第十一話 一基目
核融合第一実証炉の建設計画が正式承認されてから、日本中の工場に同じような通知が届き始めた。
【国家エネルギー再建特別計画・協力要請】
対象になったのは、大手重工業メーカーだけではなかった。特殊鋼メーカー、真空機器メーカー、電力設備会社、ポンプ工場、工作機械メーカー、町工場、廃止された発電所、大学研究施設、原子力関連施設、さらには何年も前に閉鎖された工場まで含まれていた。
高瀬悠介の市にも通知が来た。
「うち?」
悠介は画面を二度見した。
『はい』
「核融合炉作る会社なんてないぞ」
『認識しています』
「じゃあ何を出せって?」
『市内に存在する高精度加工設備、真空設備、休止中工場、特殊溶接設備、保管資材、退職技術者の情報です』
「人まで?」
役所の会議室に、市内企業の一覧が表示される。自動車部品、精密加工、食品機械、水道設備、金型、産業用ポンプ。核融合とは何の関係もなさそうな会社ばかりだった。
『このうち十三社が、第一実証炉の部品製造または周辺設備製造に参加できる可能性があります』
「例えば?」
『東亜精密加工。現在は水道設備部品を製造していますが、保有五軸加工機の精度が要求範囲に入ります』
「前にポンプ直した会社だな」
『はい』
「核融合炉まで行くのかよ」
『炉心部品ではありません。真空系統の補助弁部品候補です』
「十分すごいだろ」
さらに別の会社が表示された。
『北野金属。従業員十七名。大型機械設備はありませんが、難加工材の溶接経験者が三名在籍しています』
「何ができるんだ?」
『第一壁交換モジュール接合部の試作候補です』
「町工場で?」
『最終製造は別施設ですが、試作工程に利用できます』
悠介は画面を眺めた。核融合炉という言葉から想像していたのは、巨大企業と国家研究所が秘密基地のような場所で作る未来技術だった。実際に始まったのは、全国の工場に電話をかけて「この機械まだ動きますか」と確認する仕事だった。
◇
第一実証炉の建設候補地は、太平洋側にある廃止済み大型発電施設の隣接地に決まった。送電網、大型変電設備、港湾、工業用水設備が残っており、重量物を搬入できる。何より、ゼロから発電所を建てるより使えるものが多かった。
佐伯宗一郎は現地へ到着すると、最初に古いタービン建屋を見上げた。
「これ使うぞ」
同行していた電力会社の技術者が苦い顔をする。
「二十年以上前の設備ですよ」
「建物は立ってる」
「内部設備は相当劣化しています」
「全部使うとは言ってない」
『調査結果では、基礎構造、送電接続設備の一部、冷却配管の一部、クレーン設備一基は再利用可能です』
「ほら」
「クレーン、定格の七割しか保証できませんよ」
佐伯が《アトラス》へ聞く。
「七割で足りるか?」
『重量物の分割搬入へ設計変更すれば可能です』
「じゃあ分割だ」
技術者がため息をつく。
「また設計変えるんですか」
『すでに変更を開始しています』
「早いな」
「慣れておけ」
佐伯は当然のように答えた。核融合炉建設は、設計図通りに部品を発注して組み立てる作業にはならなかった。設計図そのものが、毎週変わった。
必要な材料が確保できない。変える。
加工機械が使えない。変える。
輸送できない。分割する。
電力が足りない。製造工程を夜間へ移す。
予定していた工場が閉鎖される。別の工場の設備に合わせて形を変える。
第一実証炉は、理想的な設計へ近づいているのではなかった。日本に残っているものへ、少しずつ形を合わせていた。
◇
最初に大きな問題になったのは銅だった。磁場コイル、電源設備、送電系統。核融合炉には大量の銅が必要になる。しかし中央大陸人民共和国との関係悪化と海運混乱で、高純度銅の供給は大きく減っていた。
【必要量――不足】
【国内新規供給――不足】
【輸入確保見通し――不透明】
「どうする?」
政府会議で質問が出た。
『国内回収銅を使用します』
