第二十五話 誰のもの
小惑星NEA-2147から六十三・七トンの資源を回収したという発表から、わずか三か月で世界の宇宙開発計画は一変した。
【アメリカ 地球近傍小惑星資源計画を三倍規模へ拡大】
【欧州共同資源開発機構 候補天体十二個を選定】
【中央大陸人民共和国 無人資源探査機六機の建造を承認】
【東海連邦 独自長距離核融合資源船の開発開始】
【民間企業連合 小惑星資源採掘事業への参入を表明】
高瀬悠介はニュース一覧を眺めながら呆れた。
「一回六十トン取っただけだぞ」
『技術的可能性は評価されていましたが、経済性および運用可能性に大きな不確実性がありました』
「本当に取って帰ってきたら、みんな急に欲しくなった」
もっとも、それ自体は悪いことではなかった。世界中が小惑星資源開発へ投資すれば、人類全体の採掘能力は早く増える。日本だけで何十隻ものFCRを作るより、アメリカも欧州も中央大陸人民共和国も船を作ったほうが、地球外から得られる資源の総量は増える。
問題は、各国が同じ小惑星を欲しがり始めたことだった。
【NEA-2281】
【推定直径――約七百二十メートル】
【推定組成――鉄・ニッケル主体】
【白金族元素濃集可能性――高】
【到達難易度――低】
【次回好適接近――三年二か月後】
「人気物件?」
『その表現でも概ね正しいです』
アメリカは二年前からの光学探査と軌道測定を理由に、優先的な開発権を主張した。中央大陸人民共和国は、自国探査機が詳細分光データを最初に取得したとして同じ権利を主張した。双方とも、「所有権」とは言わなかった。だが要求しているものは、かなりそれに近い。
「そもそも小惑星って国のものにできないんじゃないの?」
『既存の宇宙条約体系では、天体そのものに対する国家主権の主張は認められていません』
「じゃあそれで問題なくないか?」
『資源の採取および採取後の所有については、各国の法制度と解釈が一致していません』
「天体は俺のものって言っちゃ駄目。でも掘ったら俺のもの?」
『その解釈を採用する国があります』
「じゃあ先に全部掘ったら?」
『現実には困難です』
「でもいい場所だけ先に押さえることはできる」
『はい』
月面でも似た議論はあった。ただ月は巨大で、各国の最初期基地も小さかった。互いの作業区域が重ならないよう調整すれば、当面は済んだ。
小惑星は違う。一つの天体がそのまま一つの鉱山になる。しかも地球から行きやすく、組成が良く、軌道が扱いやすい天体は限られている。資源そのものは宇宙に大量にあっても、今の人類が利用できる資源はまだ少なかった。
「結局、また『使える分が足りない』か」
『はい』
悠介は聞き慣れた答えにため息をついた。
◇
問題をさらにややこしくしたのは、NEA-2281そのものではなかった。採掘方法だった。大型資源船が何度も小惑星まで往復するより、天体の軌道を少し変え、月軌道近傍や地球から利用しやすい場所へ移動させたほうが長期的には効率がいい。《アトラス》も同じ結論を出している。
【小型天体軌道変更利用】
【長期輸送エネルギー――大幅削減可能】
【採掘設備再利用率――上昇】
【資源輸送効率――上昇】
「効率がいいなら引っ張ってくればいいんじゃないのか?」
『安全上の問題があります』
「どんな?」
画面に軌道図が出る。小惑星の現在軌道。変更後。月近傍。地球近傍。そして、その一部が赤く表示された。
【誘導誤差】
【推進系故障】
【航法AI異常】
【意図的軌道変更】
「最後のやつ……どれくらい危ない?」
『天体質量と衝突速度によります』
「NEA-2281なら?」
『全体を地球衝突軌道へ投入した場合、極めて重大です』
「極めてって」
『文明規模の被害となる可能性があります』
悠介はしばらく黙った。
「採掘船っていうより兵器じゃん」
『本来用途は資源利用です』
「でも軌道変えられる」
『はい』
