第二十四話 地球の外の鉱山
月面第一工業拠点が稼働を始めてから二年後、人類は初めて、地球でも月でもない場所から工業資源を持ち帰る計画を正式に始動させた。
【地球近傍小惑星資源回収計画】
【第一目標天体――仮符号NEA-2147】
【推定直径――約四百八十メートル】
【推定組成――鉄・ニッケル主体】
【地球最接近周期――約四・一六年】
【推定利用可能金属資源――一億トン以上】
高瀬悠介は最後の数字を二度見した。
「一億トン?」
『推定値です』
「月面工場で二十二トン作ったとか言ってたのが馬鹿らしくなるな」
『存在量と利用可能量は異なります』
「分かってるけど、一億トンあるんだろ?」
『天体全体を採掘できれば』
「じゃあ取ればいい」
『そのための設備がありません』
「知ってた」
《アトラス》が大型画面へ第一次案を表示する。
【長距離核融合資源回収船】
【貨物回収能力――三千二百トン】
【現地採掘・選鉱設備】
【現地簡易精錬設備】
【自律修理機能】
【再使用回数――六航行】
【設計運用期間――十二年】
悠介は一覧を見終わる前に手を上げた。
「それでこれは作れるの?」
『現時点では困難です』
「また全部乗せにしただろ」
『長期的には必要な能力です』
「それ前にも聞いた」
佐伯宗一郎が横で笑った。
「平均的な人間でも学習したらしいぞ」
「そろそろその肩書き外してもらえません?」
『依然として有用です』
「アトラスまで」
第一次案が難しい理由は明確だった。地球と月を往復するFCP系列とは、必要なものが違いすぎる。
航行期間が長い。機器寿命が必要。通信遅延が大きくなる。故障しても人間が直しに行けない。採掘機を着陸させるだけでなく、微小重力下で固定し、岩石を削り、選別し、回収し、再び宇宙船へ積まなければならない。さらに三千トンもの鉱石を持ち帰ろうとすれば、船そのものが巨大になる。
「三千トンじゃないと駄目?」
悠介が聞いた。
『長期的な資源需要から逆算した数値です』
「最初から長期需要を満たそうとするから作れないんじゃない?」
佐伯が頷いた。
「その通りだ。最初は何トンなら作れる?」
『計画目的を変更しますか』
「する。世界を救う量じゃなくていい」
「何持って帰れば成功?」
悠介も聞く。
《アトラス》が少し間を置く。
『小惑星由来資源が実際に工業利用できることを証明する量であれば、百トン未満でも意味があります』
「じゃあ百トンでいいじゃん」
『回収設備の固定質量を考慮すると効率は低下します』
「効率は悪くてもいい」
佐伯が言った。
「帰ってくればな」
計画条件が書き換えられる。
【第一目的――大量資源供給】
消去。
【第一目的――地球近傍小惑星からの資源回収実証】
【目標回収量――八〇~一二〇トン】
【現地精錬――削除】
【高純度選鉱――削除】
【完全自律修理――削除】
【再使用回数――一航行以上】
【有人対応――不要】
「一気にしょぼくなったな」
『実現可能性は上昇しました』
「それでいい」
人類は、また一度小さくするところから始めた。
◇
新型船はFCP系列の拡大型として設計された。正式名称はまだなかったため、開発中は【FCR-1】と呼ばれた。Fusion Cargo Retriever――核融合資源回収船。
「リトリーバーって犬みたいだな」
『回収するという意味です』
「それくらいは知ってる」
【FCR-1】
【全長――一九六メートル】
【最大推進出力――FCP-4比二・六倍】
【無人航行】
【往路予定――九十七日】
【採掘・回収作業――四十五~九十日】
【復路予定――百二十日前後】
【目標回収量――一〇〇トン】
月まで五日弱だったFCP-1とは比べものにならない。
「往復だけで二百日以上?」
『はい』
