第12話「至福の夜と隠遁の完成」
泥にまみれた不快な訪問者たちが逃げ去り、死の森には再び深い静寂が戻ってきた。
木々の葉が風に擦れる微かな音と、遠くで鳴く夜の虫の音だけが、澄んだ空気の中に溶け込んでいく。
ソウタは結界の境界線から一歩退き、ログハウスの温かな光に照らされた二匹の従魔を見下ろした。
彼らは何事もなかったかのように短い尻尾を振り、純粋な瞳でソウタを見上げている。
先ほど放っていた、世界を凍りつかせるような恐ろしい威圧感は微塵も残っていない。
「ありがとな、シロ、ルナ。おかげで静かになったよ」
ソウタが膝をついて両手を広げると、二匹は嬉しそうに胸の中に飛び込んできた。
シロの冷たくも滑らかな毛並みと、ルナの陽だまりのように温かい毛皮の感触が、腕の中で混ざり合う。
二匹の体温をしっかりと確かめてから、ソウタは立ち上がり、重厚な木の扉を静かに閉めた。
外の寒気と不快な気配は完全に遮断され、室内は再び完璧な平穏な空間へと戻った。
『さて、少し邪魔が入ったが、夜はこれからだ』
ソウタは気分を切り替え、キッチンへと向かった。
地下の氷の貯蔵庫から、万能クラフトで完璧に熟成させた巨大な肉の塊を取り出す。
表面には適度な脂が回り、赤身の部分は深いルビー色に輝いている。
神話級の切れ味を持つナイフで厚さ数センチの分厚いステーキ状に切り分けると、断面から濃厚な肉の香りがふわりと立ち上った。
熱した鉄のフライパンに、森で採れた香草と木の実から絞った油を引く。
そこに肉を落とした瞬間、ジュワッという激しい音と共に、白い煙が勢いよく立ち上った。
肉の表面が焼ける香ばしい匂いと、脂が弾ける微細な音が、空腹感を暴力的なまでに刺激する。
表面にこんがりと焼き色がつくまで火を通し、裏返してさらに火を入れる。
肉の内部に赤い肉汁を閉じ込めるように、慎重に温度を調整していく。
付け合わせには、畑で採れたばかりの新鮮な根菜を乱切りにし、肉の脂を吸わせるように一緒に炒めた。
火から下ろし、木の大皿に盛り付けると、肉の表面で油がチリチリと微かな音を立てていた。
「よし、できたぞ。特製のステーキだ」
ソウタが皿をテーブルに置くと、待ちかねていたシロとルナが行儀良く座り直した。
しかし、その視線は肉に完全に釘付けになっており、口元からは涎が垂れそうになっている。
ソウタは笑いながら、二匹の木のお椀にたっぷりと肉と野菜を取り分けた。
合図を出すと同時に、二匹は顔を器に突っ込み、夢中で肉に食らいつく。
鋭い歯で肉を噛みちぎるたびに、閉じ込められていた熱い肉汁が口いっぱいに広がり、二匹は喉の奥を鳴らしながら至福の表情を浮かべていた。
ソウタも自身の皿から肉を切り分け、口に運ぶ。
噛み締めた瞬間、濃厚な旨味と甘い脂が舌の上で爆発し、脳の奥が痺れるような快感が押し寄せてきた。
根菜は肉の旨味をたっぷりと吸い込み、ホクホクとした食感で自然の甘みを提供してくれる。
『うん、美味い。やっぱり自分の家で食う飯が一番だ』
ソウタは肉を咀嚼しながら、部屋の隅々を見渡した。
万能クラフトで一つ一つ作り上げた家具は、どれも手触りが良く、使い勝手も完璧だ。
暖炉の火は室内を優しく照らし出し、冷たい風の吹き込む隙間など一つもない。
誰の顔色をうかがうこともなく、ただ自分の好きなものを食べ、好きな時間に眠る。
前世からずっと憧れていた、完璧な自由がここにあった。
食後、ソウタは暖炉の前の揺り椅子に深く腰掛けた。
満腹になったシロとルナが、ソウタの足元に体を預けて丸くなる。
ソウタは手製のブラシを取り出し、二匹の毛並みをゆっくりと梳かしていった。
ブラシが通るたびに、純白と黄金の毛が艶やかな光沢を放ち、二匹は気持ちよさそうに目を細めて微かな寝息を立て始める。
指先から伝わる柔らかい感触と、規則正しい温かな呼吸のリズム。
それは、どんな魔法や財宝よりも価値のある、確かな命の重みだった。
『明日も、畑の手入れをして、森の奥を少し探検しようか』
ソウタは揺り椅子に揺られながら、明日の予定を頭の中に思い描く。
誰かに命令されたからではなく、自分がやりたいからやるのだ。
暖炉の薪がパチリと弾ける音を聞きながら、ソウタの意識はゆっくりと心地よい眠りの底へと沈んでいった。
勇者パーティーから追放された不遇の生産職の青年は、今、世界で最も安全な場所で、誰よりも豊かな隠遁生活を手に入れていた。