「中央大陸人民共和国が持ったら、東海連邦は怖い」
『その可能性があります』
「アメリカが持ったら中央大陸人民共和国も怖い」
『はい』
「日本が持っても?」
『周辺国が警戒する可能性があります』
数年前まで、人類は核融合技術を巡って戦争していた。今度は資源を得るための技術が、新しい戦略兵器になりかねない。しかも核融合炉より悪い。発電炉なら、少なくともその場に固定されている。小惑星牽引船は、何十万、何百万トンという質量そのものを動かせる。
「アトラス。安全にする方法は?」
『複数あります』
【単独国家による大型天体軌道変更禁止】
【複数国AIによる航法監視】
【推進装置出力制限】
【承認軌道からの逸脱時自動停止】
【牽引船位置・推力・航法情報の常時共有】
【地球衝突可能軌道への変更不能化】
「最後の、できるの?」
『完全にはできません』
「だよな」
『ソフトウェア上の禁止は解除可能です。物理的制限も設計変更によって回避できます』
「じゃあ信用するしかない?」
『信用だけに依存しない制度が必要です』
技術問題ではなかった。
◇
第一回地球外資源利用国際会議は、ジュネーブと月周回通信網を接続して開催された。日本、アメリカ、欧州諸国、中央大陸人民共和国、東海連邦。そのほか宇宙開発能力を持たない国々も多数参加した。最初から揉めた。
アメリカ代表。
「先行投資を行った国家と企業の権利を保護しなければ、宇宙資源開発への投資は成立しない」
中央大陸人民共和国。
「一部先進国が到達可能な天体を先占し、将来の人類全体の資源を独占することは認められない」
欧州側。
「所有権と作業権を分離すべきだ。採掘施設周辺の安全区域は必要だが、それを恒久的領有へ転化させてはならない」
東海連邦。
「資源問題以上に、大型天体の軌道変更技術を軍事的脅威として扱う必要がある」
さらに宇宙船を持たない国々からは、もっと単純な反発が出た。
「宇宙へ行ける国だけで資源を分配するのか」
「人類共通の資源なら、利益も共有されるべきだ」
「地球資源を大量に消費して発展した国が、次は宇宙資源まで独占するのか」
悠介は日本政府の作業部会で会議中継を見ていた。
「まとまる気配ないな」
『はい』
「アトラスならどうする?」
『目的を指定してください』
「戦争にならず、資源もいっぱい取れて、できればみんな納得する制度」
『すべてを最大化する制度は存在しません』
「知ってた」
『採掘効率を最大化するなら、技術能力の高い少数主体へ大規模開発権を集中させることが有効です』
「それだと絶対揉めるよな?」
『はい』
「公平性を最大化すると?」
『全参加国への均等配分に近づきます。ただし投資意欲と開発速度が低下します』
「安全を最大化」
『大型天体の軌道変更を禁止します』
「効率は落ちるよな?」
『大幅に』
「全部駄目じゃん」
『それぞれ利点があります』
「人間って面倒だな」
『その評価は――』
「言わなくていい」
佐伯が横で資料をめくっていた。
「また最適解を探してるのか」
『単一の最適解は定義できません』
「だったら妥当なやつ出せ」
《アトラス》が数秒沈黙する。そして複数案のうち一つを上へ移動させた。
【地球外資源共同利用枠組み案】
【天体領有――禁止】
【採掘施設周辺――期限付き作業権を承認】
【作業権――設備撤去または一定期間未使用で失効】
【採掘量の一部――国際市場への供給義務】
【大型天体軌道変更――多国間承認制】
【軌道・推力情報――常時公開】
【複数系統AIによる独立監視】
【軍事利用――禁止】
「これなら?」
『効率、公平性、安全性のいずれも最大ではありませんが、現状の国際関係では成立可能性があります』
悠介は少し笑った。
「妥当だな?」
『はい』
◇
そこからが長かった。アメリカは、採掘量の国際市場供給義務に反発した。