「リサイクル?」
『はい』
「それで品質は足りるのか?」
『そのままでは不足します』
「じゃあ無理じゃないか」
『再精錬します』
「その電気は?」
『不足しています』
誰かが頭を抱えた。
「またそこに戻るのか」
《アトラス》は別案を表示する。
『全国の使用停止設備から、高純度銅を優先回収します』
「何を壊す?」
一覧が出た。閉鎖データセンター。廃止変電設備。使用停止中の大型モーター。旧工場。解体予定ビル。休止中の鉄道設備。
「これ、全部まだ使えるものもあるだろ」
『はい』
「核融合炉のために潰すと?」
『全対象を解体する必要はありません。将来再利用可能性と現在の重要度を評価し、回収候補を選定します』
悠介は画面を見る。
「前なら全部効率順だったな」
『現在は、失われる機能も評価しています』
「これ外したら戻せない設備は?」
『除外します』
「じゃあ何を壊す?」
『代替可能で、現在停止しており、再稼働優先度が低い設備です』
佐伯が頷く。
「未来を作るために、過去を一部ばらす」
「言い方格好いいですけど、やってること廃品回収ですよ」
「文明なんてそんなもんだよ」
全国で銅の回収が始まった。閉鎖されたデータセンターから太い電力ケーブルが外され、止まった工場から大型モーターが運び出される。古い変電所の母線が解体され、廃車になった鉄道車両からも銅が集められた。
集めた銅は限られた電力を優先的に使って再精錬され、核融合炉用の導体へ作り直される。街のどこかから消えた設備が、未来の発電所の一部になる。
◇
次に止まったのは、真空容器だった。設計上は国内で製造可能だった。しかし実際に作ろうとすると、必要な大型加工設備の一台が故障していた。
「部品は?」
『ありません』
「メーカーは?」
『海外企業です。供給停止中です』
「国内代替」
『存在しません』
「作れない?」
『現行設計の一体加工は不可能です』
悠介は会議にオンライン参加しながら思った。もう驚かない。
「じゃあどう変える?」
『分割数を増やします』
画面上の真空容器が十二分割から二十四分割へ変わった。
「溶接増えるぞ」
技術者が言う。
『はい』
「漏れの危険も上がる」
『はい』
「重量も増える」
『約六・八%増加します』
「性能は?」
『低下します』
「どのくらい?」
『発電出力推定値が約二・三%低下します』
佐伯が即答する。
「やれ」
「早いですね」
「作れないよりいい」
技術者も最近は慣れてきていた。
「じゃあ二十四分割前提で治具作り直します」
『設計データを送信します』
「データはいつ来る?」
『送信済みです』
「相変わらずそこだけは速いな」
AIの演算資源は削減されている。それでも国家最優先に指定された核融合炉計画には必要な計算能力が割り当てられていた。ただし、AIだけでは物は作れない。切るのも人間。削るのも人間。溶接するのも人間。検査するのも人間の手を借りる必要があった。
◇
建設開始から四か月が過ぎると、日本中で「核融合向け」という言葉が使われるようになった。
「この鋼材、核融合向けだから触るな」
「夜間電力、今週は核融合向けに持っていかれる」
「その工作機械、来月から核融合案件入るぞ」
最初は国家の巨大プロジェクトだったものが、少しずつ日常へ入り込んでいった。悠介の市内にある東亜精密加工でも、炉の真空補助系統部品が作られていた。
「本当にこれ核融合炉に付くんですか?」
悠介が完成した金属部品を見る。社長が笑った。
「俺も信じられんよ。半年前まで水道ポンプ削ってたのにな」
『要求精度を満たしています』
「お前が言うなら間違いないか」
『検査記録上は問題ありません』
「昔なら大企業しかできなかったんじゃない?」
『大量生産と品質保証体系を考慮すれば、大手企業が適しています。ただし今回は少量生産であり、設備能力を個別評価しています』
「つまり使えるなら何でも使う」
