弾けて甘酸っぱい香りが室内に充満し始めた。
干し肉の塩気と獣脂が溶け出し、琥珀色のスープが完成していく。
木のお椀に盛り付け、冷まさないように卓上に並べる。
「さあ、食うぞ」
ソウタの声に反応し、シロが弾かれたようにベッドから飛び降りた。
滑るような足取りで駆け寄り、自分の分のお椀に顔を突っ込む。
熱いスープを器用に舌で掬い上げ、無我夢中で飲み込む様子に、ソウタは目を細めた。
自身も匙を手に取り、熱いスープを喉の奥へと流し込む。
胃袋に温かな熱が広がり、眠っていた内臓がゆっくりと目覚めていく感覚があった。
◆ ◆ ◆
朝食を終えたソウタは、腰にナイフを下げてログハウスの外へと出た。
今日の目的は、拠点の周辺を探索し、生活をさらに豊かにするための素材を集めることだ。
結界の外に出ると、空気が一変する。
死の森特有の、腐葉土と鉄錆が混ざったような重苦しい匂いが鼻腔を突いた。
シロはソウタの足元にぴったりと寄り添い、周囲の茂みに警戒の視線を向けている。
ソウタは歩みを進めながら、使えそうな植物や石を見つけては立ち止まった。
『これは、香辛料の代わりになりそうな実だな』
赤い小さな実をつける低木を見つけ、ソウタは手を伸ばす。
指先から淡い青色の光を放ち、実の成分を瞬時に解析した。
毒性がないことを確認し、光の波紋で枝から実だけを綺麗に分離して革袋に収める。
さらに奥へと進むと、巨大な倒木が道を塞ぐように横たわっていた。
表面にはびっしりと苔が生え、虫が這い回っている。
『家具の材料にはちょうどいい大きさだ』
ソウタは倒木に手のひらを当て、万能クラフトの力を注ぎ込む。
青い光が倒木全体を包み込み、腐朽した部分や害虫を一瞬で消し去った。
残った強固な芯の部分だけが抽出され、持ち運びやすい大きさに切り揃えられた角材へと変化する。
それらを軽々と肩に担ぎ、さらに探索を続ける。
森の木々は深く影を落とし、昼間だというのに薄暗い。
湿った土が靴底にまとわりつき、歩みを進めるごとに微かな水音が近づいてきた。
小川でも流れているのかと思い、ソウタは音のする方向へと足を踏み出す。
棘のあるシダ植物をナイフで滑らかに切り払い、視界を開いた先で、ソウタの足がぴたりと止まった。
「……なんだ、あれは」
巨木の根元に、黄金色の何かが倒れていた。
木漏れ日を反射してきらきらと輝くそれは、見事な毛並みを持つ獣だった。
四肢は細くしなやかで、背中から伸びる尾は複数に分かれている。
その神々しい姿は、おとぎ話に出てくる幻獣そのものだった。
しかし、その美しい毛皮は泥に汚れ、脇腹のあたりが黒く変色している。
周囲の土には、争ったような激しい爪痕と、乾いた血の跡が点々と残っていた。
獣の胸は微かに上下しているが、呼吸は浅く不規則だ。
シロが低く唸り声を上げ、その場に立ち止まる。
「待て、シロ。警戒しなくていい」
ソウタはシロをなだめ、ゆっくりと黄金の獣へと近づいていく。
足音を立てないように慎重に歩み寄り、膝をついて獣の様子を観察した。
閉じられたまぶたの奥には、確かな命の灯火がまだ残っている。
しかし、ひどく衰弱しており、放置すれば長くは持たないだろう。
ソウタは革袋から、昨日作り置きしておいた緑色の薬液を取り出した。
エメラルドの輝きを放つその液体は、いかなる外傷も瞬時に治癒する神話級の霊薬だ。
「少し痛むかもしれないが、じっとしていてくれ」
ソウタは獣の脇腹にある黒く変色した傷口に、薬液を数滴垂らした。
薬液が傷口に触れた瞬間、まばゆい光が傷全体を包み込む。
腐死しかけていた肉が生命力を取り戻し、新しい細胞が瞬く間に再生していく。
黒ずんだ血の塊が剥がれ落ち、下から綺麗な黄金色の毛皮が覆い被さった。
ほんの数秒の間に、致命的だった傷は完全に消滅していた。
獣の体が大きく波打ち、苦しげだった呼吸が深く穏やかなものへと変わる。
ゆっくりとまぶたが開き、琥珀色の瞳がソウタの顔を捉えた。
『傷は治ったが、まだ力が抜けているみたいだな』
ソウタは獣の警戒を解くように、ゆっくりと手を伸ばしてその頭を撫でた。
黄金の毛並みは驚くほど滑らかで、指の間をすり抜けるような感触がある。
獣は身をよじることもなく、ただ静かにソウタの手のひらの温もりを受け入れていた。
その時、獣の腹の奥から、低く鳴動するような音が響いた。
「腹が減っているのか」
ソウタは苦笑し、革袋の中から携帯用の保存食を取り出した。
万能クラフトで水分を飛ばし、旨味を極限まで凝縮した特製の干し肉だ。
それを指先で細かく裂き、手のひらに乗せて獣の口元へと差し出す。
獣は琥珀色の瞳で干し肉とソウタを交互に見つめ、鼻先をひくつかせた。
凝縮された肉の香りが鼻腔をくすぐったのか、獣の喉がごくりと動く。
恐る恐る舌を伸ばし、ソウタの手のひらから干し肉を一片舐め取った。
その瞬間、獣の瞳に驚きの色が浮かび上がる。
次の瞬間、獣は残りの干し肉に猛烈な勢いで食らいつき、ソウタの手のひらまで舐め回す勢いで平らげてしまった。
食欲という原始的な欲求の前に、誇り高き幻獣の面影はすっかりと消え去っていた。
「ははっ、いい食べっぷりだ」
ソウタは空になった手のひらを獣のざらついた舌で舐められながら、森の中で出会った二匹目の家族に微笑みかけた。
死の森の奥深くに、また一つ、温かな命の繋がりが生まれようとしていた。




