弐
一向に列を探そうともしない、ただ閻魔大王を見上げている神谷を見た鬼は呆れたが、何故か放っておけなかった。
「もういい。お前、名前は?」
「神谷龍二」
「神谷龍二……。ああ、電車を使った大量殺人鬼か。ちょっと待ってろ」
鬼は神谷の名前を聞き、持っていた帳面を見て何の罪でここへ来たのか確認した。そして、神谷を置いてどこかへと去って行った。
その場で待っていろと言われた神谷はその場で待ちながら、隣で座っている大きな閻魔大王をジッと眺めていた。
――――閻魔大王って案外童顔なんだな。生きてた頃に見た絵と大違いだ。
他の人は閻魔大王の顔なんて見る余裕が無いほど、ドキドキしながら自分達の判決を頭を下げて待っていた。そんな人々の観察もしている神谷が、この大広間の空間で異様な人物であるのは誰から見ても分かる光景だった。しばらくして先ほどどこかへ行ってしまった鬼が戻ってきた。
「神谷、お前は等活地獄行きだ。ついて来い」
鬼に連れてこられた等活地獄で神谷は衆人同士殺し合い、獄卒に生き返えらされては再び殺し合いを永遠に繰り返していた。
苦痛を受ける日々。これが何十億年、何百億年と続くのだ。しかし衆人の中にも異端児と言うものが存在する。地獄での苦痛が苦痛に感じなくなるというものだ。神谷はこの異端児の1人となっていた。
通常、最初に決められた八大地獄の内の1つで一生を過ごすのだが、異端児と判断されてから一定期間が経つと最下層である無間地獄へと送られる。神谷も無間地獄へと送られることになり、等活地獄の獄卒より再度閻魔大王の下へと連れて行かれた。
「神谷龍二。等活地獄での苦痛を物とも思わぬそなたに再度判決を下す。神谷龍二を無間地獄行きとする」
「無間……?」
「さっさと連れて行け」
無間地獄と言われても何も分からない神谷はポカンとしたまま鬼に連れられて地獄の最下層である無間地獄へと突き落とされた。
いつ地面につくのか分からないほど落ち続ける穴の中でも地獄の苦痛は襲ってくる。落ちながら死んだり生き返ったりを繰り返す中、他にも神谷と同じように落ちながら無間地獄の洗礼を受けているものが数人いた。
神谷のような異端児は1週間もすれば全ての苦痛も慣れてしまう。落ちている間に空中感覚を掴んだ神谷たち数人は、飛んでくる刃や火の粉を避けたり弾いたりとゲーム感覚のように楽しんでいた。
1ヶ月ほどして地面に到達した神谷たちは、着地の衝撃で身体が粉砕した。しかしそれでも生き返るのが地獄のシステムである。到着早々獄卒たちからの手荒い洗礼を受けるが、それもまた異端児にとっては苦痛も短期間で終わった。
神谷が無間地獄に来てから3ヶ月が経つころ、神谷自身も自分が異端児であることに気が付いていた。そして、周りにも異端児が数人存在することを認識していた。
ある時、様々な衆人や異端児を苦しめてきた無間地獄の獄卒たちが手を焼く20人が集められた。もちろん神谷もその中の1人である。
「お前達は地獄の苦痛を苦痛とも思わぬ異端児。今、何を思ってここに居るのだ」
獄卒たちは異端児である衆人20人に問いかけた。衆人たちは個々に口を開くが、殆どのものが生前のことを考えていた。
「俺は生きていた頃が一番苦痛だった。何をしても自分の存在が見出せず、人殺しをして世間に俺の存在を知ってもらえたことでやっと生きている実感を得たんだ。だから、人を殺すのは俺自身を証明する行為。この地獄では俺が快感と思う事ばかりで生前より楽しいぜ」
そう話したのは中沢という男。神谷には理解し難い思想を持っていた。獄卒も呆れたような顔をして中沢を見ているが、少し嬉しそうな表情も見せていた。何かを企んでいるかのような顔だった。
神谷を含む半数の衆人は 生前に犯した自分の罪について少なからず後悔の気持ちを持っていた。好きで異端児になった訳ではないのだ。
獄卒は20人の衆人1人1人に刀を手渡した。鞘の色や鍔の柄、柄の紐の色など、個々に違う種類の刀だった。しかし形は全て日本刀である。その刀を受け取った衆人たちは一斉に抜こうと手をかけたが、鞘から刀を抜けた者は1人も居なかった。硬くてビクともしないのだ。
「不良品を渡してんじゃねえよ!」
「斬れる刀を持って来い!」
「これで殴り殺してやろうか!」
衆人たちは一斉に獄卒に襲いかかろうとしたが、獄卒は大きな声で叫び話し出した。
「今から! 今からあなた達には新たな地獄へと行ってもらいます。その刀は新たな地獄へ行ったら鞘から抜くことが出来ますのでご安心を。さて、八大地獄でも最下層にあたる無間地獄に来ても尚、苦痛を苦痛とも思わぬ異端児のみなさん。新設された地獄で新たな苦痛を味わって来て下さい。しかし、これから送る地獄では、我々のような獄卒は存在しません。あちらの地獄ではあなた達の存在も無いようなもの。その中で寿命までどう生きるかはお任せします」
獄卒が急に説明した新しい地獄について、衆人の誰もが理解不能といった顔をしていた。しかし獄卒はそんな衆人を無視して新設された地獄へと送る準備を始めた。
「それではみなさん、いってらっしゃい。お元気で」
獄卒が衆人たちに手を振ると、辺りが真っ白になるほどの光が20人の異端児を包み込んだ。