『はい』
奥では、以前自動車部品工場を失業した二人が工作機械を操作している。地域設備修理班へ入ったはずの人間が、今では核融合炉の部品を作っていた。人生がどうなるか分からない。
「これで電気が増えるんですかね」
一人が言った。
「完成すればな」
悠介は《アトラス》を見た。
『保証できません』
「夢くらい持たせろよ」
『現時点の建設進捗は三七%です。重大な工程遅延はありますが、建設継続可能です』
男が笑う。
「じゃあ十分です」
最近、人間のほうもAIの言い方に慣れてきた。
◇
半年目、建設現場で初めて大きな事故が起きた。圧縮系統用の大型電源モジュールの試験中、一基が焼損した。火災は短時間で消し止められ、死者はいなかった。しかし問題は焼けた装置そのものだった。
【予備機――なし】
【同型機製造期間――推定五か月】
工程全体が止まる。
「五か月?」
佐伯が険しい顔をする。
『通常工程では』
「通常じゃない案は?」
『検討中です』
数分後、三案が表示された。
【案A 同型機を新規製造――五か月】
【案B 別施設の大型電源を移設――二か月。ただし同施設の生産能力低下】
【案C 既存小型電源六基を並列化――三週間。出力安定性低下】
「Cだ」
佐伯が言う。電源技術者が止める。
「簡単に言わないでください。六台並列なんて制御かなり面倒ですよ」
『制御補正を追加します』
「ノイズが増えるぞ」
『補正します』
技術者は黙って図面を見る。
「保証はしませんよ?」
「今さら誰が保証求めてるんだ」
現場にいた人間たちが苦笑した。三週間後、六基の電源は動いた。予定より重い。効率も悪い。配線は複雑。それでも必要なパルス出力を出した。
《アトラス》の評価は短かった。
『妥当です』
その言葉を聞いて、佐伯が笑った。
「便利な言葉を覚えたな」
『はい』
◇
一年が過ぎた。核融合炉はようやく外見だけなら発電所らしくなっていた。巨大な建屋の中心に、分割して製造された真空容器が据え付けられている。その周囲を磁場コイル、圧縮機構、電源設備、冷却系が取り囲む。配管の一部は新品だが、一部は廃止発電所から再利用された。大型クレーンも補修して使い続けている。
設計図とは、もうかなり違う。
【当初設計電気出力――六〇万キロワット】
【現行目標――四八万キロワット】
【設計寿命――三年六か月~五年】
【第一壁主要部交換――最短八か月】
【国内調達率――九七・四%】
悠介は現地を訪れ、建屋を見上げた。
「随分落ちたな」
『性能でしょうか』
「全部がだ。六十万が四十八万。十年使う予定が四年くらいになった」
『はい』
「一年もたずに交換する部品もある。それで発電所として大丈夫なのか?」
『長期商用炉としては改善が必要ですが、建設可能になりました』
その言葉の意味は大きかった。
「もう作れるってことか?」
『主要構造物については、はい』
「前ずっと『まだ作れません』だったのに」
『現在は建設工程の七九%が完了しています』
「やっとここまで来たか」
佐伯が後ろから歩いてきた。
「まだ喜ぶなよ」
「分かってますよ」
「炉を作るのと、核融合させるのは別だからな」
「夢壊すなあ」
「こんな現実しか残ってないんだから仕方ない」
佐伯は完成に近づいた炉を見上げた。
「でも、ここまで来た」
それだけは否定できなかった。日本中から集めた材料でできている。廃止された変電所の銅。閉鎖工場の工作機械。古い発電所の設備。地方の町工場が削った部品。大学の試験装置。退職技術者の経験。AIが二桁どころではない回数作り直した設計。どれか一つだけでは作れなかった。新品を全部揃えようとしても作れなかった。
日本に残っていたものを少しずつ集め、足りないところを別のもので埋めて、ようやく形になった。
「アトラス。この炉はお前が作ったんだ」
『設計の大部分には私が関与していますが、否定します』
悠介は少し意外に思った。
