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参拾漆

 妹に呼び止められた神谷は再び足を止めた。


「美香……」

「やっぱりお兄ちゃんなのね。どういう状況なのか全然理解出来ないけど、幽霊……?」

「そうだな、俺は幽霊だ。しかし、今は実体化している」

「やっぱり理解出来ないわ。お父さん達に会いに来たの?」

「そのつもりだったんだが、入る前に怖気づいてしまって。美香、俺のせいで苦労をかけたな」


 妹は黙り込んでしまった。怒鳴りつけてくるのか、泣き出すのか、優しく許してくれるのか。神谷は妹の返答をドキドキしながら待っていた。


「もう昔の話。お父さんも一時は寝たきりにまでなったのよ。お兄ちゃんのせいで」

「ああ、知ってる」

「え?」

「あ、いや。そうだったのか」

「お母さんは足が悪いから私が実家に戻って生計を立ててたの。でも、ある日突然お父さんの体が良くなって、お母さんも足が良くなったの。お医者さんも全然分からないし奇跡だとしか言わない。私は今までおにいちゃんの分を謝り続けたことで神様が許してくれたんだと思ったわ」

「そうか」


 妹は怒るわけでもなく、泣くわけでもなく、優しい雰囲気は出さず淡々と今までのことを愚痴るかのように話した。すると後ろから走ってくる足音が聞こえた。妹は神谷の後ろに視線をずらして一気に表情が明るくなった。


「おかえり」

「ただいま! ……こんにちは」

「こんにちは」

「お家に帰って手洗いうがいしておいで。おやつの用意してあげるから」

「はーい」


 小学生ぐらいの少年が実家に入っていった。


「今の子は?」

「息子よ。30後半で生んだ子なの。上にも女の子が居るけどね、今は寮のある高校に行ってるわ」

「結婚してたのか」


 家の前で立ち話していた2人は息子が帰ってきたのをきっかけに家に入ることにした。神谷は恐る恐る家の中に入った。リビングには先ほどの少年がテレビを見ていた。その隣には母親が一緒に座っていた。


「美香、どこに行ってたの?」

「あのね、お母さん。驚かないで聞いてね」


 妹が横にずれると、神谷の姿が母に見えた。母はポカンとした顔をして理解していない様子。


「久しぶり、母さん」


 神谷が声を発してもまだ理解していない母。しかし徐々に分かってきたのか、みるみる内に顔が強張っていった。

 母はパニックになり、慌ててリビングを出て行った。妹は母を追いかけて行き、神谷は少年と2人きりになってしまった。

 気まずい雰囲気になってしまった神谷は、何か話そうと声をかけてみた。


「おじさんのこと知ってる?」

「……知らない。ごめんなさい」

「そりゃそうだよね。いや、謝らなくていいんだよ」


 限界だった。これ以上何を話していいのか分からず、2人で流れていたテレビをジッと見ていた。すると、廊下から妹が何か叫んでいる。どうしたのかと振り向くと、直ぐそばまで来ていた母が塩をぶっかけてきた。


「ちょっ!! 何をするんだよ!」

「悪霊退散!! 家から出ていけ!!」

「分かった! 分かったからやめてくれ!」


 神谷はどんどん塩を投げつけてくる母から逃げるように家を出た。少年はポカンという顔でその光景を見ていた。

 ピシャッと玄関が閉められ、神谷は体に被った塩を払いながら家を後にした。


「お兄ちゃん!」


 妹が追いかけてきた。少年も一緒だった。


「どうした?」

「何か言いたいことがあったんじゃないの?」

「いや、顔を見たかっただけだよ。元気そうで何よりだ。父さんにも会いたかったけど、あまり時間がないし母さんがあれだったら家に入れないし」

「そう……」

「悪霊退散か……。本当、今の俺はただの悪霊だよな。アハハ」


 どこか寂しげな笑い方をする神谷を見て少年が口を開いた。


「おじさん、幽霊なの?」

「え?」

「だって、どう見てもお母さんより若いよね。でもお母さんはお兄ちゃんって呼んでるし、おばあちゃんは見てはいけないものを見たような顔をしてたし」

「美香、お前の息子は天才か?」

「……私もビックリしてるわよ」


 冷静に状況を分析する少年を見て神谷は少し驚いた。どこか浩太の面影を感じていた神谷は名前を聞いた。すると、名前は浩太だった。


「浩太くん。昔、俺が一緒に旅した時に君と同じ名前の浩太って青年に出会ってね。その子は凄く状況分析や情報収集に長けていた子だったんだ。その子は暫くしてから亡くなったんだけど、君に面影を感じるよ。君はいずれ情報操作などをする道を選んだ方がいい」

「参考にするよ。おじさんはいつまで居るの?」

「今日の夜中には帰る」

「僕がおばあちゃんを説得してあげる。だから帰るまで家にいなよ」


 そういうと浩太は家に走って入っていった。妹と2人きりになった神谷は前に一度、実家に来たことを話していた。父の体も母の足も、治したのは俺だと。半信半疑だったが妹は話を受け入れてくれた。

 家から浩太が出てきて、神谷の手を引いて家の中に連れて行った。神谷は手を引かれながら、幽霊だと言ったにも関わらず神谷の手をとって家に入れる少年の後姿を見ていた。


「おばあちゃん! 見てよ! ちゃんと触れるんだよ? それにそんな悪い感じもしないし」

「浩太、今すぐ離れなさい!」

「やだ! だってこの人、僕の叔父さんなんでしょ? お父さんは僕が生まれてすぐ死んじゃったし、おじいちゃんはあまり遊んでくれないし。僕だってキャッチボールをしてくれる人が欲しかったんだよ。 でも、叔父さんは今日帰らなきゃいけないって言うし……」


 浩太は色々と我慢していたことを一気に吐き出すかのように話し続けた。子供ながらに我慢をしている姿を見て、自分が益々情けなく感じた。

 浩太は振り向いて「キャッチボールをしよう!」と目を輝かせて言って来た。妹の方を見ると、妹は頷いた。

 浩太は大喜びして家の階段を駆け上がっていった。すぐに降りてきたと思ったら、手にはボールがあった。再び神谷の手を引いて家を出ると、そのまま近くの公園まで一緒に走って行った。


「僕、お父さんとキャッチボールがしたかったんだ。でも僕が生まれて間もない頃に事故で死んじゃったらしい」

「そうだったのか」

「叔父さんは何で死んだの?」


 神谷は本当のことを言おうかどうか迷った。しかし浩太に嘘をついてもすぐ見抜かれるような気がした為、本当のことを話すことにした。


「俺は罪を犯して死刑になったんだ」


 その一言に浩太のボールを投げる手が止まった。

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