82話:焦り
夜だった。
酒場街の笑い声が、突然止まる。
次の瞬間。
通信機から鋭い声が響いた。
『北東十五キロ地点! 大量反応!』
市場の空気が変わる。
人々の顔から笑みが消えた。
索敵塔。
その最上階で、索敵班が一斉に魔力を広げていた。
水。
風。
土。
光。
闇。
五属性感知。
今や、この村の索敵班は全員が複数属性運用者だ。
一人の少女が顔を青ざめさせる。
「……多い」
隣の男が震える声を出す。
「数、出るか?」
少女は目を閉じた。
魔力感知を広げる。
地面。
空気。
死霊反応。
そして。
「数千……!」
空気が凍る。
「アンデッド群です!」
通信機が一斉に鳴る。
『全防衛区画、戦闘準備!』
『住民は避難経路確認!』
『狩猟班帰還急げ!』
村全体が即座に動き始めた。
以前なら、混乱していた。
今は違う。
情報網がある。
役割分担がある。
教育されている。
だから動ける。
中央指揮区画。
セレスが地図を広げる。
「反応速度が前回より速い……」
グロマールが静かに見る。
「敵の質が違う」
索敵情報が次々届く。
デスナイト。
デュラハン。
リッチ。
レイス。
以前の雑兵アンデッドではない。
上位個体。
しかも大量。
空気が重かった。
元王国騎士たちの顔色も悪い。
一人が呟く。
「……国が滅ぶ規模だぞ」
それでも。
村は崩れない。
マイクが怒鳴る。
「配置急げ!」
防衛団。
自警団。
索敵班。
全員が動く。
ミレナは剣を腰へ差し、元騎士たちを見る。
「怖い?」
誰も否定しない。
当然だった。
目の前に来るのは災害だ。
死霊騎士軍団。
だが、ミレナは静かだった。
以前とは違う。
もう、“一人で守ろう”としていない。
周囲を見る。
訓練された自警団。
通信機。
魔法障壁。
索敵共有。
皆がいる。
だから戦える。
ミレナは剣を抜いた。
「準備」
その瞬間。
光属性班が動き出す。
大量の武器。
剣。
槍。
矢。
そこへ光属性付与が始まった。
白い光。
浄化魔力。
以前は、一部の神官しか使えなかった技術。
今は違う。
教育された村人たちが普通に使っている。
ピーターが声を張る。
「魔力循環止めないでください!」
治癒師たちが、次々と武器へ光属性を流す。
光付与。
対アンデッド最適化。
しかも。
この村は今や、周辺地域で最も光属性使いが多い。
宗教国家すら超えている。
それが異常だった。
ミネルバが治療班を整える。
「恐怖は伝染します」
彼女は静かに言う。
「だから落ち着いてください」
その声だけで、人々が少し呼吸を戻す。
村の母性。
それは戦場ですら、人を支えていた。
その頃。
北東平原。
黒い波が迫っていた。
デスナイト。
漆黒の鎧。
巨大剣。
その後方には、首無し騎士デュラハン。
さらに。
空中を漂うレイス。
後方には、杖を持つリッチ。
死霊魔術師。
空気そのものが腐っている。
元騎士たちが青ざめる。
「……冗談だろ」
だが。
村側は静かだった。
マイクが笑う。
「数なら前より多いな」
隣の獣人が肩を回す。
「でも今の俺たちならやれる」
そこが違った。
以前は恐怖しかなかった。
今は訓練がある。
実戦経験がある。
そして。
“環境”がある。
グロマールが前へ出る。
「始める」
その瞬間。
防衛線が動いた。
土属性班。
巨大土壁展開。
さらに石槍。
地面から無数の杭が突き上がる。
アンデッド群の前列が吹き飛ぶ。
続いて。
風属性班。
風刃斉射。
空気が裂ける。
レイス群が断ち切られ、悲鳴を上げる。
さらに。
水属性班。
高圧水刃。
氷槍。
