62話:査察
朝から空気が違っていた。
村の入口。
見張り台。
防衛隊。
広場。
全てが少しだけ張り詰めている。
理由は単純だった。
領都から役人が来る。
正式な査察。
領主代理アルベルトが去ってから五日後。
予定通りだった。
村の急成長。
異常な農業生産。
紡織産業。
鉄製品。
教育。
ゴーレム運用。
そして難民受け入れ。
普通の村ではあり得ない。
当然、調査が入る。
だが村人たちは以前ほど怯えていなかった。
それが変化だった。
ミレナが広場を歩く。
防衛隊を確認。
配置確認。
避難経路確認。
ゴーレム巡回確認。
自然に動いている。
彼女自身も驚いていた。
昔なら緊張で余裕が消えていた。
今は違う。
やるべきことが見える。
教育。
経験。
積み重ね。
それが人を変える。
「ミレナ」
後ろからセレス。
「役人、十七人」
「文官が中心」
「騎士は六」
「戦う気配は薄い」
ミレナが頷く。
「監視目的ね」
「ええ」
セレスは苦笑する。
「まあ当然よ」
「こんな村、普通じゃないもの」
視線の先。
農耕ゴーレムが畑を耕している。
建築班が新しい集合住宅を作っている。
紡織工房から布が運ばれる。
子供たちは授業中。
老人たちは木工班で作業。
女たちは魔力循環訓練。
辺境村とは思えない。
領都の小都市より機能している。
だから危険視される。
それが現実だった。
その頃。
村外れ。
グロマールは新型ゴーレムを調整していた。
アンデッドから回収した高純度魔石。
それを動力に変換している。
魔力操作。
循環制御。
安定化。
ゴーレムの目が淡く光る。
以前のような単純労働機ではない。
複合運用型。
建築。
運搬。
警備。
農耕。
切り替え可能。
周囲では鍛冶班が興奮していた。
「動いた……!」
「切り替わったぞ!」
「すげぇ……!」
グロマールは淡々としている。
彼にとって重要なのは効率だった。
人手不足は確定している。
難民三百人。
教育には時間がかかる。
その間をゴーレムで埋める。
合理的だった。
そこへマイクが走ってくる。
「来たぞ!」
「査察だ!」
グロマールが立ち上がる。
視線を村入口へ向けた。
やがて馬車が見える。
紋章付き。
文官。
兵士。
記録官。
計算役。
税務官。
そして中央に、一人の女。
黒髪。
細眼鏡。
二十代後半。
無駄のない服装。
冷たい印象。
馬車を降りた瞬間、空気を観察している。
ただの役人ではない。
見る人間だ。
ミレナが前へ出る。
「ようこそ」
女は一礼した。
「領都監査局所属」
「レティシア・エルムです」
静かな声。
感情が読めない。
その目が村全体を見渡す。
壁。
倉庫。
畑。
ゴーレム。
人。
全て。
そして小さく呟いた。
「……報告以上ですね」
隣の役人が緊張していた。
「レティシア様、本当に村ですかここ……?」
「静かに」
彼女は短く制した。
目が鋭い。
ミレナは警戒する。
この女は馬鹿じゃない。
誤魔化せない。
その時。
レティシアの視線が止まる。
ゴーレム。
農耕型。
自律巡回。
しかも複数。
領都でも珍しい。
彼女は目を細めた。
「誰が作ったのです?」
「俺だ」
グロマールだった。
レティシアが見る。
沈黙。
互いに観察している。
レティシアは直感する。
この男が中心。
報告にあった“循環の起点”。
グロマールも理解していた。
この女は数字を読む。
感情論では動かない。
だから面倒だった。
レティシアが言う。
「案内をお願いします」
査察が始まった。
最初は農地。
役人たちが驚愕している。
「水路が整備されている……」
「畝の間隔が統一されてる」
「土壌管理まで……?」
「この辺境で……?」
農耕班の老人が普通に説明している。
「輪作だよ」
「土が死ぬからな」
