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生産職だと勇者パーティーを追放されたが、万能クラフトで最強の隠居生活を始めます  作者: 黒崎隼人


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番外編「主の料理は絶対」

◇シロ視点


 冷たい雪が吹き荒れる北の霊峰で生を受けたその日から、私は常に孤独と共にある存在だった。

 伝説の魔獣フェンリル。

 その名を聞いただけで、人間たちは恐れおののき、同族の獣たちすら私を避けて遠ざかっていった。

 生まれながらにして宿す強大な魔力は、触れるものすべてを氷の彫像へと変え、周囲の熱を容赦なく奪い去る。

 誰の体温を感じることもなく、ただ一人で広大な縄張りを巡り、力だけを頼りに生き抜いてきた。

 あの忌まわしい日、強力な魔物の群れに不意を突かれ、致命的な深手を負うまでは。

 脇腹を深くえぐられ、流れ出る血の温かさが雪を溶かしていく。

 痛みが全身を駆け巡り、意識が遠のく中で、私は死の森の奥深くへと逃げ込んだ。

 もはやこれまでかと諦めかけた時、鼻腔をくすぐる未知の匂いに導かれ、私は最後に残った力を振り絞って茂みから転がり出た。

 そこで出会ったのが、後に私の主となるソウタだった。

 彼は私を恐れるどころか、その温かい手のひらで私の血に汚れた背中を優しく撫でてくれた。

 彼の手から放たれた緑色の液体のことは、今でもはっきりと覚えている。

 皮膚に触れた瞬間、まばゆい光が傷口を覆い、千切れた肉が繋がり、失われた血が瞬時に補填される感覚。

 神の奇跡としか思えないその現象の直後、彼が差し出してくれた木のお椀があった。

 そこに並々ならぬ匂いを放つ肉の塊とスープが入っていた。

 警戒心など、その芳醇な匂いの前では無意味だった。

 舌の先にスープが触れた瞬間、私の脳を雷が貫いたような衝撃が走ったのだ。

 干し肉の繊維が歯の隙間でほぐれ、凝縮された塩気と脂が舌の上で溶け合う瞬間。

 熱い肉汁が喉の奥を滑り落ちていくときの、魂が震えるような恍惚感。

 幻獣としての矜持など、あの一口を味わった瞬間に冷たい雪の底へと捨て去っていた。

 私は今や、彼の足元に擦り寄り、腹を見せて甘えることに何の抵抗も感じていない。

 あの手から与えられる極上の食事が約束されるのなら、私は喜んでただの飼い狐として生きる道を選ぶ。


 丸太を組み上げた広々とした部屋の中。

 暖炉の火が赤々と燃え盛り、石の表面に複雑な影を落としている。

 ソウタは木で作られた揺り椅子に深く腰掛け、目を閉じて静かに呼吸を繰り返していた。

 その規則正しい胸の上下運動を見つめながら、私は短い尻尾を振り、彼へと近づいていく。

 主の膝の上は、この世界で最も温かく、最も安心できる特等席だ。

 私が前足を膝にかけ、滑らかな毛並みを擦り付けようとした瞬間、横から黄金色の尾が割り込んできた。

 ルナだ。

 彼女は琥珀色の瞳で私を横目で睨みつけながら、しなやかな体をソウタの足元に滑り込ませた。


『そこをどけ。ここは私の場所だ』


『お前こそ退きなさい。主の傍は私の指定席よ』


 言葉を交わすまでもなく、視線だけで静かな火花が散る。

 私と彼女は、主の寵愛と、何より次に出されるであろう極上の肉の端切れを巡って、日々見えない争いを繰り広げていた。

 私は喉の奥で低い振動音を鳴らし、彼女の尾を前足で牽制する。

 彼女も負けじと鋭い牙をわずかに覗かせ、背中の毛を逆立てた。

 だが、私たちの小競り合いは、頭上から伸びてきた温かい手のひらによって一瞬で鎮められた。

 ソウタの手が、私の耳の後ろを撫で、同時にルナの背中を優しく掻く。

 その絶妙な力加減と、肌から伝わる圧倒的な安心感に、私たちの敵対心は雪のように溶けて消え去った。


「喧嘩はよせ。お前たちは仲良しだろう」


 ソウタの静かな声が鼓膜を震わせる。

 私は抵抗するのをやめ、主の膝の上に顎を乗せて目を閉じた。

 ルナも複数の尾を丸め、私の体に寄り添うようにして体温を共有してくる。

 主の匂いに包まれながら、私は深い充足感の中で呼吸を整えた。

 この平穏な時間が、永遠に続けばいい。

 そのためなら、私は自らの命を懸けてこの場所を守り抜く。

 先日、結界の外から汚らしい人間たちが主の静寂を乱そうとした。

 彼らの放つ下劣な欲望の匂いに、私は本能的な殺意を覚えた。

 主の指先に傷一つでもつけようものなら、私はこの身に宿るすべての魔力を解放し、世界ごと氷の棺に沈めてやるつもりだった。

 ルナも同じ思いだったに違いない。

 彼女の尾から放たれる黄金色の魔力は、空間を焼き尽くすほどの熱量を持っていた。

 愚かな人間たちは、私たちの威圧に耐えきれず、泥にまみれて這いつくばりながら逃げ去っていった。

 森の魔物など、私たちから見ればただの虫けら同然だ。

 主の作り出した完璧な結界を破れる者など、この世界には存在しない。

 私は主の膝の上で体勢を変え、鼻先を彼の手のひらに押し付ける。

 ソウタは微かに身動きをし、眠ったまま私の頭を撫でてくれた。

 明日もまた、主が目を覚ませば、あのかまどから芳醇な匂いが漂ってくるだろう。

 干し肉の焼ける音、沸騰するスープの泡立ち。

 想像するだけで口の中に唾液が溢れ出してくる。

 伝説の魔獣としての恐ろしい異名も、世界を滅ぼす力も、今となってはどうでもいい。

 私に必要なのは、主の温かい手と、彼が作る絶対的な旨味を持つ料理だけなのだから。

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