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戦わずに世界を変えた男――教育と物流で“循環国家”を作ったら、宗教国家まで改革された  作者: 慈架太子


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45/322

45話:独占

収穫祭の熱気は、翌日になっても村に残っていた。


広場にはまだ酒樽が並び、炭の匂いが微かに漂っている。


子供たちは昨日の祭りの話を延々と繰り返し、大人たちは二日酔いで頭を押さえながら畑へ向かっていた。


それでも皆、笑っている。


以前の村には無かった空気だ。


余裕。


安心。


未来。


食料充足率150%。


保存食備蓄。


衛生改善。


紡織産業。


酒造。


鍛冶。


魔導通信。


村は少しずつ“社会”へ変わり始めていた。


その中心にいる男は、今日も普段通りだった。


グロマール。


朝から畑を歩き、水路を確認し、土壌状態を調べている。


魔力操作。


魔力循環。


水流調整。


地中水分の偏り修正。


誰も気づかないレベルで、村全体の効率を整えていた。


派手ではない。


でも絶対に必要な仕事。


だから村人たちは知っている。


今の村が回っている理由を。


「あ、グロマールさん!」


若い娘たちが駆け寄る。


最近増えた。


以前の村娘たちは、痩せていた。


栄養不足。


慢性的な疲労。


肌荒れ。


血色の悪さ。


今は違う。


食事が変わった。


睡眠環境も改善された。


風呂もある。


石鹸もある。


清潔な布もある。


結果、人は変わる。


少女たちは美しく育ち始めていた。


髪に艶が出る。


肌が整う。


表情が柔らかくなる。


笑顔が増える。


環境が人を育てる。


それは見た目にも現れていた。


娘の一人が少し頬を赤くする。


「昨日のお酒、美味しかったです!」


「果実酒、すごかった!」


別の娘も笑う。


「今度また飲みたいです!」


グロマールは静かに頷く。


「飲み過ぎるな」


「はーい」


娘たちが笑う。


その様子を少し離れた場所から見ていた人物がいた。


ミレナだった。


無言。


じっと見ている。


セレスが隣で吹き出しそうになる。


「顔」


「何よ」


「怖い」


「怖くない」


即答だった。


でも明らかに不機嫌である。


ミレナは腕を組む。


視線がグロマールから離れない。


娘たちが近い。


笑っている。


距離感が近い。


それが妙に気になる。


胸の奥がざわつく。


意味は分かっている。


認めたくないだけだった。


セレスがニヤつく。


「行けば?」


「……何を」


「連れてくれば?」


「別にそんな必要」


言葉が止まる。


娘の一人がグロマールの袖を掴んだ。


その瞬間。


ミレナが動いた。


セレスが吹き出す。


「早っ」


ミレナは一直線だった。


娘たちの前へ立つ。


空気が止まる。


娘たちが少し怯える。


村長の娘。


しかも最近は剣技スキルまで覚醒している。


妙な迫力がある。


ミレナはグロマールの腕を掴んだ。


「ちょっと来てください」


娘たちが固まる。


グロマールは無表情。


「用件は」


「あります」


「今すぐ」


即答だった。


そしてそのまま引っ張る。


娘たちが呆然と見送る。


セレスは完全に笑いを堪えていた。


「独占欲すご」


ミレナが聞こえないふりをする。


グロマールは特に抵抗しない。


そのまま連れていかれる。


村の裏手。


水路沿い。


人が少ない場所。


ようやくミレナが止まる。


息が少し荒い。


グロマールが静かに聞く。


「何だ」


ミレナは答えられない。


勢いで連れてきた。


理由を考えていない。


沈黙。


風だけが流れる。


グロマールは急かさない。


ミレナは顔を逸らす。


「……あの」


「最近」


「女の子に囲まれてますよね」


グロマールが少し考える。


「そうか?」


「そうです」


即答。


強い。


ミレナ自身も驚くくらい強かった。


グロマールは村の変化を見ている。


人が増えた。


余裕ができた。


若者たちの感情も変わる。


自然な流れだった。


「別に問題はない」


「……あります」


「何が」


ミレナが詰まる。


言えない。


自分でも整理できていない。


でも嫌だった。


他の娘が笑いかけるのが。


近づくのが。


触れるのが。


全部。


グロマールを見る。


この人は気づいていない。


本当に。


恐ろしいほど。


セレスが言っていた。


“鈍い”


まさにその通りだった。


ミレナは観念したように小さく息を吐く。


「……落ち着かないんです」


「何が」


「全部です」


また沈黙。


グロマールは嘘を見抜く。


鑑定。


表情。


呼吸。


視線。


全部を読む。


だからミレナの感情も、ある程度理解していた。


ただ。


言葉にするつもりは無い。


無理に整理させる必要も無い。


人は、自分で理解していくものだからだ。


グロマールは水路を見る。


流れは安定している。


循環が崩れていない。


それを確認してから言った。


「お前は最近、余裕ができた」


ミレナが目を瞬く。


「……え?」


「昔は周囲を見る余裕が無かった」


「生き残るので精一杯だったからな」


ミレナは黙る。


図星だった。


以前の彼女は常に張り詰めていた。


守らなければ。


戦わなければ。


飢え。


病。


外敵。


全部を一人で抱え込もうとしていた。


今は違う。


村が安定した。


仲間が育った。


だから初めて“自分の感情”を見る余裕ができた。


ミレナは小さく俯く。


「……そうかもしれません」


グロマールは続ける。


「環境が変われば、人も変わる」


「お前もその一人だ」


静かな声だった。


責めない。


否定しない。


ただ事実を言う。


それがグロマールだった。


ミレナの胸が少し熱くなる。


この人は、ちゃんと見ている。


表面じゃない。


中身を。


その時。


遠くから子供たちの声が聞こえた。


「ミレナー!」


「マイクがまた酒飲んでるー!」


ミレナが思わず吹き出す。


「朝からですか……」


「平和だな」


グロマールが言う。


ミレナはその言葉を聞いて、少し笑った。


本当にそうだった。


平和。


昔の村では、そんな言葉を考える余裕すら無かった。


今はある。


だから人は恋もする。


嫉妬もする。


笑う。


怒る。


照れる。


全部、“余裕”があるから生まれる感情だった。


ミレナは少しだけ勇気を出す。


グロマールの服の袖を軽く掴んだ。


今度は引っ張らない。


小さく。


でも確かに。


「……少しだけ」


「ここにいてください」


グロマールは袖を見る。


そして短く答えた。


「ああ」


それだけ。


それだけなのに。


ミレナの顔が少し赤くなる。


セレスが遠くから見ていた。


完全に面白がっている。


「進んでるなぁ」


隣のジミーが首を傾げる。


「何が?」


「鈍っ」


「何で!?」


セレスは呆れる。


でも少し嬉しそうだった。


村が変わっている。


人が育っている。


それは技術だけではない。


感情も。


関係も。


人生そのものが育ち始めていた。


風が吹く。


水路が静かに流れる。


その流れは、この村そのものだった。


止まらない。


少しずつ。


確実に。


前へ進み続けていた。







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