「水量も季節で変える」
役人たちが絶句する。
知識水準が高い。
普通の農民ではない。
レティシアは質問する。
「誰が教えたのです?」
老人は笑った。
「最初はグロマールだ」
「今は皆で教えてる」
「子供もな」
レティシアの眉がわずかに動く。
教育。
やはりそこか。
次は紡織工房。
女性たちが高速で布を織っている。
魔力循環を利用した補助。
糸の均一化。
品質管理。
異常な生産効率。
エバが説明する。
「品質ごとに価格を変えてます」
「輸送費込みで利益率を調整」
「在庫回転率も管理してます」
役人が固まる。
「……商会レベルでは?」
エバは首を傾げる。
「そうなの?」
天然だった。
セレスが吹き出しそうになる。
レティシアは帳簿を見る。
数字。
生産。
流通。
利益。
税。
全て整理されている。
しかも正確。
不正もない。
彼女は内心驚いていた。
辺境村とは思えない。
領都の役所より整っている。
次は学校。
子供たちが計算している。
読み書き。
魔力循環。
地図。
農業。
建築。
役人の一人が呆然とした。
「平民教育……?」
ピーターが前へ出る。
「教育がないと、人は育ちません」
静かな声。
昔の泣き虫はいない。
教導スキル。
言葉が自然に届く。
レティシアは彼を見る。
「君が教師ですか」
「はい」
「何故そこまで教えるのです?」
ピーターは迷わなかった。
「知らなかっただけだからです」
「皆、できなかったんじゃない」
「教わらなかっただけです」
役人たちが沈黙する。
その言葉は重かった。
レティシアも理解する。
この村の異常性。
教育。
それが根幹。
才能ではない。
環境。
だから爆発的に成長する。
査察は続く。
治療院。
鍛冶場。
建築区画。
難民受け入れ予定地。
全てが整理されている。
役人たちは途中から黙っていた。
異常だから。
そして。
合理的だから。
最も衝撃だったのは、人々の顔だった。
疲れている。
忙しい。
それでも。
目が死んでいない。
恐怖が薄い。
未来を見ている。
それが領都には少なかった。
夕方。
査察終了。
広場。
レティシアが最後に言う。
「結論を報告します」
空気が張る。
役人たちも緊張していた。
レティシアは静かに続ける。
「違法性は確認できません」
「税管理も適正」
「生産管理も適正」
「教育制度も問題なし」
村人たちが安堵する。
だが彼女はそこで止まらない。
「ですが」
ミレナが目を細める。
レティシアは真っ直ぐ言った。
「この村は危険です」
広場が静まる。
マイクが反応しかける。
セレスが止めた。
レティシアは続ける。
「武力ではありません」
「成長性です」
「人材育成能力です」
「領都ですら、ここまで効率よく人を育てられない」
誰も反論できない。
それが事実だから。
レティシアはグロマールを見る。
「あなたは何を作ろうとしているのです?」
グロマールは少し考えた。
そして答える。
「普通に生きられる場所だ」
静寂。
役人たちが息を呑む。
欲望でも。
支配でも。
革命でもない。
ただ。
普通に生きられる場所。
それだけ。
だから逆に恐ろしい。
レティシアは小さく笑った。
初めてだった。
「……なるほど」
「確かに危険ですね」
彼女は一礼する。
「ですが」
「私は嫌いではありません」
そう言って馬車へ向かった。
役人たちも続く。
去っていく背中を見ながら、ミレナが呟く。
「なんか疲れた……」
セレスが笑う。
「わかる」
「頭いい相手は疲れるのよ」
グロマールは空を見る。
夕焼け。
村では子供たちが走っている。
ゴーレムが動いている。
工房の煙が上がる。
循環している。
止まらない。
そして彼は知っている。
もう、この村は戻れない。
小さな辺境村には。




