肆
ある日、村野が変な夢を見たと言い出した。あまりにも平和な日常を過ごしている為、ゆっくり眠る時間もあるのだ。地獄に居たときは睡魔に負けて寝てしまうと、苦痛を味わいながらこれでもかというぐらい残酷に切り殺される。
村野の夢に鬼が現れ、一つの力を授けると言ってきた。力の発動には合言葉を言わなければならず、どんな力かは発動させてみないと分からないという。
「いざ参らん!」
村野が合言葉を叫ぶと身体が一瞬光を放った。何事も無いように思えるが、一体何が起こったのかと神谷も村野自身も分からずにいた。
すると、1人の現世人がいつものように神谷たちにぶつかるように歩いてきた。現世人とぶつかっても身体はすり抜けるので、普段から避けることはない。しかし、村野にぶつかった現世人は立ち止まった。そして村野の姿が消えた。
「あれ? 村野さん?」
神谷が名前を呼ぶも、返事がない。神谷の目の前では現世人が立ち止まったままキョロキョロしている。
「あれ? 神谷さん?」
目の前に立っている現世人が神谷の名を呼んだ。しかし姿は見えていない様子。
――――もしかして、村野がこの現世人に入り込んだのか?
普段は現世人を斬っても何も反応しない刀だが、死人が入った現世人を斬るとどうなるのか。神谷の好奇心はどんどんと高まり、刀を鞘から抜いて思いっきり目の前の現世人を斬った。すると現世人の身体から村野が飛び出してきた。
「痛っ!」
「村野さん。ごめん、好奇心が抑えきれず斬っちゃった」
「あ、神谷さん。良かったー。急に居なくなるんだから」
「うん。俺も急に村野さんが消えたからビックリしたよ。それより、今この人に乗り移ってたよね?」
「え?」
村野は自分が入っていた現世人を見たが、乗り移ったことに気付いていない様子だった。村野に乗り移られた現世人は何でこんなところに立ち止まっているのだろうと考えている様子で立っていた。そして再び歩き出し、どこかへと消えていった。
村野は自分が乗り移りの能力なのかどうかを確かめる為に再び現世人の身体へ向かって行ったが、次はいつもの様にすり抜けた。
状況が掴めず、神谷と共に考えたのが“1度乗り移って抜けた後、もう一度合言葉で能力を発動させなければいけない”のではないかという結論だった。
「いざ参らん!」
確かめる為にもう一度合言葉を叫ぶと、再び村野の身体が一瞬光った。そして現世人の身体に向かっていった村野は、ぶつかると同時に姿を消した。
やはり毎度発動しなければいけないようだ。後は自力で抜ける方法だが、それは村野の方が分かっていた。しばらくすると自然と村野の身体が抜け出してきた。
「これ、1分しかもたないみたい」
「1分か。でも羨ましい能力だね」
「ねえ、神谷さんも何か授かってるんじゃないの?」
「俺寝てなかったから夢とか見てないしなぁ」
「とりあえずやってみてよ」
神谷は村野に言われてとりあえず合言葉を言ってみた。
「いざ参らん!」
身体が光ることも無し、何の変化もなかった。やはりまだ力は授かっていないようだ。その力は皆授かるものなのかどうかも分からなかった為、神谷はひとまず様子を見ることにした。
2人で街を歩いていると電気屋に展示されているテレビにニュースが流れていた。普段ならば目もくれず通り過ぎるのだが、何故か神谷は急にテレビの前で立ち止まった。村野も神谷が止まったことに気付いて慌てて神谷の方へ戻った。
「昨夜、東京都の練馬区で男が何かを叫びながら刃物を振り回していた事件で、逮捕された長野県在住、無職の男は事件の事は全く記憶に無いと容疑を否認しているとのことです。練馬警察署前の前川さん、よろしくお願いします」
「はい、私は現在男が留置されている練馬警察署の前に来ています。取材によりますと、男は刃物を振り回していた1分間ほどの記憶が全く無く、気がつくと手に刃物を持っていたと供述しているそうです。現場に居合わせた目撃者にお話を聞いたところ、男は“俺は森田だ! 今ココに復活を宣言する!”と叫んでいたそうです。現場からは以上です」
「前川さん、 ありがとうございました。刃物と森田といえば20年ほど前の練馬区連続通り魔事件を思い出しま すね。」
「しかし彼は12年前に死刑が執行されています。模倣犯の可能性もありますね」
「今後の容疑者の供述に注目していきたいと思います」
練馬区連続通り魔事件。神谷には覚えがあった。生前、まだ中学生だった頃にそんなニュースが流れていたような気がすると。さらに引っかかったのが森田という名前。神谷たちと共に現世に飛ばされてきた衆人の中に1人、森田という男が居た。
――――まさか。
神谷は嫌な予感がした。村野も薄々気付いている様子で神谷の行動を待っていた。




