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戦わずに世界を変えた男――教育と物流で“循環国家”を作ったら、宗教国家まで改革された  作者: 慈架太子


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74話:移住希望者

朝日が昇る頃には、東門の外に長い列ができていた。


昨日までは人族の難民が中心だった。

今日、並んでいる顔ぶれは違う。


尖った耳のエルフ。

岩のような腕を持つドワーフ。

獣耳を揺らす獣人。

黒髪に紫の瞳を持つダークエルフ。

角を持つ魔族。


そして、疲弊した無数の難民。


種族が混ざっていた。


それは、この世界では異常だった。


本来なら同じ列に並ぶことすらない者たちである。


差別。

迫害。

宗教。

貴族支配。


長い歴史の中で、互いに線を引かれてきた。


その全員が、今は同じ方向を見ていた。


グロマールの村。


“奇跡の村”と呼ばれ始めた場所を。


「……増えすぎじゃない?」


門の上から眺めていたミレナが呆然と呟く。


セレスが帳簿を見ながら答える。


「昨日だけで二百七十名増加。今朝の段階でさらに三百以上」


「村の規模じゃないわよ、もう」


「ええ。だから村をやめる段階ね」


ミレナが視線を向ける。


「……国?」


セレスは肩を竦めた。


「名前なんて後でいいわ。問題は回るかどうか」


そこへジミーが駆け込んでくる。


「倉庫足りねぇ! 食料は余ってるが寝床が限界だ!」


「分かってる」


「分かってるじゃ困る!」


「騒がないの。もうグロマールが動いてる」


視線の先。


グロマールは既に東側平原へ向かっていた。


その後ろを、ゴーレム部隊が歩いている。


大型建築用。

土木用。

運搬用。


数十体。


難民たちはその姿を見て息を呑む。


ゴーレムとは、本来なら国家級戦力だ。


王城防衛。

魔導遺跡。

古代兵器。


それが、この村では農具のように使われていた。


グロマールが平原へ立つ。


鑑定。


地質。

水脈。

地下強度。

風向き。

排水経路。

農地適性。


情報が流れ込む。


「ここから三区画拡張する」


隣にいたマイクが目を丸くした。


「三区画!? マジかよ!」


「足りない」


グロマールは即答した。


「これからもっと来る」


その言葉に、ミレナが静かに息を飲む。


彼は理解している。


もう止まらない。


噂は広がった。


病人が死なない。

食べ物がある。

教育がある。

平民が魔法を学べる。


それは“希望”だった。


この世界で最も不足していたものだ。


グロマールが手を上げる。


次の瞬間。


大地が動いた。


轟音。


土属性魔法。


地面が隆起し、平坦化される。


さらに巨大な石壁が形成される。


区画整理。


水路形成。


基礎工事。


圧倒的速度だった。


難民たちは呆然と見ている。


そこへ、複数の村人が魔法を重ねる。


土。

風。

水。


連携。


地盤固定。

水分調整。

空気循環。


教育された集団魔法。


かつてなら国家魔導師団でも必要だった作業が、村単位で行われていた。


ドワーフの男が震える声を出す。


「……なんだ、これは」


隣のエルフが呟く。


「都市建築……」


しかも速い。


異常なほど。


グロマールの魔力循環は止まらない。


魔力吸収。

魔力操作。

魔力循環。


外気の魔力を取り込み、流し、制御する。


実質無限魔力。


本来なら人が数日で枯渇する規模の工事を、一人で支え続けている。


ミレナがその背を見つめる。


最初の頃は分からなかった。


なぜ、この男が休まないのか。


今は理解している。


休めないのではない。


循環している。


だから尽きない。


「……化け物」


マイクが笑う。


「今さらか?」


その頃、門前では新規移住希望者の確認が始まっていた。


セレスが机を置き、列を整理する。


「次の人」


前に出たのは、エルフの女だった。


痩せている。

長旅だったのだろう。


「名前は」


「……リーフェ」


「特技」


「薬草知識。精霊感知。風属性少々」


セレスが目を細める。


「少々?」


リーフェは俯いた。


「……使えません。感知だけです」


典型的だった。


才能はある。


教育がない。


グロマールの村では珍しくもない。


セレスは淡々と書き込む。


「次」


前へ出たのはドワーフ。


巨大な男だ。


「鍛冶師だ」


「経験年数」


「三十年」


「属性は」


「土属性……らしい」


「使えないの?」


「分からん」


ドワーフは苦々しく笑う。