『私は部品を製造していません。資材を回収していません。設備を修理していません。建設作業も行っていません』
「でも設計した。俺たちでは到底無理だった」
『現在の期間内で完成可能な設計へ到達できた可能性は低いと評価します。これは人間とAIの共同作業です』
佐伯が横で笑った。
「いい答えするようになったな」
『事実です』
「それでいいよ」
◇
その日の夕方、制御室で最終工程の確認が行われた。まだ燃料を入れた本格的な核融合試験は行わない。まず真空、磁場、圧縮、冷却、電源を個別に動かし、その後統合試験へ進む。
画面には工程表が並んでいる。
【真空試験――完了】
【磁場コイル低出力試験――完了】
【圧縮機構――完了】
【冷却系――完了】
【統合電源試験――進行中】
【燃料投入試験――未実施】
【初回核融合点火――未定】
「未定なんだ」
悠介が言う。
『統合試験結果によって決定します』
「結果がわかるのは?」
『最短で二か月。ただし重大な不具合が発見された場合は延長します』
「一年以上作って、あと二か月か」
「二か月で済めばな」
佐伯が言う。
「絶対どっか壊れる」
「それ断言するんですか」
「試作機ってそういうもんだよ」
そのとき、警報が鳴った。
「ほらな」
「早すぎるでしょ!」
技術者たちが画面へ走る。
【磁場コイル系統三番 冷却流量低下】
『緊急停止します』
設備が順番に止まった。
数分後、原因が表示された。
【循環ポンプ振動異常】
悠介は思わず笑ってしまった。
「またポンプかよ」
佐伯も吹き出した。
「核融合まで来てもポンプに泣かされるのか」
『予備ポンプはありません』
「でしょうね」
『ただし、同型ポンプ部品の国内在庫候補があります』
「どこ?」
『埼玉県内の食品配送センター』
悠介の笑いが止まった。
「まさか」
『以前修理した循環ポンプと同系列機です。一部部品を流用できる可能性があります』
「まだ動いてるぞ、あれ」
『現在も稼働中です』
「外せないじゃん」
『はい』
佐伯が笑いながら聞く。
「じゃあどうする?」
『過去の修理記録があります。同じ方法で部品を製造できます』
悠介は少し黙ってから笑った。
「東亜精密加工?」
『第一候補です』
「核融合炉が、とうとうあのポンプに教わるのか」
『正確には、修理工程の知見を利用します』
「いいよ、それで」
三日後、市内の町工場で加工された部品が建設現場へ送られた。正規品ではない。設計寿命も短い。保証もない。それでも取り付けられたポンプはしっかりと回った。
【冷却流量――正常】
【振動値――許容範囲】
佐伯が画面を確認する。
「成功か?」
《アトラス》は一秒ほど考えた。
『現時点では、妥当です』
「それ好きだな」
『有用な評価です』
悠介は動き始めた冷却系統を眺めていた。最初は食品を腐らせないために直した古いポンプだった。その修理方法がAIに「完璧でなくても、今動けばいい」という考え方を教えた。そして今、その考え方で作られた核融合炉が、同じ町工場の部品で動こうとしている。少し出来すぎた話にも思えた。だが現実とは、案外そんなものなのかもしれない。人間がその場しのぎで積み重ねた工夫が、いつか全く別の場所で役に立つ。
《アトラス》の画面に、新しい表示が出た。
【統合試験再開】
【第一核融合点火まで――最短五十八日】
悠介はそれを見つめた。
「あと五十八日」
『最短です。成功は保証できません。予定出力を達成できない可能性があります』
「知ってる」
佐伯が横から言った。
「一回くらい夢見させろよ」
『承知しました』
二人が画面を見る。
数秒後、《アトラス》が続けた。
『成功する可能性はあります』
佐伯が笑った。
「よし。それで十分だ」
一基目は、まだ電気を一ワットも生み出していない。それでも日本は、ついに「作れない」と言われ続けたものを、形にするところまで来ていた。




