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生産職だと勇者パーティーを追放されたが、万能クラフトで最強の隠居生活を始めます  作者: 黒崎隼人


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第13話「世界一幸せな隠居生活」

 深い森の夜が明け、東の空が薄明かりに染まり始める。

 分厚いガラス窓を透過した微かな光が、ログハウスの床板に長い影を落としていた。

 木目の美しさを際立たせるように磨き上げられた床は、夜の冷気を一切通さず、室内の温かな空気を静かに保っている。

 ソウタは掛け布団の心地よい重みと温もりに包まれながら、ゆっくりとまぶたを持ち上げた。

 視界の先には、天井の太い梁が規則正しく並んでいる。

 万能クラフトで組み上げたそれは、一切の歪みもなく、強固に家全体を支えていた。

 胸元には純白の毛並みが丸まり、規則正しい呼吸に合わせて小さな膨らみが上下している。

 その隣には黄金色のしなやかな体が寄り添い、複数の尾がソウタの足に絡みつくように伸びていた。

 シロとルナの二匹は、まだ深い眠りの中にいるようだ。

 ソウタは二匹を起こさないように、そっと布団から腕を抜き出した。

 冷たい空気が肌に触れる前に、素早く身を起こし、ベッドの脇に用意しておいた衣服に袖を通す。

 麻のシャツのざらついた感触と、革のズボンの硬い生地が肌に擦れる音が、静まり返った部屋の中に微かに響いた。

 足裏に触れる木の床は、氷のように冷え切った外気とは無縁の、人肌のような温もりを伝えてくる。

 音を立てないように慎重な足取りでキッチンへと向かい、石を組み上げたかまどの前にしゃがみ込んだ。

 昨晩の灰の中から、まだ赤みを帯びた小さな火種を探し出す。

 乾燥した細い小枝を幾重にも重ね、その中心に火種を置いて軽く息を吹きかけた。

 肺から押し出された空気が火種に酸素を送り込み、赤熱した部分が徐々に面積を広げていく。

 やがて、小さな炎の舌が小枝を舐めるように立ち上がり、周囲の空気を歪ませた。

 太い薪を井桁に組み上げると、炎はそれを餌にして勢いを増し、かまど全体を明るく照らし出す。

 薪の内部にわずかに残っていた水分が急激に熱せられ、乾いた音を立てて弾け飛んだ。

 揺らめく光がソウタの顔に濃い影を落とし、顔の表面温度がじんわりと上昇していく。

 鉄の鍋を火にかけ、水瓶から汲み置いた澄んだ泉の水を注ぎ込む。

 水面に炎の光が反射し、小刻みに揺れ動いていた。

 革袋から干し肉を取り出し、神話級のナイフを抜く。

 刃先が肉の表面に触れた瞬間、抵抗は一切なく、繊維が滑らかに両断されていく。

 薄く切り出された肉片を沸騰し始めた湯の中に放り込むと、一瞬で表面が白く変色し、獣特有の強い脂の匂いが立ち昇った。

 続いて、昨日畑で収穫した丸みのある根菜の泥を洗い落とし、親指大の大きさに切り分けていく。

 硬い根菜も、ナイフの刃の前では豆腐のように簡単に切り裂かれた。

 切り口からは透明な水分が滲み出し、土の豊かな香りが微かに漂う。

 それらを鍋に追加し、木で削り出した匙でゆっくりと掻き回す。

 水面に細かな泡が立ち上がり、食材の旨味が溶け出した琥珀色のスープが完成に近づいていた。

 かまどから立ち上る強烈な匂いが、部屋の奥まで届いたのだろう。

 ベッドの方から、布が擦れる音と、短い欠伸の声が聞こえてきた。

 ソウタが振り返ると、シロが前足を大きく伸ばして背中を反らせ、筋肉の強張りを解いているところだった。

 ルナも複数の尾をふわりと広げ、琥珀色の瞳を細めてソウタの姿を探している。

 二匹はベッドから軽やかに飛び降り、爪音を立てずにキッチンへと駆け寄ってきた。


「おはよう。今、朝飯の準備ができたところだ」


 ソウタは二匹の頭を順番に撫でる。

 シロの冷たく滑らかな毛と、ルナの温かく柔らかい毛の感触が、手のひらを通して伝わってくる。

 二匹はソウタの手の匂いを嗅ぎ、早く食事を寄越せとばかりに鼻先を足首に擦り付けてきた。

