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戦わずに世界を変えた男――教育と物流で“循環国家”を作ったら、宗教国家まで改革された  作者: 慈架太子


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6話:最初の成功者

朝のリードル村には、少しだけ変化が生まれていた。


井戸の周囲に人が集まっている。


以前なら考えられない光景だった。


誰もが最低限の水だけを汲み、すぐ立ち去っていた。


臭かったからだ。


長居したくなかった。


病の臭いがした。


腐敗の臭いがした。


それが今は違う。


透明な水面。


冷たい空気。


湿った悪臭が消えた井戸の周囲には、ほんの少しだけ人の声が戻っていた。


「本当に腹を壊さなくなったな」


「子供の熱も下がってる」


「咳が減った気がする……」


村人たちの会話は小さい。


まだ恐れているのだ。


希望を持つことを。


変化を信じることを。


それでも身体は正直だった。


綺麗な水。


温かい食事。


少しの休息。


それだけで、人間は少し動けるようになる。


グロマールは井戸の横で水を見ていた。


昨日作った排水路。


沈殿槽。


水流。


全て確認する。


水属性魔法による浄化は万能ではない。


環境そのものを整えなければ、また腐る。


だから見ている。


循環が崩れていないか。


問題が再発していないか。


その視線は冷静だった。


ミレナが後ろから声をかける。


「また確認してるの」


「当然だ」


「……疲れないの?」


グロマールは井戸から目を離さない。


「疲れる」


意外な答えだった。


ミレナは少し目を瞬かせる。


「でもやる」


「どうして」


グロマールは静かに答える。


「崩れれば、また病が広がる」


その言葉に、ミレナは黙る。


病。


この村で最も身近な死。


熱。


咳。


衰弱。


貧困が続けば、人は簡単に死ぬ。


グロマールはそれを理解した上で動いている。


感情ではない。


現実として。


そこへ、ミネルバが小走りでやって来た。


「グロマールさん!」


呼吸が少し乱れている。


手には木桶。


水汲みをしていたらしい。


「どうした」


「……できました」


「何が」


ミネルバは少し緊張した顔で両手を胸へ当てた。


目を閉じる。


呼吸。


ゆっくり。


静かに。


その瞬間だった。


彼女の周囲へ淡い光が浮かぶ。


温かな魔力。


流れ。


循環。


そして、小さな光球が生まれた。


ミレナが目を見開く。


「……また成功したの?」


ミネルバは小さく頷く。


「昨日より、ちゃんと流せる気がして……」


グロマールは彼女を見る。


魔力の流れを観察する。


無駄が少ない。


まだ粗い。


だが確かに循環していた。


「悪くない」


その一言だった。


しかしミネルバの表情が明るくなる。


認められた。


それだけで嬉しかった。


彼女はずっと“弱い側”だった。


戦えない。


力もない。


誰かを守れるほど強くない。


だからこそ、看病するしかなかった。


支えるしかなかった。


そんな自分が、初めて“力”を扱えている。


その事実が胸を熱くしていた。


「ね、ねぇ! 本当に誰でも使えるの!?」


マイクが駆け寄ってくる。


後ろにはジミーとピーターもいた。


昨日から、村中が魔力循環の話で持ちきりだった。


魔法。


それは特別な人間の力。


そう思われていた。


しかし今、村娘のミネルバが実際に光を生み出している。


それは村人たちの常識を壊していた。


グロマールは答える。


「使える」


「俺も!?」


「流せればな」


マイクは腕をぶん回した。


「やってやる!」


その様子を見て、セレスが少し笑う。


「単純ね」


「うるせぇ!」


ジミーが顎へ手を当てた。


「でもよ、これ使えるなら金になるんじゃね?」


ミレナが呆れる。


「最初にそれ?」


「大事だろ!」


ジミーは真顔だった。


「水出せるだけでもヤバいぞ。商隊とか絶対欲しがる」


グロマールは否定しない。


「正しい」


ジミーの目が輝く。


「やっぱり!」


「だが順番がある」


また同じ言葉だった。


「まずは村を安定させろ」


グロマールは周囲を見る。


「病を減らす。食料を増やす。労働力を戻す」


そして畑を見る。


「その後だ」