「途中で壊れたら?」
『可能な範囲で冗長系へ切り替えます』
「直せない?」
『簡易修理ロボットは搭載します。ただし交換可能部品は限定されます』
「つまり祈る?」
『私は祈りません』
「そういう話じゃない」
最大の難関は核融合推進炉だった。FCP-1の推進炉は一回の月航行で大きく劣化した。FCR-1は、その何十倍もの累積稼働時間が必要になる。
地上炉なら部品を替えられる。宇宙船では簡単ではない。設計班は寿命を延ばすため最大出力を落とした。
【推進炉最大出力――初期案比七一%】
【航行期間――初期案比三四%増】
「遅くして長持ちさせる?」
『はい』
「月のときと同じだな」
『基本思想は同じです』
放熱器も大型化した。耐熱材を節約するため運転温度を少し下げ、その代わり面積を増やした。見た目はさらに不格好になった。
「また昆虫みたいだな」
『外観は性能要件に含まれていません』
「一回くらい格好いい船作ろうと思わない?」
『優先順位が低いです』
「夢がないなあ」
佐伯が言った。
「百トン持って帰ってきたら十分夢だ」
最終設計段階で問題になったのが高耐熱合金だった。
【必要量――一〇〇%】
【確保見込み――八八%】
「十二%足りない。月の材料は使える?」
『高温部には使用できません』
「小惑星から取ってくるニッケルは?」
『取得後であれば利用可能です』
「取るための船を作る材料が取りに行った先にあるのか」
佐伯が笑う。
「だから最初の一隻が一番高いんだよ」
不足分は廃炉予定の発電設備、旧型データセンター、航空宇宙設備から回収された。新品ではない。成分ばらつきもある。再精錬で余計な電力も必要になる。それでも核融合電力はあった。かつてなら電力不足で不可能だった再処理が、今はできる。
【FCR-1必要資源確保率――九八・六%】
「残り一・四は?」
『代替材で対応します』
「性能は落ちるよな?」
『推定三・二%』
「ならいい」
こうしてFCR-1は、また完全ではない状態で形になった。
◇
目標天体NEA-2147は、地球から見ればただの点だった。だが宇宙資源開発関係者にとっては、地球の外に浮かぶ最初の鉱山候補だった。金属質小惑星と推定され、表面には鉄とニッケルが多い。一部にはコバルト、白金族元素も含まれる可能性がある。
「白金って高いやつ?」
『地球上では希少金属として高価です』
「じゃあそれ取れば儲かる?」
『大量供給すれば市場価格が下落します』
「夢を壊すのが早いな」
『計画目的は投機ではありません』
「じゃあ何が一番欲しい?」
『現時点では高純度ニッケル、コバルト、白金族元素、および将来の核融合設備へ利用可能な金属です』
「鉄は?」
『地球上にも大量にあります。ただし宇宙構造物へ使用する場合、地球から打ち上げる必要がないという価値があります』
そこが重要だった。小惑星資源を全部地球へ持ち帰る必要はない。むしろ長期的には、宇宙で使う。
月面工場。軌道上演算施設。新しい核融合推進船。放熱器。大型タンク。宇宙で必要なものを宇宙の資源で作れれば、地球からの打ち上げ量をさらに減らせる。
「地球に持って帰らないほうが価値ある場合もある?」
『採った場所の近くで使えば、輸送コストの観点では有利です』
「じゃあ今回なんで地球側まで戻すの?」
『工業利用可能性を確認するためです』
まず本当に採れるか。持ち帰れるか。精錬できるか。材料として使えるか。すべて確かめる必要がある。推定一億トンの資源があっても、一グラムも使えなければ存在しないのと同じだった。
◇
FCR-1が地球高軌道を離れた日、各国のニュースは大きく取り上げた。
【人類初の地球近傍小惑星資源回収へ】
【核融合推進船、九十七日の航海】
【資源危機克服の切り札となるか】
