参拾陸
白龍が人の姿に戻り、閻魔大王は神谷と白龍の信頼関係を実感していた。
神谷は人の姿となった白龍に見惚れていた。龍之進の背は165cmほどでそこまで高くないが、写真で見た曾祖父に似ていた。体型は今の言葉で言えば細マッチョと言うべきだろうか。初めて会うのに凄く安心感があった。
「は、はじめまして」
「急に余所余所しくなるなよ。ずっと一緒に居た仲だろうが」
「いや、でも人間姿を見ると印象が」
「それもそうか。一応、お前の先祖だしな」
緊張気味の神谷を余所に、龍之進は閻魔大王の方へ向っていった。神谷は何をするのかと龍之進の背中を見ていた。
「久しぶりじゃの。刀から人に戻ったのはお前が始めてだ」
「それはそれは、光栄です。閻魔大王」
「なんだ?」
「俺を人に戻した龍二に少しばかり褒美を与えてやって欲しい」
「うむ。現世での活躍もあったし、ひとつ褒美を与えてやろう」
龍之進が閻魔大王に頼んでくれたお陰で、神谷は今から24時間ほど現世に送られることとなった。時間が来ると自動的に地獄に戻ってくる。悔いのないように行って来いとのことだった。
白龍は人の姿に戻ったことで、八大地獄に送られることとなった。しかし、刀になっていたことと現世での活躍によって残りの寿命はそう長くないそうだ。
「龍二。お前に会えてよかったよ。自分の子供がちゃんと子孫を残していってたと知ることが出来た。感謝する。俺の時はそういう時代だったから人殺しは良いと思われがちだが、いつの時代も人殺しはダメだ。生前の行いはしっかり償って来い。親にもちゃんと謝って来い」
「はい。白龍……いや、龍之進さん。お世話になりました」
龍之進は鬼に連れられて部屋から出て行った。神谷はその後ろ姿をジッと見ていた。
「さて、最後の1日を現世で存分に楽しむが良い。今度は衆人としてではなく、1人の人間として送る。現世の人たちにも姿が見えるし、物も触れる。お前の先祖からの頼みごとを受け、1日限定の生き返りを許可する。午前7時半の新宿駅のホームに飛ばす。丁度お前が事件を起こして20年の日だ。しっかり償って来い」
そう言うと、目の前が真っ白になるほどの光に包まれた。気がつくとトイレの個室に居た。
「え? 何でトイレ?」
予想外すぎる展開に思わず声が出てしまったが、個室から出ると誰も居ない。胸をなでおろした神谷はそのまま外に出ると新宿駅の構内だった。
自分が事件を起こしたホームに向うと大勢の人が集まっていた。それでなくても平日の通勤ラッシュの時間帯で人が多い。
ホームの片隅に献花台が設けられているが今日は20年という節目の為、多くの花であふれかえっていた。構内に集まっていた人たちに向けて放送が入った。
カウント音が鳴り、その場に居た全ての人が一斉に黙祷を始めた。神谷も目を瞑り大勢の死者を出したことを謝罪した。
黙祷が終わり、人々は忙しく動き始めた。これから仕事や学校に行く人たちが殆どである。
この場に存在しているということは、電車に乗るにも切符が必要。しかし、地獄から来た神谷はお金もなければホームに直接来たせいで切符も持っていない状態でホームに立っている。
今更ながら焦った神谷は何となく穿いていたズボンのポケットを探した。すると、前の右ポケットには200円分の切符が入っていた。そして後ろの右ポケットには財布が入っていた。生前、自分が使っていた財布である。
いつも後ろのポケットに財布を入れて、鞄を持たず出かけていた。財布を開けると見たことない札が数枚入っていた。1,000円が4枚と5,000円が1枚、そして10,000円が3枚入っていた。死後20年近く経っていると変わっていることも多い。札の絵柄が変わっていたのだ。
微妙な変化に少し戸惑いながらも満員電車を避けて200円の範囲である東京駅まで行った。駅を出て街に出てみたが、たった1日で何が出来るのか考え直した。
本当ならば自分が起こした事件で犠牲になった人々の家へ謝罪周りをしたいが、死刑が執行されたはずの犯人が生きているとばれるのは流石に危険だ。
20年も経てば通りすがりの人たちには気付かれない。しかし、監視カメラで映像が残ってしまうのではないかと神谷は不安に思っていた。閻魔大王は伝えていなかったが、監視カメラや写真などの記録に残るものには映らないのだ。残ってしまったら現世に影響を及ぼしてしまう為である。
神谷は駅弁を買って仙台行きの新幹線に乗り込んだ。やはり最後は地元で過ごしたい。それが神谷が行き着いた答えだった。
新幹線は相変わらず進化を遂げている。生前ならば2時間かかっていたこの距離も、1時間20分ほどで到着した。久しぶりの現世の食べ物は涙が出るほど美味しかった。常に空腹に耐えていた地獄とは違って、腹いっぱい食べることが出来る幸せ。生前では当たり前に思っていたことが今になって感謝の思いであふれていた。
仙台駅に着くと随分と景色が違った。開発された街を歩き、実家に向った。
実家に近づくにつれて町並みも昔の風景に戻っていった。この近辺はまだ開発の手は届いていないようだ。
少し安堵した神谷は歩くスピードを上げた。家の前に着くと、全く変わらない風貌で実家は建っていた。
いざ家に入ろうとしたが、神谷は足を止めた。どんな顔をして会えばいいのか分からなかった。歳的には妹が46歳、両親は70歳前後になっているはずだ。しかし神谷の見た目は死んだときの28歳のまま。死人が急に現れたらどんな反応をするのだろうか。この状況を説明して理解してくれるだろうか。
どんどん不安になって体が全く動かなくなってしまった。「やっぱりやめよう」と実家に背を向けたとき、中から誰かが出てきた。振り向くと妹が玄関から出てきたところだった。
咄嗟に隠れようとしたが妹の方が先に神谷を見つけた。
「誰? 何か御用ですか?」
「いえ、何でもありません」
神谷は顔を見せずその場を去ろうとしたが、妹はしつこく追いかけてきた。
「もしかして。いや、そんなはずない。だってお兄ちゃんは……」
後姿で気付いた様子だが、ありえない状況に困惑している感じだった。神谷は足を止めて振り返った。妹は驚き後退りをした。声も出ないまま、目の前に居る兄を見て驚きながら家に走って行った。
「そりゃそうだよな。死んだ人が目の前に現れたらそうなるよな」
神谷はやはり家に入るのは止めておこうと再び駅の方に歩き始めた。すると後ろから走ってくる足音が聞こえた。
「お兄ちゃん! お兄ちゃんでしょ!? 行かないで」