ジミーは少しだけ肩をすくめた。


「分かったよ」


本当に分かっているかは怪しい。


それでも彼は頭が回る。


利益の匂いを嗅ぐのが上手い。


グロマールはそう判断していた。


「集めろ」


突然の指示。


マイクが聞き返す。


「何を?」


「村人だ」


広場。


昼前。


村人たちが集められていた。


老人。


女たち。


子供。


働ける者。


働けない者。


皆、不安そうにグロマールを見ている。


ミレナは横で小さく息を吐いた。


「本気なのね」


「何が」


「村全員に教える気」


グロマールは当然のように答える。


「使えるものを使わない理由がない」


合理的。


徹底している。


セレスはそれを聞きながら思う。


この男は“選別”から入らない。


才能ある者だけを育てない。


全員を対象にしている。


それが異常だった。


普通の魔導士は秘匿する。


知識を独占する。


力を渡さない。


しかしグロマールは違う。


最初から共有する前提で動いている。


グロマールは村人たちの前へ立つ。


「座れ」


皆が静かに従う。


その様子を、ミネルバが不安そうに見ていた。


「わ、私なんかが前に出て大丈夫でしょうか……」


ミレナが肩へ手を置く。


「大丈夫」


「でも……」


「成功したのは事実でしょ」


ミネルバは小さく頷いた。


グロマールが口を開く。


「ミネルバ」


「は、はい!」


「前へ出ろ」


緊張した様子で前へ出る。


村人たちの視線が集まった。


恥ずかしい。


怖い。


それでも逃げなかった。


グロマールは皆へ言う。


「最初の成功者だ」


ざわめき。


村人たちがミネルバを見る。


彼女は俯きそうになる。


しかしグロマールは続けた。


「特別な才能があるわけじゃない」


ミネルバが顔を上げる。


「呼吸を整え、流れを意識した。それだけだ」


村人たちは静かに聞いていた。


グロマールはミネルバを見る。


「やれ」


「……はい」


ミネルバは深呼吸する。


呼吸。


胸の奥。


身体の中心。


そこから流れる温かさ。


昨日より感じやすい。


流れが分かる。


怖くない。


逃げなくていい。


彼女はゆっくり魔力を巡らせる。


そして。


淡い光が手のひらへ灯った。


村人たちが息を呑む。


老人が立ち上がりそうになる。


子供たちが目を輝かせる。


本物だった。


ミネルバ自身も震えていた。


けれど、それは恐怖ではない。


喜びだった。


「……私、できてる」


小さな声。


しかし確かな実感。


グロマールが頷く。


「流れている」


その瞬間だった。


ピーターが前へ出た。


「ぼ、僕もやる」


皆が驚く。


泣き虫のピーター。


いつも後ろに隠れていた少年。


その彼が自分から前へ出た。


マイクが笑う。


「お、いいじゃねぇか」


ピーターは緊張していた。


けれど逃げなかった。


グロマールは静かに見る。


「呼吸しろ」


ピーターが目を閉じる。


怖い。


失敗するかもしれない。


笑われるかもしれない。


でも。


妹を助けてくれた。


ミネルバもできた。


なら。


自分も変わりたい。


その願いが、少年を前へ進ませていた。


呼吸。


流れ。


温かさ。


昨日より少しだけ分かる。


そして。


指先へ、小さな水滴が浮かんだ。


「……っ!」


ピーターが目を見開く。


マイクが叫ぶ。


「出た!」


村人たちがどよめく。


小さい。


不安定。


それでも確かに水だった。


グロマールは静かに言う。


「成功だ」


ピーターの目に涙が浮かぶ。


嬉しかった。


弱い自分でも。


何かができる。


その事実が、心の奥を強く揺らしていた。


ミレナはその光景を見る。


ミネルバ。


ピーター。


村人たち。


皆の顔が少しずつ変わっている。


絶望だけだった顔に、初めて“前”が生まれていた。


セレスが隣で呟く。


「環境が変わると、人って本当に変わるのね」


グロマールは聞いていた。


そして短く返す。


「人は育つ」


その言葉は、静かに村へ広がっていく。


まだ小さな変化だった。


貧困も消えていない。


病も残っている。


畑も痩せたまま。


それでも。


リードル村は初めて、“自分たちで変われるかもしれない”を知り始めていた。








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