95話:孤児院
朝日が都市を照らしていた。
石畳。
上下水路。
巨大農地。
紡織工場。
病院。
専門学校。
かつて“村”だった場所は、既に一つの都市として機能している。
食料充足率300%超。
飢えは消えた。
病は減った。
仕事が生まれた。
教育が循環し始めた。
そして今、新たな場所が完成していた。
孤児院。
白い壁。
広い中庭。
清潔な寝室。
食堂。
浴場。
勉強部屋。
訓練場。
以前の世界では考えられない建物だった。
孤児は捨てられる存在だった。
働けない。
弱い。
金にならない。
だから死ぬ。
それが当たり前だった。
この都市は違う。
弱い者を育てる。
それが未来になると知っているから。
中庭では、多くの子供達が走り回っていた。
エルフの子。
ドワーフの子。
魔族の子。
ダークエルフの子。
ヒューマンの子。
以前なら共に暮らすことすら無かった。
種族同士で争い、奪い合い、疑い合っていた。
今は違う。
笑っている。
それを見ながら、ピーターは静かに微笑んでいた。
彼の手には木の教材。
魔力循環図。
属性変換表。
魔力経路図。
もう彼は“教わる側”ではない。
教える側だった。
ミネルバが横へ来る。
「……本当に増えましたね」
ピーターは頷く。
「はい」
「最初は三人だけでした」
今では百人を超えている。
戦争孤児。
病で親を失った子。
貧困で捨てられた子。
奴隷商人から保護された子。
皆、ここへ来た。
グロマールは言った。
「環境を変えろ」
それだけだった。
ピーターはその意味を理解している。
子供は、最初から壊れていたわけじゃない。
教わる環境が無かった。
守られる環境が無かった。
だから育たなかった。
鐘が鳴る。
授業開始。
子供達が一斉に集まってくる。
騒がしい。
笑い声。
足音。
以前のピーターなら圧倒されていた。
今は違う。
彼は静かに前へ立つ。
「今日は魔力循環の確認から始めます」
子供達が元気よく返事をする。
「はーい!」
エルフの教師達が後ろで見ていた。
少し不安そうだった。
「本当に全員へ教えるのか?」
「属性適性も確認せず?」
ドワーフも腕を組む。
「無茶だろ」
「普通は一属性でも扱えれば上等だ」
魔族の教官も低く呟く。
「子供に複数属性は危険だ」
常識だった。
属性適性は限られる。
魔法は才能。
一部の者しか使えない。
それが世界の認識。
ピーターは振り返る。
「大丈夫です」
穏やかな声。
自信のある声だった。
彼は知っている。
グロマールが何を証明したのか。
才能ではない。
教育だ。
ピーターは子供達へ言う。
「まず呼吸」
「焦らなくていいです」
「魔力を暴れさせない」
「流れを感じて下さい」
子供達が静かになる。
深呼吸。
魔力循環。
以前なら、こんな訓練すら存在しなかった。
魔力は感覚任せ。
偶然。
才能頼り。
だから多くが扱えなかった。
今は違う。
理論化されている。
循環。
制御。
放出。
吸収。
維持。
全て教えられている。
小さな少女の手に、水球が浮かぶ。
隣では風。
後方では土。
火。
光。
闇。
次々と属性が発現していく。
エルフ教師の目が見開かれる。
「な……」
「全属性……?」
あり得なかった。
一人が複数属性を扱うだけでも天才。
ここでは違う。
子供達が当たり前のように使っている。
ピーターは静かに説明する。
「魔力は本来、もっと自由なんです」
「属性は才能じゃない」
「理解です」
ドワーフ教師が困惑する。
「そんな話、聞いたことねぇぞ……」
「教えられていなかっただけです」
ピーターは否定しない。
責めない。
ただ事実を言う。
子供達はさらに訓練を続ける。
すると突然。
空間が歪む。
小さな箱が消え、別の場所へ現れた。
エルフ教師が息を呑む。
「時空間魔法……!」
次の瞬間。
地面へ重圧。
重力制御。
更に雷撃。
青白い閃光が走る。
魔族の教師が完全に固まった。
「あり得ん……」
「子供だぞ……?」
ピーターは静かに子供達を見ていた。
誇らしげではない。
当然のように。
その様子を見て、セレスが小さく笑う。
「グロマールの弟子らしいわね」
グロマールは壁際で静かに見ていた。
何も言わない。
だが理解している。
環境が変われば、人は変わる。
それを一番証明しているのが、今のピーターだった。
かつて。
泣き虫だった少年。
自信が無かった。
失敗ばかりだった。
だが今。
世界の常識を壊している。
それも力で支配するのではない。
教えることで。
子供達が嬉しそうに魔法を使う。
火。
水。
風。
土。
光。
闇。
時空間。
重力。
雷。
誰も怯えていない。
恐れていない。
それを見ながら、エルフ教師が呟いた。
「なぜ……ここまで……」
ピーターは優しく答えた。
「怖がらなかったからです」
「失敗しても怒られない」
「挑戦していい」
「守られている」
「だから伸びるんです」
静かな声だった。
だが、その場にいた全員へ刺さった。
魔族の教師が子供達を見る。
笑っている。
怯えていない。
確かに違う。
今まで見てきた魔法教育とは。
この世界の教育は恐怖だった。
失敗するな。
才能が無いなら諦めろ。
危険だから触るな。
それで多くの才能が潰れていた。
ここは違う。
挑戦させる。
守る。
育てる。
だから伸びる。
ダークエルフの教師が小さく笑う。
「……化け物ね」
セレスが肩をすくめる。
「違うわ」
「育ったのよ」
その言葉に、皆が静かになる。
核心だった。
特別な血ではない。
神の加護でもない。
環境。
教育。
循環。
それだけで、人はここまで変わる。
夕方。
授業が終わる。
子供達が食堂へ走っていく。
今日の夕食はオーク肉の魔力煮込み。
焼き立てパン。
野菜スープ。
果実水。
食料充足率300%超。
飢えは無い。
子供達は笑っていた。
以前なら有り得ない光景。
ピーターはその背中を見ていた。
ミネルバが隣へ来る。
「優しいですね」
ピーターは少し困ったように笑う。
「グロマールさんに教わったんです」
「力は、人を守るために使うって」
遠くで子供達が笑っている。
魔法を見せ合っている。
競い合っている。
未来だった。
ピーターは静かに呟く。
「特別な力じゃないんです」
「人を優しくする力なんです」
その言葉を聞きながら、エルフも、ドワーフも、魔族も、ダークエルフも、誰も否定できなかった。
なぜなら。
その光景そのものが、答えだったからだ。




