91話:都市計画
朝日が、巨大化した外壁を照らしていた。
かつて“村”だった場所は、もう村ではない。
広い石畳。
巨大倉庫。
水路。
紡織工場。
農地。
鍛冶区画。
治療院。
学校。
防壁。
監視塔。
全てが繋がっていた。
人の流れ。
物流。
衛生。
教育。
農業。
防衛。
無秩序ではない。
誰か一人の感覚ではなく、積み上げられた合理で都市が動いている。
グロマールは高台から街を見下ろしていた。
隣にはセレス。
「……本当に、都市になったわね」
彼女は静かに言った。
朝の通りには既に人が溢れている。
エルフの織師。
ドワーフの鍛冶師。
魔族の土木班。
ダークエルフの警備兵。
ヒューマンの商人。
種族が混ざっていた。
かつてはあり得なかった光景。
それが今では“普通”になっている。
「人口は?」
グロマールが聞く。
「三万二千を超えたわ。まだ増えてる」
セレスは即答した。
「周辺の村から流入が止まらない。病が少ない。食える。仕事がある。教育がある。そりゃ来る」
グロマールは視線を農地へ向けた。
巨大水路が流れている。
水属性班が水量を調整し、土属性班が地力を均一化する。
風属性班は受粉を補助し、光属性班が病害を浄化する。
農業革命だった。
「食料は」
「余剰。食料充足率三〇〇%超」
セレスが肩を竦める。
「もう“飢える”って概念が消え始めてる」
かつて、この世界は違った。
干ばつ。
病。
飢餓。
略奪。
人は生きるだけで精一杯だった。
才能が無かったわけではない。
教育が無かった。
それだけだ。
グロマールは都市全体を見渡した。
「問題は住居だ」
「同意」
セレスは地図を開く。
「二か月以内に住宅区画が足りなくなる。今の人口増加率だと拡張必須」
「拡張する」
「やっぱりそう言うと思った」
彼女は笑った。
そこへジミーが走ってくる。
「物流区画も増やすぞ!」
「理由」
「人が増えると詰まる。市場も一極集中すると値段が荒れる。三分散する」
グロマールは頷く。
今のジミーは、もう“調子のいい男”ではない。
都市の流通を支える男だった。
在庫。
相場。
輸送量。
全てを頭に叩き込んでいる。
「倉庫は?」
「第四倉庫建設中。あと冷蔵区画を増やす」
「よし」
環境が人を育てる。
グロマールの思想は、もう村全体へ浸透していた。
その時だった。
監視塔から鐘が鳴る。
索敵班。
「西部森林地帯より大型群接近!」
空気が変わる。
セレスが即座に聞く。
「数は」
「三百!」
さらに声が飛ぶ。
「オークキング確認!」
「オークジェネラル複数!」
「ハイオーク多数!」
マイクが笑った。
「今日は豪勢だな」
誰も慌てない。
それが以前との最大の違いだった。
グロマールが短く命令する。
「迎撃」
全員が動いた。
防衛隊。
索敵班。
治療班。
補給班。
解体班。
都市が巨大な生命体のように動く。
西部防壁。
巨大な土煙。
オークの軍勢が迫っていた。
通常種。
ハイオーク。
重装個体。
そして中央。
オークキング。
巨大戦斧。
赤黒い魔力。
その周囲にはオークジェネラル。
普通の都市なら壊滅。
だが。
ここは違う。
ミレナが剣を抜く。
「配置完了」
マイクが氷槍を肩へ担ぐ。
「行くぞ」
索敵班が先に動く。
土属性。
地面変形。
進路誘導。
オーク達の足場が泥濘化する。
風属性班が砂塵を操る。
視界制限。
オーク達は気づかない。
誘導されていることに。
水属性班が前へ出た。
巨大水流。
地面へ叩きつける。
オーク達の足が沈む。
そこへ。
ウォーターマスク。
無数の水球が飛ぶ。
顔面へ張り付く。
呼吸を奪う。
暴れるオーク。
次の瞬間。
アイスマスク。
水球が凍結する。
頭部ごと氷塊へ変わる。
ハイオークが突進。
ミレナが踏み込む。
速い。
身体強化。
風操作。
剣技。
全てが噛み合う。
斬。
一刀。
ハイオークの首が飛ぶ。
オークキングが咆哮した。
巨大戦斧を振り上げる。
空気が震える。
索敵班が即応。
土鎖。
影縛。
氷杭。
脚を止める。
そこへマイク。
「止まれぇぇぇ!!」
巨大氷槍。
脚部へ直撃。
体勢が崩れる。
ウォーターマスク。
巨大水塊。
オークキングの顔面を覆う。
暴れる。
咆哮。
呼吸不能。
アイスマスク。
完全凍結。
ミレナが跳ぶ。
「はぁぁぁぁっ!!」
光属性付与斬撃。
巨大な首が落ちた。
轟音。
静寂。
オーク達が止まる。
マイクが叫ぶ。
「押し切れ!」
防衛隊が突撃。
氷刃。
水槍。
風刃。
光弾。
オーク軍は崩壊した。
十分後。
戦闘終了。
都市側被害は軽微。
治療班が走る。
「重傷二!」
「回復可能!」
「毒なし!」
解体班が即座に動く。
「牙回収!」
「皮こっち!」
「骨は加工班!」
「魔石忘れるな!」
巨大なオーク肉が運ばれていく。
調理区画。
巨大鍋。
香草。
岩塩。
発酵酒。
野菜。
魔力操作で均一加熱。
オーク肉の魔力煮込み。
長時間煮込まれた肉が崩れていく。
香りが広がった。
子供達が歓声を上げる。
「すごい匂い!」
「早く食べたい!」
かつて。
オーク肉は“臭くて食えない”と言われていた。
知識が変えた。
技術が変えた。
教育が変えた。
ミネルバが皿を配る。
「熱いから気をつけてね」
ピーターは負傷者を診ていた。
「無理しちゃ駄目です」
その姿を見ながら、セレスが呟く。
「本当に変わった」
グロマールは答えない。
彼は都市を見ていた。
灯り。
物流。
人の流れ。
働く住民。
学ぶ子供。
循環している。
全てが。
グロマールは静かに言った。
「まだ足りない」
セレスが笑う。
「知ってる」
「上下水路を完全分離する」
「うん」
「教育施設を倍にする」
「うん」
「防壁を外周まで延長」
「やっぱり止まらないわね」
グロマールは空を見た。
この都市は未完成だ。
だから進む。
止まれば崩れる。
循環とは、そういうものだった。
遠くで子供達が笑っている。
それを聞きながら。
グロマールは再び歩き出した。
都市を作るために。
誰かを支配するためではない。
誰かが、生き続けられる場所を増やすために。