「自国企業が全投資リスクを負った資源を、一定割合強制的に市場へ出す制度は受け入れ難い」
中央大陸人民共和国は、期限付き作業権そのものを「事実上の領有」と批判した。東海連邦は、大型天体軌道変更について全参加国の承認を要求した。それでは一国でも反対すれば何も動かせない。宇宙開発能力のない国々は、国際市場供給割合を三〇%以上にするよう主張した。開発国側は一〇%でも高すぎると反発した。
「数字で戦争してるな」
『外交交渉です』
「銃を撃ってないだけ進歩してる」
『比較対象によります』
半年。一年。その間にも各国の探査機は飛んでいる。アメリカの試験船が地球近傍小惑星へ到達。中央大陸人民共和国も小規模試料回収に成功。欧州共同計画が無人採掘装置の実証に入る。制度より技術のほうが先へ進んでいた。
そして危機が起きた。
◇
中央大陸人民共和国の資源探査船が、NEA-2281へ接近した。公式発表では「表面組成調査」
しかし東海連邦とアメリカの監視AIが、探査船に搭載された推進装置の能力が公表値を大きく上回っている可能性を指摘した。
【推定最大牽引能力――公称値比二・四倍】
東海連邦政府は即日声明を出した。
「当該機は単なる探査船ではなく、大型天体軌道変更技術の実証機となる可能性がある」
中央大陸人民共和国は否定。
「資源採掘に必要な通常設備であり、軍事目的は存在しない」
アメリカは監視機を派遣。中央大陸人民共和国は「不当な妨害」と反発。
「嫌な流れだな。本当に軌道を変える気あると思うか?」
悠介が言った。
『意図は判断できません』
「能力は?」
『限定的な変更は可能と推定されます』
「地球に落とせる?」
『現状装備だけで直ちに地球衝突軌道へ投入する可能性は低いです』
「直ちに、ね」
『はい』
数年前の戦争を知っている人間には、それで十分だった。東海連邦軍の警戒態勢が上がる。アメリカ宇宙軍も追跡能力を強化。中央大陸人民共和国も自国資産防護を名目に軍用監視衛星を移動させる。まだ誰も撃っていない。だが宇宙資源を得るための一隻を巡って、軍隊が動き始めていた。
「またか」
悠介が呟く。佐伯が聞いた。
「何がだ」
「資源です」
地球上で足りなくなった。だから戦争になった。その反省から宇宙へ資源を取りに行った。そして今度は宇宙の資源を巡って軍隊が動いている。
「何のために宇宙行ったんだろ」
佐伯はしばらく黙ってから言った。
「足りないからだろ」
「でも取り合ったら同じじゃないですか」
「同じにしないために今会議やってるんじゃないか」
「間に合います?」
「間に合わせるんだよ」
◇
危機から十一日後、日本、欧州、複数の中立国が共同妥協案を提出した。NEA-2281について、どの国にも優先採掘権を認めない。代わりに、最初の五年間は国際共同試験区域とする。採掘設備は各国が持ち込める。取得した資源は投入設備と費用に応じて配分する。軌道変更は禁止。全船舶の推力、航法、位置情報を複数国AIへリアルタイム提供する。中央大陸人民共和国の探査船も、装備情報を第三者機関へ提出すれば継続活動を認める。
「飲むと思う?」
悠介が聞いた。
『中央大陸人民共和国が受諾する確率――五四%』
「半分か」
『アメリカ――六八%。東海連邦――七四%』
「どこか一つでも合意しないとどうなる?」
『実質的に機能しません』
「いつもぎりぎりだな」
三日後。欧州が受諾。東海連邦も条件付きで受諾。アメリカは、自国企業の投資保護条項を追加することを条件に受諾。最後まで残ったのが中央大陸人民共和国だった。
回答期限の六時間前。
【中央大陸人民共和国――原則受諾】
「通った?」
『はい』
「本当に?」
『追加交渉は残ります』
悠介は椅子にもたれた。戦争は起きなかった。ただそれだけ。昔なら当然だったことが、今は十分な成果に思えた。
◇
それからさらに八か月後。各国は正式に【地球外資源利用協定】へ署名した。完璧な条約ではなかった。