悠介は最後の記事を見て眉をひそめた。
「切り札ってほどじゃないよな」
『今回の回収量だけでは世界資源需要にほぼ影響しません』
「百トンだもんな」
『次段階に必要な技術実証としては重要です』
出発時の推定任務成功率は六三・八%。FCP-1のときより少し低い。
「また六割台」
『はい』
「もう慣れた」
佐伯が言う。
「慣れるな。失敗したら次の船は一年以上遅れるぞ」
「分かってますよ」
FCR-1は月輸送船よりもはるかに長く加速を続けた。最初の二週間は順調。
二十三日目、放熱系統二番に微小漏洩。
四十一日目、姿勢制御装置一系統停止。
五十八日目、推進炉のパルス不安定。
「また壊れてる」
『冗長系で対応可能です』
「それ何回まで言える?」
『残存冗長系によります』
推進炉出力は八%低下。到着予定は六日遅れた。それでも航行は続く。百三日目。
【NEA-2147 光学確認】
管制室に小さな拍手が起きた。
「見えた?」
『はい』
画面には不規則な灰色の塊が映っていた。丸くもない。美しくもない。ただの岩。
「これが一億トン?」
『天体総質量はそれ以上です』
「地味だな」
「資源なんて掘る前は全部地味だ」
佐伯が言った。
◇
採掘作業は、到着してからのほうが難しかった。小惑星の重力は極めて弱い。地球の鉱山のように掘削機を地面へ置いて穴を掘ればいい、とはならない。押したら自分が浮く。削った岩も飛んでいく。そこで採掘装置は複数のアンカーを撃ち込み、ワイヤーで自分を天体へ固定した。
【第一アンカー――固定】
【第二アンカー――固定】
【第三アンカー――固定失敗】
「失敗?」
『再実施します』
二度目。
【第三アンカー――固定】
採掘機がゆっくり表面へ接近する。
「宇宙で穴掘るだけなのに大変だな」
『地球上の条件と大きく異なります』
「平均的な人間には難しい」
『その認識は妥当です』
「自分で言って悲しくなってきた」
最初の掘削。回転工具が岩へ接触。反力で機体が揺れる。アンカー二本に想定以上の荷重。
【掘削停止】
「駄目か?」
『掘削速度を下げます』
半分。さらに七割。掘削効率は初期設計の四三%まで落ちた。
「半分以下か」
『採掘は継続可能です』
「ならいい」
十二時間後。
【試料回収――一八・四キログラム】
たった十八キロ。それでも管制室では拍手が起きた。
「まだ百トンまで遠すぎるだろ」
「最初はこんなもんだ」
分析装置が試料を調べる。
【鉄――六二%】
【ニッケル――一九%】
【コバルト――二・一%】
【白金族元素――微量検出】
「当たり?」
『資源利用対象として有望です』
「よし」
人類は初めて、地球でも月でもない天体から、採掘を目的として金属鉱石を取り出した。
◇
そこからが長かった。採掘機の刃が欠けた。アンカーが一本抜けた。集鉱容器が詰まった。微細な金属粉が可動部へ入り込み、二台ある採掘機の一台が停止した。
「修理できる?」
『完全修理は困難です』
「残り一台?」
『はい』
「百トン無理じゃない?」
『回収目標を再評価します』
【当初目標――一〇〇トン】
【修正見込み――五八~七四トン】
悠介は数字を見る。
「また六割くらいか。戻る燃料は足りる?」
『七四トン以下であれば安全余裕を維持できます』
佐伯が言った。
「六十トンでいい。壊れる前に帰せ」
『採掘継続により追加回収可能性があります』
「船ごと失ったらゼロだ」
最終回収量は六三・七トン。目標の三分の二にも届かない。それでも帰還を決めた。
「もったいない気もする」
『採掘可能資源は大量に残っています』
「次また来ればいい?」
『はい』
「じゃあ帰ろう」
FCR-1は小惑星を離れた。その貨物区画には六十三・七トンの岩石と金属塊が入っている。地球の港なら大型トラック数台分。世界資源需要から見れば誤差以下。だが、それは地球の鉱山から掘ったものではなかった。
