参拾捌
ボールを投げる手が止まり、少し驚いた表情で神谷をジッと見る浩太。しかし、怖がるとかそういうものではなかった。
「こんな優しそうな人が死刑になるほどの罪を犯したんだ。人って見た目では分からないね」
浩太は何か納得したかのように再びボールを投げ始めた。神谷はあまりにも冷静な浩太の姿を見て何を話すべきか悩みながら投げ返していた。
「キャッチボールって心のキャッチボールにもなるって聞いたことあるんだけど、本当だね」
「どういう意味?」
「叔父さん、今僕と何を話していいか迷ってるでしょ」
「よく分かったね」
「ボールを受ける時にどこに飛んでくるかを予測するでしょ? その予測は相手の投げるフォームとか視線を読み取ってするんだ。だから相手をよく見ている。そうすると、自然と表情とかも読み取って何を考えているのか、楽しんでいるのかとかが伝わってくる」
神谷は浩太のあまりの分析力に投げる手を止めた。浩太は何かいけないことを言ってしまったのかと不安そうな顔をした。
「君は本当に天才だよ。もし興味があるなら、罪を犯した人たちの心理カウンセラーとか目指してみてはどうかな」
「心理カウンセラー?」
「俺は昔からスイッチが入ると歯止めの利かないところがあった。罪を犯したのもそのせいだと今は思う。死んでから地獄で色々あってね、俺がなれなかった今を生きる現世の人たちをずっと見守ってきた。仲間も出来てライバルも出来て、そして最後は先祖にも会えた。そして俺は今、将来有望な甥っ子に会った。浩太、死んでもまだまだ人生は続いていることを覚えていて欲しい。それを誤った道に進んでしまった人たちに伝えるんだ。死んで終わりと思うなよと」
「叔父さんは本当に色々経験してきたんだね」
「まあな。そろそろ暗くなってきたから家に帰ろう。この話は誰にも言うなよ。頭がおかしくなったと思われるから」
「分かったよ」
浩太と共に実家に戻った神谷は、恐る恐るリビングの扉を開いた。すると父、母、妹が座って待っていた。
「本当に龍二なのか」
「父さん……。ごめんなさい」
父は神谷の前に来て思いっきり殴った。吹き飛ばされた神谷は久しぶりの父の拳が痛くて、でも嬉しくて泣いていた。
父も殴った自分の拳を見つめ、死んだはずの息子が帰ってきたことに涙していた。
「言いたいことは山ほどあるが、とりあえずお前の話を聞こう」
「父さん……。ありがとう」
神谷は殴られたことと、父が素直に受け入れたことに少し動揺して黙り込んでしまった。すると妹が背中を押してくれた。
「ほら。言いたいことがあって戻ってきたんでしょ」
「ああ。俺は死んでから地獄で色々あったんだが、そこで神谷家の先祖に会ったんだ。龍之進さんって知ってるかい?」
「先祖か。ちょっと待っていろ」
父は何か思い当たるらしく、リビングから出て行った。母は未だに信じられないと言う顔で神谷をジッと見つめていた。
父が何か箱を持って戻ってくると、机の上においてフタをあけた。中には巻物が入っており、父はその巻物を開いた。神谷家の家系図のようだ。
「これだな。龍之進さんは俺から17代前の人だな」
「家系図なんて残ってたのか」
「お前には言ってなかったかも知れないが、神谷家は代々武家として発展してきた家系なんだぞ」
「え? 龍之進さんの友達は神谷家は下級武士だったって」
「龍之進さんの父親まではな。しかし、お前が会った龍之進さんが神谷家を発展させたんだ。俺も親から聞いた話だが。浩太、お前も聞いておきなさい」
父は神谷家に代々受け継がれている話を始めた。
1525年に神谷家の長男として生まれた龍之進は、親の背中を追うように武士として剣の稽古に励み、勉学もしっかり学んだ。ある日、仕えていた大名が戦を起こす為、龍之進の父は戦場へと向った。その戦で父は戦死し、龍之進は10才という若さで神谷家の当主となった。
今まで仕えていた先では大勢の内の1人として働いてきた父とは違い、幼いながらにして実力を発揮し始めた龍之進はどんどんと昇格していった。龍之進が20才になった頃、既に大名の側近にまでなっていた。
