妹は買い物にまで入り込んでくる
休日の昼。
私はスーパーの入口で、カートを押していた。
隣には、ひまりがいる。
「お姉ちゃん、今日は何買うの?」
「洗剤」
「それだけ?」
「それだけ」
「夢がない!」
洗剤に夢を求めないでほしい。
そもそも、一人で来るつもりだった。
玄関で靴を履いていたら、ひまりが勝手についてきた。
「私も行く!」
「買うものないでしょ」
「ある!」
「何」
「お姉ちゃんと買い物する時間!」
店では売っていない。
追い返すのも面倒で、そのまま連れてきた。
私はカートを押して、日用品売り場へ向かう。
ひまりが横を歩く。
近い。
肩が何度も当たる。
「もう少し離れて」
「はぐれちゃうよ!」
「スーパーではぐれないでしょ」
「お姉ちゃん、歩くの速いから!」
「普通」
「私はお姉ちゃんを見ながら歩いてるから遅いの!」
「前を見て」
買い物中にまで私を見る必要はない。
洗剤を一つ取り、カートへ入れる。
目的は達成した。
私はカートの向きを変えた。
「帰るよ」
「早い!」
「買ったから」
「まだ三分しか経ってないよ!」
「三分しか、じゃなくて三分で済んだの」
レジへ向かおうとすると、ひまりがカートの前へ回り込んだ。
「待って!」
「何」
「せっかく来たんだから、もう少し見よ!」
「見ても買うものないでしょ」
「あるかもしれない!」
「ない」
「未来のお姉ちゃんにはあるかもしれない!」
また変なことを言い始めた。
私はカートを少し前へ押す。
ひまりは動かない。
「どいて」
「もう少しだけ!」
「邪魔」
「カートも買い物を楽しみたいって!」
カートの意思を勝手に決めないでほしい。
結局、私は食料品売り場まで付き合うことになった。
ひまりは満足そうに、私の隣を歩いている。
「お姉ちゃん、何食べたい?」
「別に」
「別にって何味?」
「味じゃなくて」
ひまりが棚を眺める。
そして、プリンを一つ手に取った。
「これ好きでしょ?」
「普通」
「好きってことだ!」
プリンがカートへ入れられた。
私は棚へ戻す。
ひまりがもう一度入れる。
私は戻す。
ひまりが入れる。
「何してるの」
「プリンを入れてる!」
「見れば分かる」
「お姉ちゃんが戻すから!」
「いらないから」
「昨日、冷蔵庫見てた!」
「水を取っただけ」
「プリンの方も見てた!」
「たまたま」
「三秒くらい見てた!」
なぜ数えているんだろう。
私はプリンを棚へ戻した。
今度こそ、ひまりは何も言わなかった。
少し歩く。
カートを押す。
車輪が、かたかたと音を立てる。
ふと中を見る。
洗剤の横に、プリンが置かれていた。
「いつ入れたの」
「今じゃないよ!」
「聞いてない」
ひまりは何事もなかったように前を向いている。
私はプリンを取り出した。
「戻してくる」
「かわいそう!」
「何が」
「三回もお姉ちゃんに選ばれなかった!」
「一回も選んでない」
「じゃあ私が選ぶ!」
ひまりはプリンを奪い取り、胸元に抱えた。
「私が買うからいいもん!」
「そう」
「でも、お姉ちゃんに一口あげるね!」
「いらない」
「二口でもいいよ!」
増やさないでほしい。
次はお菓子売り場だった。
ひまりがチョコレートを手に取る。
「これは?」
「いらない」
棚へ戻す。
クッキーを取る。
「これは?」
「いらない」
棚へ戻す。
小さな羊羹を取る。
「これは?」
「なんで羊羹」
「疲れたときにいいかなって!」
「疲れてない」
「じゃあ、疲れる前に食べよ!」
「食べない」
棚へ戻す。
ひまりは諦めない。
次々と商品を持ってくる。
そのたびに、私が戻す。
買い物というより、商品の往復運動になっている。
「お姉ちゃん、厳しい!」
「必要なものを買いに来てるから」
「お菓子も必要だよ!」
「ひまりにはね」
「お姉ちゃんにも!」
「いらない」
「今日はいらなくても、明日はいるかもしれない!」
「明日もいらない」
「明後日は?」
「いらない」
「来週は?」
「知らない」
「じゃあ買お!」
どうしてそうなる。
私はカートを押す速度を上げた。
ひまりもついてくる。
ぱたぱたぱた。
角を曲がり、飲料売り場へ入る。
いつも飲んでいるコーヒーが目に入った。
手に取る。
ひまりが横から覗き込んだ。
「それ買うの?」
「うん」
ひまりの顔が明るくなる。
「自分で選んだ!」
「買い物だから」
「お姉ちゃんが自分で欲しいもの選んだ!」
「コーヒーだけど」
「やった!」
何が嬉しいんだろう。
私はコーヒーをカートへ入れた。
ひまりが満足そうに何度もうなずく。
「今日はもう勝ちだね!」
「何に」
「お買い物チャレンジ!」
また競技が増えた。
私はレジへ向かう。
途中で、カートの中に見覚えのないものが入っていることに気づいた。
プリン。
チョコレート。
クッキー。
羊羹。
さっき全部戻したはずのものが、洗剤の周りにきれいに並んでいる。
「ひまり」
「はい!」
「これは何」
「おやつ!」
「誰の」
「お姉ちゃんの!」
「戻して」
「私が買う!」
「いらない」
「私が食べる!」
「じゃあ自分で持って」
ひまりは両腕に商品を抱えた。
プリン。
チョコレート。
クッキー。
羊羹。
「落とすよ」
「大丈夫!」
羊羹が落ちた。
私は拾う。
「大丈夫じゃない」
「カートに入れて!」
「これは買う」
「やった!」
「落としたから」
「じゃあ、一緒に運ぼ!」
「もう運ばされてる」
「成功!」
何も成功していない。
結局、洗剤とコーヒーと羊羹だけを残し、ほかの商品は全部ひまりに棚へ戻させた。
ただし、プリンだけはひまりが自分で買った。
会計を終え、店を出る。
ひまりは小さな袋を大事そうに抱えていた。
「お姉ちゃん!」
「何」
「半分こしよ!」
「いらない」
「一口だけ!」
「いらない」
「未来のお姉ちゃんは食べるかも!」
「その未来、まだ諦めてなかったの」
「うん!」
ひまりは笑った。
その横で、プリンの袋が揺れている。
私は少し考えた。
「帰ってからね」
ひまりが立ち止まった。
「食べるの?」
「一口だけ」
「やったー!」
店の前で両手を上げる。
声が大きい。
通りすがりの人がこちらを見た。
私はカートを返し、先に歩き出す。
後ろから足音が追いかけてくる。
ぱたぱたぱた。
「お姉ちゃん、待って!」
「見失わないでしょ」
「一緒に帰りたいの!」
行きも一緒だった。
帰りも一緒らしい。
買う予定のなかったプリンまで、これから一口食べることになった。
私の妹は、買い物中も気持ち悪い。




