第3話「規格外の拠点作り」
朝日が木々の隙間から差し込み、泉の水面を黄金色に染め上げている。
ソウタが目を覚ますと、胸元には丸くなったシロがぴったりとくっついて眠っていた。
規則正しい寝息を立てる小さな背中をそっと撫でてから、ソウタは静かに体を起こす。
冷たい空気で肺を満たし、両腕を大きく伸ばして凝り固まった筋肉をほぐした。
『今日は、本格的な拠点作りを始めないとな』
野宿を続けるわけにはいかない。
雨風をしのぎ、安全に眠るための家が必要だ。
ソウタは泉の周辺を歩き回り、建築に適した素材を探し始めた。
太い倒木や、苔むした巨大な岩がそこかしこに転がっている。
普通なら大工道具や石工の技術が必要な作業だが、ソウタには万能クラフトがある。
「まずは木材からだな」
ソウタは巨大な倒木に手を触れ、魔力を注ぎ込む。
眩い青い光が倒木を包み込み、腐りかけた表皮や湿った内部の水分が一瞬にして蒸発していく。
バキバキと音を立てて木の形が変わり、厚みや長さが均一に整えられた、美しい木目を持つ板材や太い柱が次々と生み出されていった。
防虫効果や耐火性まで付与されたその木材は、高級な建築資材として王都でもお目にかかれない代物だったが、ソウタはただの丈夫な板だと認識している。
続いて、大きな岩に手をかざす。
岩は光の中で砂のように崩れ去り、再び結合して真四角の滑らかな石のブロックへと変化した。
これを土台として地面に敷き詰めていく。
『次は、柱を立てて壁を作っていくか』
ソウタのイメージに合わせて、木材が宙を舞い、パズルのピースのように正確に組み合わさっていく。
釘や金具を一切使わず、木と木の凹凸を複雑に噛み合わせる特殊な工法で、頑丈な壁が立ち上がっていく。
シロは泉のほとりに座り、不思議そうな顔でその光景を眺めていた。
時折、尻尾をパタパタと振りながら、楽しそうに短い鳴き声を上げる。
作業は驚異的なスピードで進んだ。
太陽が真上に昇る頃には、立派なログハウスの外枠が完成していた。
三角の屋根には、薄く切り出した石の板を隙間なく並べていく。
入り口には頑丈な木の扉を取り付けた。
窓枠には、砂を熱して作り出した透明度の高いガラスをはめ込んだ。
「よし、外観はこんなもんかな」
ソウタは額の汗を拭い、完成したログハウスを見上げた。
木の温もりが感じられる、素朴だが美しい家だ。
扉を開けて中に入ると、真新しい木の香りが胸いっぱいに広がる。
広々とした部屋の片隅には、石を組み上げて作った暖炉を配置した。
床には滑らかな木の板を敷き詰め、裸足で歩いても心地よい感触が伝わってくるように仕上げてある。
ベッドやテーブル、椅子といった家具も、余った木材から瞬く間に作り出した。
シロが短い足で部屋の中を駆け回り、新しいベッドの上に飛び乗って嬉しそうに転げ回っている。
その愛らしい姿を見て、ソウタの口元が自然と緩んだ。
『あとは、安全を確保するための結界だな』
ソウタは家を出て、森を少し歩き、魔力を帯びた淡く光る石をいくつか拾い集めた。
その魔石をログハウスの四隅の地面に埋め込み、万能クラフトで魔力の回路を繋ぐようにイメージする。
魔石から目に見えない波紋のような力が広がり、家全体と泉を含む空間をドーム状に覆い尽くした。
空間の空気がわずかに歪み、外からの物理的な攻撃や悪意を完全に遮断する神話級の絶対結界が完成した。
これで、どれほど強力な魔獣が襲ってきても、この敷地内に入ることはできない。
「完璧だ。これで安心して眠れる」
ソウタは大きく深呼吸をし、澄み切った空気を味わった。
追放されたときはどうなることかと思ったが、今は胸の奥底から静かな喜びが湧き上がってくるのを感じていた。
誰かに命令されることもなく、自分の好きなように生活空間を作り上げる。
美味しいご飯を食べ、温かいベッドで眠る。
それは、前世からずっと渇望していた、穏やかで自由な時間だった。
夕暮れ時になり、ソウタはかまどで夕食の準備を始める。
今日は少し豪勢に、森で採れたキノコと木の実を使ったシチューだ。
火の暖かさが顔を照らし、鍋から立ち上る湯気がシロの鼻先をくすぐる。
シロはソウタの足元にすり寄り、早くご飯にしてくれとせがむように見上げてきた。
「焦るな、今美味しくしてやるからな」
ソウタはシロの頭を撫でながら、鍋をかき混ぜる。
日が落ちて暗くなった森の中で、結界に守られた小さなログハウスだけが、温かい光と匂いを放っていた。
死の森の中心で始まった、規格外の隠居生活。
ソウタはまだ、自分の作った家が王城をも凌ぐ防御力を持ち、シロが伝説の魔獣である事実を完全には理解していなかった。