それからは代々君主の側近として仕える家系となり、幕末後は軍事関係に誘われるも断り、平民として暮らすようになったという。
神谷は家系のことなど全く興味がなかった為、生前にそんな話を聞くと言うことがなかった。しかし、死んで先祖に会ったことによって神谷家の歴史を知ることが出来た。本当であれば神谷が子孫を残して神谷家を継いで行くのだが、死んでしまった為に妹が神谷家を継いで行くことになった。浩太は神谷家の存続を担う人物である。
「父さん、ありがとう。この言葉は本当なら生前に言うべきだったね」
「構わんよ。お前のせいで散々苦労したが、それも俺の人生だ。こうしてもう一度会えたことが最大の救いだよ」
「龍二。本当に帰ってきたのね」
「母さん。でももう行かないと」
「もう行くのかい?」
「もうすぐ戻る約束の時間なんだ。最後にみんなと話せてよかったよ。迷惑をかけてごめんな。でも神谷家の未来は安泰だ。浩太がいる限りね」
みんなして浩太を見た。妹は「どうして浩太?」という顔をしていたが、神谷はそれ以上言わなかった。徐々に体が光り始めた神谷を見て浩太が駆け寄って来た。
「僕が死ぬまで待っててくれる?」
「悪いな。その頃にはもう居ないかもしれない」
「どうして!?」
「閻魔大王とそういう約束なんだ」
浩太は寂しそうな顔をしていた。
「でも、もしかすると龍之進さんにはあえるかもしれないよ。俺の名前は龍二。龍之進さんに会ったらこの名前を出すといいよ。と言っても浩太があっちに行くのは何十年も先の話で、今日のことは忘れているかもしれないな」
「忘れないよ。絶対に」
「それは嬉しいな。ありがとう」
浩太と話し終えると母が抱きついてきた。その姿を後ろでじっと見ている父と妹。
「龍二。帰ってきてくれてありがとう。もう会えないかもしれないわね。もっと早く受け入れてあげたかった。話したいことは山ほどあったのに」
「母さん。この腕の中で向こうに行けるのが最高の幸せだよ。苦労をかけてごめんね。ありがとう」
その言葉を最後に神谷は消えて行った。母は腕の中で消えていく息子を涙を流して見送った。大量殺人を犯して死刑となった人物であるが、その前にお腹を痛めて産んだ息子である。1度目の別れは出来なかった分、ちゃんとお別れ出来たことが家族にとって神谷からの最高の恩返しだった。
地獄に戻った神谷は閻魔大王の前に立っていた。そして神谷は座った。
「どうだった?」
「甥っ子に会ったよ。凄く賢い子だった。神谷家の将来は安泰だな」
そう言った神谷の顔はどこか寂しげだった。閻魔大王はうんうんと頷きながら神谷の話を聞いていた。
「お前はこの後、全てが消滅して跡形もなくなる。それは他の人を見て分かっているだろう。怖いか?」
「怖い。本当はまだ死にたくないよ。でもそれが俺の運命だ。覚悟は出来ている」
「よく言った。では最後に一つ教えてやろう。お前たちが居た人間道の時間は、この地獄道の1週間で10年と言われている。だから地獄の者からすれば、平均的に人は2ヶ月程しか人間として存在していないのだ。たった2ヶ月だ。人間として産まれて2ヶ月だったら、まだ何も出来ないだろう? だから人間道で生きた者たちは人生の続きとして地獄道や天道に行くのだ」
神谷は閻魔大王の言葉に凄く納得していた。そう考えれば長すぎる地獄での苦悩も長く感じないのかもしれない。しかし、そんな話を教えてもらえる衆人は数えるほどしか居ないだろう。
殆どの者は、死んでからただただ地獄での日々を送っている。そういう者たちが生まれ変わり再び人として生きて行き、同じように2ヶ月ほどで死ぬのだ。そのサイクルは永遠に続いている。
ふと神谷は思った。閻魔大王に潰されて消滅した後は生まれ変わることは出来ないのかと。生まれ変わる術はもう残されていないのかと。
閻魔大王は金棒を振りかぶった。「じゃあな」と言いながら神谷に向って振り下ろした。神谷は閻魔大王に潰されて地獄から消滅した。




