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戦わずに世界を変えた男――教育と物流で“循環国家”を作ったら、宗教国家まで改革された  作者: 慈架太子


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5話:魔力を流せ

朝日が、ゆっくりとリードル村を照らしていた。


灰色だった空は、わずかに青を取り戻し始めている。


それでも村の現実が変わったわけではない。


貧困。


病。


痩せた畑。


壊れた家。


働けない老人。


咳き込む子供。


問題は山ほど残っていた。


だが、村人たちの表情には小さな変化があった。


井戸の水が綺麗になった。


熱病だったリナが助かった。


たった数日。


それだけで、“何をしても無駄”という空気が少しだけ崩れ始めていた。


村の広場では、グロマールが地面へ棒で線を引いていた。


その様子を、村人たちが遠巻きに見ている。


ミレナは腕を組みながら呟いた。


「……何してるの」


「準備だ」


「何の?」


「教育」


その言葉に、村人たちがざわついた。


教育。


そんなもの、この村には無かった。


読み書きすらできない者が多い。


まして魔法など、一部の才能ある人間だけのものだと思われている。


グロマールは地面へ円を書く。


さらに線を繋げる。


まるで人体図のようだった。


「人間の身体には魔力が流れている」


マイクが眉をひそめる。


「そんなの分かんねぇよ」


「見えないだけだ」


グロマールは棒で胸の部分を叩く。


「心臓が血を流すように、魔力も循環している」


セレスが静かに聞いていた。


彼女は理解が早い。


グロマールの話が“感覚論”ではないことに気づいている。


構造。


理屈。


循環。


全部繋がっている。


「止まれば弱る」


グロマールは続ける。


「乱れれば病になる」


ミネルバが反応した。


「……だから、リナちゃんを」


「流れを戻した」


村人たちは顔を見合わせる。


魔法というより治療に近い。


いや、それ以上だった。


グロマールは棒を置く。


「お前たちは魔力を持っている」


誰も言葉を返さない。


そんなこと、考えたこともない。


魔法は貴族や魔導士のもの。


農民には関係ない。


それが常識だった。


「持ってるだけで使えてない」


グロマールは村人たちを見る。


「才能が無いんじゃない」


その声は静かだった。


「教わってないだけだ」


その瞬間。


セレスの目が細くなる。


そこか、と理解した。


この男は、最初から“才能の有無”を問題にしていない。


環境。


知識。


教育。


そこが欠けているだけだと見ている。


だから村人全員を対象にしている。


ミレナは少しだけ息を呑む。


魔法。


それは選ばれた者の力。


そう思っていた。


けれどグロマールは違う。


「流せ」


その一言だった。


「……どうやって」


ピーターが小さく聞く。


グロマールは彼を見る。


泣き虫で、自信がない少年。


けれど人の話を真剣に聞く目をしている。


「呼吸しろ」


「呼吸?」


「吸って、流す」


グロマールは自分の胸へ手を当てた。


「身体の中を巡る感覚を探せ」


マイクが頭を掻く。


「そんな曖昧な……」


その瞬間だった。


グロマールの周囲の空気が揺れる。


風。


水。


光。


土。


微細な魔力が流れ始める。


村人たちが息を呑む。


「感じろ」


グロマールの声。


静かだが、不思議と耳へ残る。


「魔力は特別なものじゃない」


その言葉と共に、グロマールの身体で膨大な魔力循環が始まった。


空気が震える。


周囲の魔力が集まる。


吸収。


循環。


制御。


それらが異常な精度で行われている。


ミレナが目を見開いた。


まただ。


この男、魔力が尽きない。


使うほど周囲から取り込み、流し、整えている。


実質無限魔力。


普通なら理論だけで終わる技術。


それを当然のように扱っている。


「……化け物」


思わず漏れた言葉。


グロマールは否定しない。


「技術だ」


それだけだった。


セレスはそこで気づく。


この男は、自分だけ強くなる気がない。


技術として教えようとしている。


共有する前提で動いている。


だから恐ろしい。


グロマールは村人たちを見る。


「座れ」


皆が地面へ座る。


ぎこちない。


半信半疑。


だが誰も逆らわなかった。


「呼吸を整えろ」


村人たちが息を吸う。


「余計な力を抜け」


ミネルバは素直に従う。


ピーターも真似する。


マイクは落ち着かない。


ジミーは周囲を気にしている。


ミレナだけは腕を組んだままだった。


グロマールは気にしない。


「身体の中を流れる感覚を探せ」


静かな時間が流れる。


風が吹く。


鳥の声。


遠くの咳。


誰も喋らない。


最初に反応したのはミネルバだった。


「……あ」


小さな声。


「温かい……」


グロマールが頷く。


「それだ」


ミネルバは驚いていた。


胸の奥。


身体の中心。


そこから何かが流れている。


微かな熱。


しかし確かに存在する。


「流してみろ」


ミネルバは目を閉じる。


すると温かさが腕へ流れる。


指先へ届く。


次の瞬間。


小さな光が灯った。


「……っ!」


村人たちが驚く。


光属性。


本当に発現した。


ミネルバ自身が一番驚いていた。


「わ、私……?」


グロマールは当然のように言う。


「できる」


ミネルバの目が揺れる。


今まで、自分を“普通”だと思っていた。


優しいだけ。


力もない。


特別でもない。


けれど違った。


最初から持っていたのだ。


使い方を知らなかっただけで。


セレスが静かに笑う。


「本当に教育だったのね」


グロマールは頷く。


「人は育つ」


その言葉に、ミレナが反応する。


「そんな簡単に言わないで」


空気が少し張る。


ミレナはグロマールを見る。


「皆、ずっと苦しんできたの」


その声には感情が混じっていた。


「食べ物も足りない。病も止まらない。働いても減っていくだけ」


拳を握る。


「そんな簡単に変われるなら、苦労してない」


沈黙。


村人たちも同じ気持ちだった。


希望を持つのが怖い。


裏切られるから。


グロマールはミレナを見る。


怒らない。


感情的にもならない。


「簡単じゃない」


静かな返答だった。


「時間はかかる」


そして井戸を見る。


「水を直す」


畑を見る。


「土を直す」


村人を見る。


「身体を直す」


さらに周囲を見る。


「知識を増やす」


一つずつ。


積み上げるように。


「循環が回れば、人は強くなる」


その言葉には、不思議な重みがあった。


理想論ではない。


現実を見ている。


だからこそ、ミレナは言い返せなかった。


その時だった。


「……あっ!」


ピーターの声。


皆が見る。


少年の手のひらに、小さな水球が浮いていた。


不安定。


震えている。


それでも確かに存在していた。


ピーター本人が一番驚いている。


「ぼ、僕……!?」


グロマールは少しだけ目を細めた。


「いい流れだ」


ピーターは水球を見つめる。


泣き虫で。


弱くて。


失敗ばかりで。


役に立てないと思っていた。


そんな自分でも。


できる。


その事実が、胸の奥を熱くした。


マイクが立ち上がる。


「俺もやる!」


「座れ」


「おう!」


勢いよく座る。


ジミーも慌てて真似する。


村人たちの空気が変わり始めていた。


諦め。


停滞。


絶望。


そこへ初めて、“できるかもしれない”が入り込む。


グロマールは静かに村を見渡す。


まだ何も完成していない。


貧困もある。


病も残っている。


畑も痩せている。


けれど。


循環は始まった。


それは小さな流れだった。


しかし確実に、リードル村を動かし始めていた。







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