96話:軍
朝霧の中、訓練場から鈍い衝突音が響いていた。
石畳の都市。
上下水路。
巨大農地。
紡織工場。
病院。
学校。
孤児院。
全てが整備され始めた都市の中央で、唯一、荒々しい熱を持つ場所がある。
防衛団訓練場。
汗。
土。
怒号。
そして成長。
かつて村人だった者達が、今では武器を握っていた。
誰かを奪うためではない。
守るために。
マイクは槍を構えていた。
巨大な鉄槍。
鍛冶師班が作り上げた特注武器。
以前の彼なら、剣一本を振り回して突っ込んでいた。
今は違う。
視野が広い。
周囲を見ている。
仲間を見ている。
敵を読む。
グロマールが育てたのは、暴力ではない。
制御だった。
「行くぞ!!」
マイクが地面を蹴る。
身体強化。
筋肉強化。
風魔法補助。
一気に距離を潰す。
槍が唸る。
突き。
払い。
石壁へ向けて放たれた一撃が、空気を裂いた。
轟音。
石壁が砕ける。
見学していた若い団員達が息を呑んだ。
「速ぇ……」
「見えなかった……」
マイクは止まらない。
そのまま槍を回転。
次の瞬間。
投擲。
巨大槍が一直線に飛ぶ。
風を裂き、遥か先の鋼板へ突き刺さった。
衝撃で鋼板が歪む。
訓練場が静まり返る。
マイクはゆっくり息を吐いた。
そこへグロマールが歩いてくる。
「重心移動が安定したな」
マイクが頭を掻く。
「最初は難しかったけどな」
「槍ってのは、力任せじゃ駄目なんだな」
グロマールは頷く。
「武器は理屈だ」
「理解すれば伸びる」
その言葉を聞きながら、周囲の団員達は真剣に耳を傾けていた。
以前の世界では、武術は秘伝だった。
貴族。
騎士。
血筋。
選ばれた者だけ。
ここは違う。
教える。
だから育つ。
マイクが再び武器棚へ向かう。
今度は弓。
大型長弓。
普通の人間なら引くことすら困難。
マイクは自然に構える。
呼吸。
視線。
重心。
引き絞る。
筋肉が軋む。
風魔力が矢へ纏わりつく。
放つ。
爆音。
矢が消える。
次の瞬間、遥か遠方の標的が吹き飛んだ。
団員達がどよめく。
「うそだろ……」
「弓まで……」
マイク自身も驚いていた。
以前は出来なかった。
才能が無いと思っていた。
違った。
教わっていなかっただけ。
身体の使い方。
呼吸。
魔力循環。
視線制御。
全てが理論化されている。
だから伸びる。
グロマールは静かに言う。
「人間は環境で変わる」
「才能の前に、教育だ」
マイクは少し笑った。
「昔の俺が聞いたら笑うぜ」
「俺、完全に脳筋だったしな」
セレスが後ろから呆れた顔をする。
「今も半分くらい脳筋よ」
「うるせぇ!」
訓練場に笑いが起きる。
空気は明るい。
恐怖ではなく、成長がある場所だった。
次は格闘訓練。
巨大な魔物用木人。
マイクが前へ出る。
構え。
低い。
無駄が無い。
以前の喧嘩とは全く違う。
踏み込み。
拳。
肘。
膝。
蹴り。
連撃。
風魔法による加速。
身体強化による爆発力。
木人が砕ける。
粉砕。
団員達の目が変わっていく。
憧れ。
尊敬。
マイクはもう“ガキ大将”ではない。
指揮官だった。
そして最後。
剣。
鍛冶師班が作った長剣を抜く。
静か。
空気が変わる。
マイクは剣術が苦手だった。
力任せだった。
今は違う。
呼吸。
脱力。
視線。
魔力循環。
理解している。
斬撃。
空気が裂ける。
連続斬撃。
石柱が滑るように崩れ落ちた。
ミレナが目を細める。
「……強くなったわね」
セレスも頷く。
「環境ね」
その言葉が全てだった。
才能ではない。
教育。
仲間。
積み重ね。
環境。
それが人を変えている。
グロマールは静かにマイクを見る。
「覚醒したな」
マイクが剣を肩へ担ぐ。
「まあな」
「槍も弓も格闘も剣も、結局同じだった」
「身体の使い方と魔力の流れだ」
周囲の団員達が驚く。
以前のマイクなら絶対言わない理論。
理解している。
考えている。
育っていた。
そこへ索敵班が駆け込んでくる。
「東方確認!」
「大型魔物群!」
訓練場の空気が一変する。
全員が立ち上がる。
緊張。
恐怖。
以前なら混乱していた。
今は違う。
マイクが前へ出る。
「数は?」
「百二十!」
「種類は混成!」
「ワイルドボア! ブラッドウルフ! アイアンタートル確認!」
団員達が武器を握る。
以前の村なら終わっていた規模。
今は違う。
マイクが振り返る。
その目に迷いは無い。
「配置!」
「前衛槍隊!」
「左右弓隊!」
「土壁展開!」
「後衛水班待機!」
団員達が即座に動く。
誰も怒鳴らない。
誰も慌てない。
教育されている。
理解している。
グロマールは静かに見ていた。
循環が完成し始めていた。
マイクが槍を構える。
都市の外壁。
その前へ立つ。
巨大魔物群が迫ってくる。
地鳴り。
咆哮。
土煙。
普通の都市なら恐慌になる。
この都市は違う。
子供達は避難済み。
病院は準備完了。
補給班も動いている。
物流も止まらない。
全てが仕組みで動いている。
マイクが低く呟く。
「来い」
次の瞬間。
魔物群が突撃。
同時。
弓隊射撃。
風魔法補助。
高速矢。
魔物の目を貫く。
土壁展開。
進路制御。
槍隊突撃。
マイクが先頭。
踏み込み。
槍がブラッドウルフを貫通。
返す動きでワイルドボアの首を砕く。
更に踏み込む。
身体強化。
筋肉強化。
風加速。
圧倒的。
団員達も続く。
連携。
拘束。
撃破。
以前とは別物だった。
これは防衛団ではない。
軍。
組織化された戦力。
そしてそれを誰より理解しているのは、マイク本人だった。
戦いが終わる。
死傷者ゼロ。
魔物群殲滅。
団員達が息を吐く。
達成感。
恐怖ではない。
自信。
マイクが振り返る。
都市を見上げる。
石畳。
工場。
学校。
病院。
孤児院。
守るものが増えていた。
だから強くなった。
ミレナが近づく。
「完全に軍ね」
マイクが苦笑する。
「違ぇよ」
「俺達は侵略しねぇ」
「守るだけだ」
その言葉に、グロマールは静かに目を細めた。
理解している。
マイクはもう、自分で考えている。
命令で動いていない。
だから強い。
セレスが小さく笑う。
「立派になったわね」
マイクが顔をしかめる。
「気持ち悪ぃ褒め方すんな」
訓練場に笑いが広がる。
その光景を見ながら、グロマールは静かに空を見る。
軍とは暴力ではない。
守る意思。
統制。
責任。
教育。
それが揃った時、初めて“力”になる。
この都市は、そこへ辿り着き始めていた。