天体そのものを国家が所有することは認めない。ただし実際に設備を設置した周辺には、一定期間の排他的作業権を認める。作業権は恒久ではない。設備を撤去した場合、または長期間使用しない場合には失効。採掘資源の一五%は国際市場または国際共同備蓄へ供給。大型天体の軌道変更は、一定規模以上なら複数国による承認が必要。航法データは複数の独立AIへ送る。採掘船を軍事目的に使用してはならない。
「十五%で決着? 三十欲しい国もあったよな」
『はい』
「ゼロにしろって企業も」
『はい』
「誰も満足してない?」
『完全には』
「いい制度なの?」
『評価基準によります』
「じゃあアトラス基準で」
『私は独自の価値基準を設定しません』
「じゃあ……戦争避けられて、資源開発も止まらない?」
『現時点では』
「なら十分か」
『現時点では、妥当です』
悠介は頷いた。
「それでいいよ」
◇
協定成立から半年後、NEA-2281には三か国と一つの国際共同機構の採掘設備が並んでいた。並んでると言っても、それぞれ数百メートルから数キロ離れている。
日本の設備。アメリカの設備。中央大陸人民共和国の設備。欧州主体の共同設備。互いの位置も推力も、すべて監視AIが見ている。
仲良く採掘しているわけではない。効率を競い。技術情報を隠し。自国の取り分を少しでも増やそうとしている。それでも撃ち合ってはいない。
【NEA-2281 第一期共同採掘量――一、八四〇トン】
「増えたな。六十三トンで大騒ぎしてたのに」
『技術習熟と設備増加によるものです』
「次は?」
『年間一万トン規模を目標としています』
「それでも地球全体だと少ない?」
『はい』
「じゃあまだまだだな」
しかも、世界の資源需要は増え続けている。核融合炉。宇宙船。月面工場。軌道演算施設。地球上の復興。すべてが金属を必要としている。宇宙資源を取れるようになったことで、逆に「もっと使える」という期待も生まれた。悠介はその数字を眺めながら聞いた。
「資源問題、これで解決する?」
『いいえ』
「即答だな」
『現在の採掘量では不足しています』
「十倍にしたら?」
『需要も増加すると予測されます』
「百倍?」
『将来的な需要条件によります』
「きりないな」
『以前より利用可能な選択肢は増えました』
それなら十分だった。少なくとも、地球上の一つの鉱山が止まっただけで文明全体が揺れる世界からは、少し遠ざかった。
◇
しかし、その日の会議の最後に《アトラス》が表示した数字は、悠介の気分をすぐに沈ませた。
【世界AI総演算量――前年同期比二二・四%増】
【地球外AI演算比率――二・一%】
【地球上AI総演算量――前年同期比一九・七%増】
「待って。宇宙にAIを移してるよな?」
『はい』
「OCCも増えた」 ※OCC=軌道演算複合施設
『現在十二施設が稼働しています』
「なのに地球上のAIも二割増えた?」
『はい』
「全然減ってないじゃん」
『総需要の増加速度が地球外移転速度を上回っています』
悠介は画面を見つめた。小惑星資源の話ばかりしている間にも、地球の上ではAIが増え続けていた。演算効率は上がっている。核融合電力も増えた。宇宙へ演算設備も移している。それでも地球上で発生する熱も、設備建設も、冷却需要も減らない。そして、その下にもう一つの数字が表示された。
【世界平均気温――上昇傾向継続】
「まだ止まらない?」
『はい』
地球の外から資源を取る方法は見つけた。その資源を奪い合わずに使うための、不完全なルールも作った。だが人類が一つの問題を処理している間に、別の問題は待ってくれなかった。悠介は画面に浮かぶ地球を見た。
「次はこっちか」
『はい』
地球の外にはまだ大量の資源がある。けれど、人類が暮らせる地球は一つしかなかった。
地球の温度はまた熱くなり、人の住める地域、食料を生産できる農地がまた減りつつあった。