デスナイトの脚を凍結。
動きを止める。
そこへ。
ミレナが突っ込んだ。
剣聖。
身体強化。
魔力循環。
踏み込みが見えない。
一閃。
デスナイトの首が飛ぶ。
さらに。
光属性付与。
浄化。
黒い霧が爆散した。
周囲が息を呑む。
強い。
以前のミレナではない。
だが。
本人は満足していなかった。
もっと速く。
もっと強く。
追いつきたい。
グロマールへ。
この村へ。
皆へ。
その焦りが、彼女をさらに押し上げていた。
元王国騎士たちも叫びながら突撃する。
「押し返せ!」
以前なら、アンデッド上位種を前に崩れていた。
今は違う。
光属性武器がある。
連携がある。
恐怖より、役割が先に動く。
その頃。
索敵班は別行動を取っていた。
「いた」
闇属性感知。
影追跡。
水感知。
五属性索敵が、一つの存在を捉える。
森の奥。
黒ローブの男。
死霊術師。
以前のアンデッド事件と同じ魔力波長。
索敵班長が低く言う。
「やっぱりお前か」
男が振り向く。
顔が歪む。
「なぜ見つかる……!」
次の瞬間。
土拘束。
風圧。
影拘束。
水鎖。
完全連携。
男は悲鳴を上げる。
「ぐあっ!?」
索敵班の成長は異常だった。
単なる感知ではない。
発見から拘束までが速い。
教育された集団。
それが恐ろしい。
男は叫ぶ。
「こんな村、存在していいはずが――」
光属性拘束。
沈黙。
索敵班の女が冷たく言う。
「人を死体にする方が間違ってる」
その頃。
戦場は終盤へ入っていた。
リッチが巨大魔法を放つ。
黒い死霊波。
だが。
光属性障壁。
村人たちが同時展開。
防ぎ切る。
リッチが驚愕する。
あり得ない。
辺境の村だ。
なぜこれほど光属性使いがいる。
なぜ連携できる。
答えは単純だった。
教育。
それだけ。
グロマールが静かに手を上げる。
「撃て」
次の瞬間。
光属性斉射。
白い奔流。
数百人規模。
夜が白く染まる。
リッチが消し飛ぶ。
さらに。
レイス群。
デュラハン。
残存アンデッド。
全部が浄化されていく。
そして。
静寂。
風だけが吹いていた。
戦いは終わった。
死霊軍勢数千。
殲滅。
元騎士たちは膝をついていた。
信じられない顔。
「……勝った?」
マイクが笑う。
「だから言ったろ」
村人たちは疲弊していた。
それでも崩れない。
治療班が即座に動く。
補給。
回復。
索敵再確認。
全部が流れるようだった。
グロマールは戦場跡を見る。
大量の高位魔石。
デスナイト級。
リッチ級。
巨大な魔力。
ミネルバが浄化班へ指示を出す。
「慎重に」
光属性班が魔石を浄化していく。
黒い穢れが消え、純粋な魔力結晶へ変わる。
それを見ながら、セレスが呟く。
「……また強くなるわね」
グロマールは静かに答える。
「使えるものは使う」
高位魔石。
ゴーレム動力。
防衛強化。
物流強化。
全部へ回せる。
つまり。
敵の攻撃すら、この村は循環へ組み込む。
それが恐ろしかった。
夜明け。
村へ帰還した人々は、静かに空を見上げていた。
恐怖はあった。
疲労もある。
それでも。
誰も絶望していない。
昔なら違った。
アンデッドは災害だった。
今は違う。
対抗できる。
守れる。
教育された人間たちが、それを証明した。
ミレナは剣を見つめる。
震えていた。
疲労ではない。
焦りだった。
もっと強くなりたい。
追いつきたい。
守りたい。
その想いが、彼女を止めなかった。
そして。
グロマールは静かに村を見る。
人が育っている。
環境が、人を変えている。
その循環は、もう誰にも止められなかった。




