61話:領主来訪
朝霧が畑を覆っていた。
広大な耕作地。
整備された水路。
規則正しく動く農耕ゴーレム。
風車。
紡織工房。
石造倉庫。
鍛冶場。
朝日を浴びる村は、もはや辺境の貧村ではなかった。
収穫量は安定。
食料充足率150%。
備蓄は十分。
酒造も軌道に乗り。
紡織産業も拡大。
鉄製農具の生産まで始まっている。
物流も整備されつつあった。
教育によって。
人が変わった。
それが全てを変えた。
村の入口では、ゴーレムが荷車を運んでいる。
子供たちは朝から授業だ。
ピーターが黒板代わりの石板を使って計算を教えていた。
「三十袋を五人で運ぶなら、一人いくつですか?」
子供たちが一斉に手を挙げる。
以前なら考えられなかった光景だ。
読み書き。
計算。
魔力操作。
魔力循環。
この世界では貴族か商人しか学ばなかったもの。
それを村人全員へ教えている。
だから強い。
だから成長が止まらない。
その時だった。
見張り塔から声が飛ぶ。
「騎馬隊!」
広場が静かになる。
ミレナが即座に立ち上がる。
「数は?」
「二十ほど!」
「旗あり!」
マイクが槍を掴む。
防衛隊が動く。
以前なら恐怖で混乱していた。
今は違う。
配置。
索敵。
迎撃準備。
全員が自然に動く。
グロマールが外を見る。
領主旗。
正式な来訪だ。
ミレナが隣へ来る。
「……来たわね」
「ああ」
「どうする?」
「話を聞く」
ミレナは頷いた。
もう感情だけで突っ走らない。
それも成長だった。
やがて騎馬隊が到着する。
村人たちが見る。
領主家の騎士。
紋章付き馬車。
中央から一人の男が降りた。
四十代。
痩せ型。
鋭い目。
豪奢ではない。
実務家の顔だった。
周囲の空気を観察している。
倉庫。
工房。
防壁。
ゴーレム。
農地。
子供たち。
全てを見ていた。
男はゆっくり口を開く。
「私は領主代理、アルベルト・フォン・グレイハルト」
静かな声。
高圧的ではない。
だが油断もない。
ミレナが前へ出る。
「村長代理、ミレナです」
アルベルトは小さく頷く。
視線がグロマールへ向いた。
「……君がグロマールか」
「そうだ」
短い返答。
アルベルトは少しだけ目を細める。
無名。
だが異常。
領内で急成長した村。
飢餓ゼロ。
病の激減。
交易急増。
農業革命。
紡織産業。
ゴーレム稼働。
そして最近ではアンデッド討伐の報告まである。
放置できる規模ではない。
だから来た。
広場には村人たちも集まり始めていた。
皆、静かに見ている。
怯えは少ない。
それをアルベルトは感じ取る。
普通の村ではない。
民の目が死んでいない。
そこがまず異常だった。
アルベルトが言う。
「率直に言おう」
「君たちの村は問題視されている」
空気が張る。
マイクが眉を吊り上げる。
ミレナが制する。
グロマールは動かない。
アルベルトは続ける。
「成長速度が異常だ」
「食料生産量」
「流通量」
「鉄製品」
「酒」
「布」
「税収予測」
「全てが通常の村を超えている」
セレスが静かに聞いている。
彼女は理解していた。
当然だ。
急成長は必ず注目される。
放置されない。
だから次が重要になる。
アルベルトが村を見回す。
「普通なら介入する」
「軍を入れ、管理下に置く」
村人たちが息を呑む。
しかしアルベルトはそこで言葉を切った。
「だが」
「現状、領内は余裕がない」
その言葉にセレスが反応した。
「……難民」
アルベルトが彼女を見る。
「察しがいい」
彼は深く息を吐いた。
「北部で凶作が続いている」
「病も出た」
「村が消え始めている」
空気が重くなる。
この世界では珍しくない。
飢餓。
病。
流民。
死。
だからこそ、この村は異常だった。
アルベルトは静かに言った。
「難民を引き受けてほしい」
村人たちがざわめく。
難民。
つまり。
食えない人間。
病人。
技術もない者。
犯罪者が混ざる可能性もある。
