第34話:重力の向きが個体ごとにバラバラなんだが
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朝。
俺が目を覚ます。
体を起こす。
……起き上がったのに足の感覚がない。
フワッ――
「……あ?」
体が横に浮いた。
ベッドに対して“横”に。
そのまま壁にペタッと張り付く。
「え?」
視界が90度ズレる。
床が横にある。
天井が奥にある。
上下の感覚が完全に壊れる。
「三半規管が仕事辞めたんだが!?」
少女が普通に立っている。
床の上で。
何事もない顔で。
「おはようございます」
「いや待て!!俺横なんだが!!」
少女が言う。
「現在、重力の向きが個体ごとに異なっています」
「さらっと世界壊すな!!」
「なお、安定性は保証されていません」
「保証しろよ!!」
立ち上がろうとする。
……いや、
“立つ”という感覚がおかしい。
俺にとっての下は壁だ。
床は横。
天井は斜め。
視界がぐるぐる回る。
「酔う!!普通に酔う!!」
なんとか壁を歩く。
ペタペタ。
手と足で張り付くように移動する。
「俺だけホラーゲームみたいになってるんだが!!」
少女は普通に歩く。
床を。
「温度差やめろ!!」
外に出る。
ドアを開ける。
……開けた瞬間、
フワッ――
「うおっ!?」
外では重力の向きが変わる。
今度は“上”に引っ張られる。
空に向かって浮く。
内臓が持っていかれる感覚。
「落ちる方向逆!!」
慌ててドア枠を掴む。
ぶら下がる形になる。
足が宙でバタバタする。
「外出た瞬間これかよ!!ログアウトさせろ!!」
通り。
人がいる。
……全員バラバラ。
ある人は普通に地面を歩き、
ある人は壁を歩き、
ある人は天井に張り付いている。
さらに、
一人は斜め45度に立っている。
もう一人は逆さで走っている。
「統一しろ!!せめて方向だけ!!」
少女が言う。
「各個体に対して、ランダムな重力ベクトルが設定されています」
「言い方だけ賢そうにするな!!」
「なお、再抽選も行われます」
「ランダム更新すな!!」
よく見ると、
パン屋の看板が空に向かって“落ちている”。
看板が空に吸い込まれていく。
店員は天井に立って接客している。
客は壁にいる。
パンは斜めに並んでいる。
一部は浮いている。
「店として成立してねえだろ!!」
パン屋に入る。
……入った瞬間、
グルン。
重力が切り替わる。
「うわっ!?」
今度は天井が“下”になる。
俺はそのまま天井に落ちる。
ドン!!
顔面からいく。
「毎回リセットされるのかよ!!」
店員が天井から頭を下げる。
逆さのまま。
「いらっしゃいませ」
「逆さ接客すな!!」
「重力に従っております」
「従うな!!」
パンを取ろうとする。
手を伸ばす。
パンが三方向に分かれて落ちる。
「分裂すな!!」
一つは天井へ、
一つは壁へ、
一つは俺の顔面に向かってくる。
「物理法則どこ行った!!」
隣の客の方向に落ちていく。
その客は壁にいる。
パンが途中で軌道を変える。
「軌道も信用できねえ!!」
少女が言う。
「物体ごとにも個別の重力が設定されています」
「もう終わってるだろ!!」
なんとかパンを掴む。
両手で挟み込む。
「よし……!」
一口食べる。
……パンが口から“上”に落ちる。
口から離れて逆方向へ飛ぶ。
「食えねえ!!栄養取れねえ!!」
もう一回。
今度はちゃんと入る。
だが噛んだ瞬間に頬から抜ける。
「安定しろ!!」
通り。
兵士が歩いてくる。
……いや、
空から落ちてくる。
ドン!!
膝から着地。
「登場の仕方おかしいだろ!!」
兵士が言う。
「現在の治安は安定しています」
その瞬間、
兵士が横に“落ちる”。
スーッ――
壁に吸い込まれていく。
「安定してねえだろ!!」
「方向は不安定です」
「そこだよ問題は!!」
広場。
男が女に告白している。
男は地面。
女は天井。
距離が遠い。
高さもズレてる。
男、
「好きです!!」
女、
「聞こえません!!」
「そりゃそうだ!!物理的に遠い!!」
その瞬間、
男の重力が変わる。
フワッ――
空へ。
「うおっ!?」
女の方へ飛んでいく。
直線的に引っ張られる。
「ロマンチックにするな!!」
だが途中で、
女の重力も変わる。
スーッ――
別方向へ。
真横に消えていく。
「すれ違うな!!運命もズレてる!!」
男が空中で回転する。
「待ってくれえええ!!」
「追えねえだろ!!」
その時。
違和感。
地面が、
ゆっくり傾いている。
「……は?」
建物がズレる。
窓が斜めになる。
人が滑る。
全員の“下”が変わり続けている。
「世界単位で動くな!!」
少女が言う。
「空間全体の重力方向も変動しています」
「もう逃げ場ねえだろ!!」
「全体同期は行われていません」
「だからバラバラなんだよ!!」
俺の体が浮く。
フワッ――
止まらない。
空へ。
どんどん上がる。
建物が小さくなる。
人が点になる。
「やばい!!高度上がってる!!」
呼吸が浅くなる気がする。
「落ちる場所がねえ!!戻る方向も分かんねえ!!」
その瞬間。
空にウィンドウ。
「ユーザーフィードバック」
来た。
「“方向感覚が分からない”」
その通り。
「“どこに立てばいいか分からない”」
知ってる。
「“酔う”」
めっちゃ分かる。
「“上下って何?”」
それな。
「改善を実施します」
やめろ。
少女の声が響く。
「次のアップデートでは、重力の統一が行われます」
「頼むぞ……!!」
「言語アップデート ver.4.9」
「だから言語関係ねえだろ!!」
光。
静寂。
俺は目を開ける。
地面に立っている。
ちゃんと下がある。
重い。
安心感がある。
歩く。
ちゃんと下に引かれる。
「……直った……!」
深呼吸する。
普通に立てる喜び。
その瞬間。
俺の体が、
左右に引っ張られる。
「……え?」
左からも、右からも、下からも、
上からも、斜めからも、
全部の方向から引力。
ググググ――
体が引き伸ばされる。
関節が悲鳴を上げる。
「いてええええ!!」
周りを見る。
人々が、
十字に引き伸ばされている
X字、十字、星型。
空中でピンと張られている。
「方向増えてる!!ベクトル増量すな!!」
建物も歪んでいる。
塔がねじれている。
地面が引っ張られて波打つ。
「統一の意味履き違えてるだろ!!」
少女が一言。
「重力が全方向に統一されました」
「統一の意味考えろ!!」
「すべての方向が等価です」
「等価にするな!!下は一つでいい!!」
俺は空を見上げた。
どこが空か分からないまま。
「この世界、“下は一つ”って概念ないのかよ……」
少女が答える。
「仕様です」
「知ってた!!」
次回、比喩禁止!?お楽しみに!




