第11話「幻獣たちの威圧」
ログハウスの中は、外の過酷な環境が嘘のように穏やかな時間が流れていた。
石組みの暖炉では乾燥した薪が規則正しい音を立てて爆ぜ、赤々とした炎が部屋全体を心地よい温度で満たしている。
ソウタは万能クラフトで生み出した座り心地の良い革張りの椅子に深く腰掛け、手彫りの木製マグカップを傾けていた。
中には森で採れた果実を煮詰めて作った温かい飲み物が入っており、一口すするごとに甘酸っぱい香りが鼻腔を抜け、内臓の隅々まで温めていく。
足元では、純白の毛並みを持つシロと、黄金色の尾を揺らすルナが、互いの体を寄せ合いながら気持ちよさそうに丸くなっていた。
ソウタが空いた手でシロの柔らかな背中を撫でると、シロは目を閉じたまま喉の奥をゴロゴロと鳴らし、ルナは長い舌でソウタの指先を優しく舐めた。
静かな夜の森の音だけが、BGMのように微かに聞こえてくる。
不意に、外から鈍い音が連続して響いてきた。
まるで誰かが硬いガラスを力任せに叩いているような、切羽詰まった音だ。
同時に、結界の外側で複数の気配が乱れているのを、ソウタの感覚が捉えた。
『なんだろう。魔獣が結界にぶつかっているのか』
ソウタはマグカップをテーブルに置き、ゆっくりと立ち上がった。
主人の動きに合わせ、シロとルナも静かに身を起こし、青と琥珀色の瞳を扉の方へと向ける。
その瞳の奥には、主人の平穏を乱す者への静かな怒りが灯っていた。
ソウタが重厚な木の扉を押し開けると、冷たい夜風と共に、濃密な泥の匂いが流れ込んできた。
結界の境界線に歩み寄ったソウタの目に飛び込んできたのは、見覚えのある顔ぶれだった。
泥と血にまみれ、衣服は引き裂かれ、見るも無惨な姿で地面に這いつくばっているレオンたち。
彼らは結界の壁にすがりつき、背後に迫る闇から逃れようと必死に壁を叩き続けていた。
ソウタの姿を認めた瞬間、レオンの顔に希望と、それを上回る傲慢な色が浮かび上がった。
「ソウタ。お前、生きていたのか。さあ、早くこの見えない壁を消して俺たちを中に入れろ」
命の危機に瀕しているというのに、その口調はかつて彼を顎で使っていた頃と全く変わっていなかった。
ソウタはため息を吐き、結界の内側から冷ややかな視線を下ろす。
「断る。ここは俺の家だ。お前たちを入れる義理はない」
ソウタの明確な拒絶に、レオンは顔を真っ赤にして激昂した。
「ふざけるな。俺たちは勇者パーティーだぞ。お前みたいな役立たずは、俺たちのために道具を作っていればいいんだ。早く結界を解け。さもないと、あとで痛い目を見るのはお前だぞ」
その言葉の響きは、ひどく滑稽だった。
泥水にまみれ、武器すら持たない者が、安全圏にいる相手に向かって放つ脅迫など、何の意味も持たない。
ソウタは何も答えず、ただ静かに首を振った。
これ以上、彼らと関わるつもりは一切なかった。
しかし、そのやり取りを背後で聞いていた二匹の従魔は、レオンの態度を許容しなかった。
主であるソウタを侮蔑し、この静寂に満ちた聖域を土足で踏みにじろうとする愚者たち。
シロとルナが、ソウタの両脇をすり抜けてゆっくりと前へ出た。
次の瞬間、周囲の空気が一変した。
シロの純白の毛が逆立ち、全身から青白い冷気が立ち昇る。
ルナの複数の尾が大きく広がり、空間を歪ませるほどの黄金色の魔力が陽炎のように揺らめいた。
愛らしいペットの姿は影を潜め、世界を終焉へと導く災厄の象徴としての真の姿が、そこに顕現した。
結界の外へ、二匹の放つ殺気と威圧感が物理的な重さを持って押し寄せた。
レオンたちは、肺に流れ込む空気が突然鉛に変わったかのような息苦しい錯覚に陥った。
肺に酸素が入っていかず、心臓が握り潰されるような激しい痛みに襲われる。
膝がガクガクと震え、立っていることすらできずに泥の中へ倒れ込んだ。
背後まで迫っていた凶悪な魔獣すらも、二匹の放つ異常な気配に悲鳴を上げ、尻尾を巻いて暗闇の奥へと逃げ去っていく。
結界越しであっても、その威圧感は彼らの精神を完全に破壊するには十分すぎた。
視界が明滅し、耳の奥で耳鳴りがガンガンと響く。
ガルドは口から泡を吹き、魔法使いの少女は恐怖のあまり白目をむいて気を失っていた。
レオンは歯の根を合わすこともできず、ただ涙と鼻水を流しながら、目の前の二匹の幻獣を見上げることしかできない。
自分たちがどれほどちっぽけで、どれほど恐ろしい存在に喧嘩を売っていたのかを、細胞レベルで刻み込まれていた。
「もう二度と、近づくな」
ソウタの静かな声が、夜の森に響き渡った。
レオンたちは声にならない悲鳴を上げながら、這いつくばったまま泥にまみれて後退りし、やがて狂ったように暗闇の森の中へと逃げ出していった。
彼らがこの死の森を生きて抜け出せるかどうかはわからないが、ソウタの知ったことではない。
ただ一つ確かなのは、彼らが二度とソウタの前に姿を現すことはないということだけだ。
二匹の幻獣は気配を収め、再び愛らしい姿に戻ると、ソウタの足元にすり寄って甘えるように鼻を鳴らした。