「鍛冶は腕だ。魔法なんぞ貴族の力だと思ってた」


セレスは小さく息を吐いた。


まただ。


世界中が同じ。


才能が埋もれている。


次々に列が進む。


獣人。

魔族。

ダークエルフ。


全員、疲弊していた。


共通しているのは、“居場所を失った目”だ。


そこへミネルバが現れる。


「熱のある方はこちらへ。子供は優先してください」


柔らかな声。


だが、はっきり通る。


彼女の周囲には、自然と人が集まる。


安心感がある。


難民の子供が泣きながら抱きつく。


ミネルバは静かに頭を撫でた。


「大丈夫ですよ」


その言葉だけで泣き崩れる母親もいた。


救われた経験がない。


だから優しさに慣れていない。


ピーターは子供たちへ文字を教えていた。


地面へ棒で文字を書く。


「これは“水”です」


獣人の少年が恐る恐る真似する。


下手だ。


歪んでいる。


それでもピーターは笑った。


「上手です」


昔の彼なら、こんな風に笑えなかった。


失敗ばかりで、自信もなかった。


だから分かる。


最初の一歩がどれほど怖いか。


夕方。


拡張工事はさらに進んでいた。


土属性で形成された基礎。

石造建築。

水路。

共同浴場。

倉庫。

仮宿舎。


ゴーレムが休みなく資材を運ぶ。


ジミーが顔を引き攣らせる。


「物流量おかしいだろ……」


「回ってるなら問題ない」


セレスは書類を書き続ける。


「いや、普通は崩壊する!」


「普通じゃないから」


その言葉に、ジミーは黙った。


実際、その通りだった。


普通の村なら、とっくに飢える。


難民流入で崩壊する。


治安が壊れる。


病が広がる。


だが、この村では逆だった。


人口増加が、生産力増加へ変わる。


教育がある。


役割分担がある。


魔法技術が共有される。


つまり、人が増えるほど循環が強くなる。


それを理解した時、ジミーは背筋が寒くなった。


「……これ、マジで国が潰れるぞ」


セレスは否定しない。


宗教国家。

貴族国家。

奴隷商国家。


どれも根本は同じだ。


無知を利用して支配する。


だが、この村は違う。


教える。


育てる。


だから支配構造そのものを壊す。


夜。


新しく建設された宿舎では、種族を越えて食事が配られていた。


エルフとドワーフが同じ鍋を囲む。


獣人の子供が魔族と笑っている。


あり得ない光景だった。


この世界では。


マイクが肉を頬張りながら笑う。


「おいドワーフ! 酒飲めんのか!」


「誰に言っとる小僧!」


「勝負だ勝負!」


「望むところだ!」


周囲が笑う。


その様子を見ていたミレナが、小さく呟く。


「……不思議ね」


「何が?」


セレスが尋ねる。


「昔なら絶対喧嘩になってた」


「今も喧嘩してるわよ」


「そういう意味じゃなくて」


ミレナは食堂を見る。


種族。

立場。

過去。


違う者たちが、同じ場所で笑っている。


それは綺麗事ではない。


食料があるからだ。


安心して眠れるからだ。


病で死なないからだ。


余裕があるから、人は他人を受け入れられる。


環境が人を育てる。


その意味を、ミレナは少しずつ理解していた。


その頃。


宗教国家。


大神殿。


大司祭の前には、新しい報告書が積まれていた。


移住者増加。

異種族流入。

農地拡張。

紡織産業拡大。


そして。


“光属性使用者、急増”。


大司祭の顔が歪む。


「……なぜ平民が光を扱える」


神官は震えていた。


「教育していると……」


「馬鹿な」


大司祭は吐き捨てる。


「光は選ばれた者の力だ」


その言葉を、神官自身が疑い始めていた。


もし違ったら。


もし、誰でも扱えるなら。


今までの支配は何だったのか。


大司祭は机を叩く。


「軍を動かせ」


部屋が凍る。


「これ以上広がる前に潰す」


神官たちは顔を青ざめさせた。


もう、恐れていた。


奇跡の村を。


いや。


“教育された民”を。


一方その頃。


グロマールは新しい区画の中央に立っていた。


周囲では明かりが灯る。


人が増えている。


声が増えている。


生きる音が広がっている。


ミレナが隣へ来た。


「まだ広げるの?」


「ああ」


「どこまで?」


グロマールは静かに答える。


「人が生きられる限り」


ミレナはその横顔を見る。


王になりたいわけではない。


支配したいわけでもない。


この男は、本当に最初から変わっていない。


死ななくていい環境を作っているだけだ。


それだけで、世界が揺れていた。







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