38話:バレてる
朝の村は忙しい。
水路管理班が流量を確認し、畑班が作物の状態を見る。
鍛冶場ではマイクたちが朝から鉄を打ち、治療院ではピーターとミネルバが薬草を整理していた。
誰かに怒鳴られて動く者はいない。
皆、自分で動く。
必要を理解しているからだ。
グロマールは中央倉庫の前で、運び込まれた麦袋を確認していた。
保存状態。
湿気。
害虫。
全部を鑑定する。
その姿を、少し離れた場所からミレナが見ている。
本人は隠しているつもりだった。
だが全然隠せていない。
「分かりやすいな」
背後から声が飛んだ。
ミレナが肩を震わせる。
振り向くと、案の定セレスだった。
腕を組み、完全に面白がっている顔をしている。
「……何がよ」
「何がって」
セレスはグロマールを指差す。
「また見てる」
「見てない」
「見てた」
即答。
ミレナは顔をしかめる。
「最近そればっかりね」
「だって本当に分かりやすいし」
セレスはため息をついた。
「前はもっと隠せてた」
「隠してない」
「いや隠しなさいよ」
ミレナは反論しようとして止まる。
自分でも少し自覚があるからだ。
最近、視線が勝手に動く。
気づくと探している。
畑。
倉庫。
水路。
鍛冶場。
どこにいるのか、自然に見てしまう。
セレスはその横顔を見ながら言う。
「恋って怖いわね」
「違う」
「もう否定弱くなってる」
ミレナは黙った。
昔なら即座に怒鳴っていた。
今は勢いが無い。
それだけ図星だった。
グロマールは倉庫の中に入っていく。
その背中を、ミレナの目が追う。
セレスが呆れた顔になる。
「ほら」
「無意識」
「……」
「本人だけ気づいてない」
ミレナは顔を逸らす。
耳が少し赤い。
セレスは面白くて仕方ない。
昼。
食堂では新しい料理が並んでいた。
豆の煮込み。
焼き立ての白パン。
燻製肉。
野菜のスープ。
昔なら祭りでも見られなかった量だ。
子供たちが笑いながら食べている。
誰も取り合わない。
余るからだ。
豊かさは、人から余裕を奪わない。
ジミーが得意げに言う。
「最近、他所の村から見学来るんだぞ」
「飯見て固まってた」
マイクが笑う。
「そりゃそうだろ」
「うち、飯だけなら小さい町より上だぞ」
実際そうだった。
食料自給率百五十%。
保存食。
発酵。
灌漑。
輪作。
全部整っている。
普通の村ではない。
グロマールは窓際で帳簿を読んでいる。
その姿を、ミレナはまた見ていた。
セレスがスープを飲みながら言う。
「もう隠す気ないでしょ」
「だから違うって」
「じゃあ何でずっと見るの?」
「……確認よ」
「何を」
「ちゃんと休んでるかとか」
「心配してるんだ」
ミレナは言葉に詰まる。
セレスが笑う。
「完全に好きじゃない」
「違う」
「どこが?」
「……分からない」
その返答に、セレスは少しだけ優しい顔になる。
ミレナは本当に分かっていない。
恋愛経験が無いわけじゃない。
でも、“頼る”経験が少なすぎる。
ずっと守る側だった。
だから今、自分が誰かを求めている感覚に戸惑っている。
グロマールは変わらない。
優しく口説いたりもしない。
特別扱いもしない。
全員平等。
全員現実的。
でも、だからこそ安心できる。
ミレナは無意識に、その安定を求めていた。
午後。
水路沿いで補修作業が行われていた。
少年たちが土を運び、少女たちが測量を補助している。
以前の村では考えられない光景だった。
子供が働いているのではない。
学んでいる。
参加している。
環境が人を育てる。
グロマールの思想が、村に浸透し始めていた。
マイクが汗を拭きながら笑う。
「おいミレナ!」
「また見てるぞ!」
ミレナが固まる。
周囲が静かになる。
「……は?」
「グロマールのこと!」
「お前最近ずっとだろ!」
ミレナの顔が一気に赤くなる。
「ち、違っ――」
「分かりやすいんだよ!」
マイクは悪気ゼロだった。
だから余計に酷い。
周囲の若者たちも頷き始める。
「確かに」
「最近ずっと見てる」
「目で追ってるよな」
「お前らまで!?」
ミレナが石を投げる。
マイクが笑いながら避ける。
「痛ぇ!」
「避けたでしょ!!」
周囲が爆笑する。
セレスは完全に笑っていた。
「ほら」
「バレてる」
「最悪……」
ミレナは顔を覆う。
恥ずかしい。
だが、もっと問題なのは。
否定しきれない自分だった。
夕方。
ミレナは一人で水路の近くにいた。
流れる水を見る。
心を落ち着かせようとしている。
後ろから足音。
振り向くと、グロマールだった。
「何してる」
「……別に」
グロマールは隣に立つ。
沈黙。
水音だけが響く。
ミレナは落ち着かない。
顔を見られない。
昼の件を思い出すからだ。
グロマールが静かに言う。
「顔赤いな」
ミレナの心臓が跳ねる。
「な、何でもない!」
「熱か?」
「違う!」
「そうか」
本気で分かっていない。
ミレナは頭を抱えたくなった。
グロマールは水路を見る。
「流量は安定してる」
「今年はさらに収穫が増える」
「……うん」
「綿花も育つ」
「紡織も進む」
「酒も利益が出る」
彼は未来の話をする。
村の未来。
人の未来。
生活の未来。
だから皆、彼を見てしまう。
ミレナも同じだった。
グロマールは、“明日”を見せてくれる。
それがどれだけ救いなのか、彼女は知っている。
「……ねぇ」
「なんだ」
ミレナは少し迷う。
言葉が出ない。
結局、小さく呟いた。
「ちゃんと寝てる?」
グロマールは少しだけ目を瞬かせた。
「寝てる」
「嘘」
「四時間は寝てる」
「少ない」
「十分だ」
ミレナは眉を寄せる。
完全に心配する顔だった。
グロマールはそれを見て少し黙る。
「……お前」
「何」
「最近変だな」
ミレナが固まる。
終わった、と思った。
だがグロマールは続ける。
「前より表情が柔らかい」
「村の状態が安定したからか」
ミレナは力が抜けそうになった。
この男、本当に鈍い。
でも。
そんなところも含めて。
好きになってしまっている自分がいる。
それが、一番困る。
遠くからその様子を見ていたセレスが、小さく笑う。
「本当に分かりやすい」
誰より。
ミレナ本人が、一番分かりやすかった。