負担は大きい。
アルベルトは続ける。
「受け入れてくれるなら」
「この村の件は問題にしない」
静かな圧力。
脅しではない。
現実だった。
セレスが目を細める。
「なるほど」
「監視と処理を同時にしたいわけね」
アルベルトは否定しない。
「正直に言えばそうだ」
「領都では抱えきれない」
「食料が足りん」
「仕事もない」
「放置すれば盗賊化する」
それもまた現実だった。
グロマールは黙って聞いていた。
鑑定。
嘘はない。
アルベルトは本当に困っている。
そして、この男は理解している。
この村が“育てる”力を持っていることを。
だから頼みに来た。
利用でもある。
期待でもある。
ミレナがグロマールを見る。
「……どうするの?」
皆が彼を見る。
村の中心。
循環の起点。
グロマールは静かに言った。
「人数は」
アルベルトが即答する。
「三百」
広場がどよめく。
今の村人口に匹敵する。
負担が大きい。
ミレナが眉を寄せる。
「多すぎる……」
ジミーが即座に計算していた。
「住居が足りねぇ」
「食料は短期ならいける」
「問題は冬だ」
エバも口を開く。
「布生産は増やせます」
「紡織班も拡大できる」
「でも教育が追いつくか……」
ピーターが考える。
ミネルバも。
全員が“できるかどうか”を考えている。
昔なら違った。
「無理だ」
「嫌だ」
で終わっていた。
今は違う。
解決策を探す。
それが教育の成果だった。
グロマールが言う。
「受け入れる」
ミレナが見る。
「本気?」
「ああ」
「人は資源だ」
「教育すれば戦力になる」
アルベルトが目を細める。
グロマールは続けた。
「農耕」
「建築」
「土木」
「紡織」
「鍛冶」
「適性があれば育つ」
「問題は教育環境だけだ」
静かな言葉。
だが確信があった。
この男は本気で、人が育つと思っている。
アルベルトは少し沈黙した。
それから笑った。
初めてだった。
「……噂以上だな」
「普通は嫌がる」
「君は計算している」
グロマールは答える。
「難民は脅威にもなる」
「だが教育すれば循環になる」
ミレナが小さく息を吐く。
理解した。
この男は最初から決めていた。
助ける。
ではない。
循環へ組み込む。
だから受け入れる。
そして。
それが結果的に人を救う。
ミレナは苦笑した。
「ほんと……合理主義」
グロマールは否定しない。
その時。
後ろから老人の声。
「なら受け入れようじゃねぇか」
農耕班の老人だった。
「昔の俺たちみたいなもんだろ」
別の女も頷く。
「私たちも最初は何もできなかった」
鍛冶師も笑う。
「今じゃゴーレムまで作ってる」
広場に空気が広がる。
受け入れる空気。
変わった。
本当に。
村そのものが。
アルベルトは静かにその光景を見る。
民が前向きだ。
支配されていない。
自分で考えている。
領都でも珍しい。
だから彼は理解する。
この村の本当の強さを。
食料でも。
ゴーレムでもない。
人だ。
人が育つ。
それが最も危険で。
最も価値がある。
アルベルトは一礼した。
「感謝する」
「正式な許可証を後日持ってこよう」
「交易路も整備対象に加える」
ジミーが反応する。
「お、そこは助かる」
空気が少し和らぐ。
だがアルベルトは最後にグロマールを見る。
「一つだけ忠告だ」
「この成長は、もう隠せない」
グロマールは答える。
「知っている」
「ならいい」
アルベルトは馬車へ戻る。
騎馬隊も動く。
去っていく背中を、村人たちが見送る。
そして。
静寂。
ミレナが小さく呟く。
「三百人か……」
「忙しくなるわね」
セレスが笑う。
「また村が広がるわ」
ピーターも頷く。
「教室、増やさないと」
ミネルバは優しく微笑む。
「治療院も必要ですね」
皆が自然に次を考えていた。
逃げない。
止まらない。
それが今の村だった。
グロマールは空を見る。
朝日が昇っている。
新しい循環が始まろうとしていた。