 木のお椀を三つ用意し、熱いスープと具材を均等に取り分ける。

 湯気と共に、干し肉の塩気と根菜の甘い匂いが爆発的に広がる。

 ソウタが床に二つのお椀を置いた瞬間、二匹は猛烈な勢いで顔を突っ込んだ。

 熱さを気にする様子もなく、鋭い舌でスープを掬い上げ、肉の塊を喉の奥へと丸呑みにしていく。

 器と歯が触れ合う微かな音と、液体をすする音だけが響く。

 ソウタもテーブルに着き、自分の分のお椀に口をつけた。

 熱い液体が舌の表面を焼き、干し肉から溶け出した強烈な旨味が味蕾を容赦なく刺激する。

 根菜は歯を立てるまでもなく舌の上で崩れ、ホクホクとした食感の後に自然の甘みが口いっぱいに広がった。

 胃袋に温かな熱が落ちていき、眠っていた細胞が次々と目覚めていくのを感じる。

 誰の指示を受けることもなく、自分が食べたいものを自分の手で作り上げる喜び。

 それは、過去のしがらみから完全に解放された証拠だった。


◆ ◆ ◆


 朝食を終え、ソウタは腰にナイフを下げてログハウスの外へと出た。

 シロとルナも後に続き、朝の冷たい空気を鼻先で確かめるように嗅いでいる。

 今日の予定は、拠点の裏手に広がる畑の手入れと、新しい家具の作成だ。

 結界の内側は外の瘴気を完全に遮断しており、清浄な空気が満ちている。

 ソウタは万能クラフトで打ち出した鉄のクワを肩に担ぎ、畑の畝の間を歩き始めた。

 魔力を帯びた土壌は常に適度な水分を保ち、雑草一つ生えることを許さない。

 大きく育った葉の裏側に隠れている成熟した野菜を見つけ出し、刃を当てて収穫していく。

 茎を切断するたびに、瑞々しい水分が溢れ出し、青臭い植物の匂いが鼻腔を突いた。

 収穫した野菜を木箱に詰め込み、地下の貯蔵庫へと運ぶ。

 氷の魔石が放つ冷気が肌を刺し、息を吐くたびに白い霧が空中に舞った。

 貯蔵庫にはすでに大量の干し肉や果実が備蓄されており、数年間は外に出なくても生活できるほどの食料が確保されていた。

 地上に戻ったソウタは、森で切り出しておいた巨大な倒木の前で立ち止まった。

 表面の樹皮をナイフで滑らかに削り落とし、内部の詰まった木目を確認する。


『よし、今日は家の外でくつろげる長椅子を作ろう』


 ソウタは木材に手のひらを当て、万能クラフトの魔力を注ぎ込んだ。

 淡い青色の光が木材全体を包み込み、物質の構造を根本から作り変えていく。

 不要な部分が砂のように崩れ落ち、残された中心部が滑らかな曲線を描きながら長椅子の形へと変質していく。

 座面は人の背骨の形に合わせてわずかに窪みを持たせ、背もたれは寄りかかった時に最も体重が分散される角度に調整した。

 表面にはガラスのような光沢を帯びるコーティングを施し、雨風に晒されても決して腐食しない神話級の家具が完成した。

 ソウタは完成した長椅子を日当たりの良い庭の中央に配置し、ゆっくりと腰を下ろした。

 硬い木材で作られているはずなのに、座面はまるで柔らかな布のようにお尻に馴染み、背もたれは背中全体を優しく包み込んでくれる。

 極上の座り心地に、ソウタの口から自然と深いため息が漏れ出た。

 シロが長椅子の端に飛び乗り、ソウタの膝に頭を乗せて目を閉じる。

 ルナも足元に体をすり寄せ、複数の尾を敷物のように広げて丸くなった。

 太陽の光が森の木々を透過して降り注ぐ。

 柔らかな陽光が、肌に心地よい温もりを与えてくれた。

 風が通り抜けるたびに、葉が擦れる静かな音が波のように押し寄せては引いていく。

 かつて勇者パーティーで冷遇され、常に他人の顔色を窺っていた日々は、もはや遠い昔の幻のように感じられた。

 圧倒的な力を持つ従魔たちに守られ、規格外の能力で理想の環境を作り上げる。

 ここには争いも、飢えも、理不尽な命令も存在しない。

 ソウタは目を閉じ、頬を撫でる風の温度を感じながら、胸の奥から湧き上がる確かな幸福感を全身で噛み締めていた。

 この辺境の森の奥深くで、彼の手による世界一幸せな隠居生活は、誰にも邪魔されることなく静かに続いていくのだ。

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