◇
帰還には百二十七日かかった。途中で推進炉出力がさらに落ち、予定より九日遅れた。FCR-1そのものを地球大気へ降ろすことはできないため、貨物は高軌道で分離され、精錬設備へ運ばれた。
【小惑星由来資源――六三・七トン】
【回収成功】
精錬後に得られた工業利用可能金属は四十二・三トン。
「減ったな」
『不要成分を除去したためです』
「そのうち使えるのは?」
『品質試験中です』
一週間後。
【ニッケル合金試験――適合】
【コバルト精製――適合】
【白金族触媒材――利用可能】
佐伯が一つの小さな金属片を持ち上げた。見た目は何の変哲もない灰色の板だった。
「これが小惑星か」
悠介は板を見る。
「これで何を作るんです?」
「次の船の部品だ」
FCR-2の推進炉部材の一部。放熱設備。高温機器。月面精錬設備。そして次世代OCC。四十二トンの金属で世界は救えない。だが次の資源回収量を増やすことはできる。
《アトラス》が新しい数字を出した。
【FCR-2 目標回収量――三六〇トン】
【小惑星由来材料使用率――一・八%】
「一・八%だけ? 少ないな」
『ゼロではありません』
「まあそうか」
◇
ところが、小惑星資源の回収成功が公表されると、技術者たちが喜んでいる間に世界の反応は別の方向へ動き始めた。
【アメリカ 独自地球近傍小惑星資源計画を発表】
【欧州宇宙機構 複数小惑星の資源探査権確保を検討】
【中央大陸人民共和国 国家宇宙資源開発局を新設】
【東海連邦 安全保障上の懸念を表明】
「早くない?」
悠介がニュースを見る。
『資源回収が実証されたため、各国の期待利益評価が変化しました』
「今まで半信半疑だった?」
『はい』
さらに数日後。中央大陸人民共和国が、NEA-2147とは別の地球近傍小惑星への無人探査機打ち上げを発表。アメリカも候補天体三つを公表。欧州企業連合が民間採掘権の国際的承認を要求する。そして最初の外交問題が起こった。
【NEA-2281 アメリカ・中央大陸人民共和国双方が優先利用権を主張】
「優先利用権?」
『先行調査および投資を理由とする主張です』
「小惑星って誰のものなの?」
『国際的に統一された資源利用制度は存在しません』
「じゃあ早い者勝ち?」
『各国の解釈が一致していません』
「嫌な予感しかしないな」
さらに《アトラス》はもう一つの資料を出した。
【大型小惑星牽引技術】
【資源輸送効率向上に有効】
【同時に、軌道変更能力は安全保障上の重大懸念】
悠介は文章を読み返した。
「軌道変えられるって……」
『はい』
「地球の近くまで持ってこれる?」
『技術的には』
「それ、失敗したら?」
『重大な被害を生じる可能性があります』
「故意にやったら?」
《アトラス》は一拍置いた。
『兵器として利用される可能性を否定できません』
佐伯の表情から笑いが消えた。資源を増やすために作った技術。地球の外へ出るための技術。それがまた、奪い合うための道具にもなり得る。
「また始まるのか?」
悠介が聞いた。
『何がでしょうか』
「資源の取り合い」
『その可能性があります』
「せっかく地球の外に山ほどあるのに?」
『存在量が多いことと、利用可能な資源へのアクセスが無制限であることは同義ではありません』
「結局、先に取れるところは限られる」
悠介は窓のない会議室で、小惑星から持ち帰った灰色の金属板を見た。人類は、地球の外に初めて鉱山を作った。六十三・七トン。
世界を救うには少なすぎる。それでも、次の船を作るには十分だった。問題は、その次だった。
資源が本当に取れると分かった瞬間、人類は「どう取るか」ではなく、「誰が取るか」を考え始めていた。




