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戦わずに世界を変えた男――教育と物流で“循環国家”を作ったら、宗教国家まで改革された  作者: 慈架太子


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36話:美女たち

春の風が、村をゆっくり通り抜けていく。


畑は緑に染まり、水路は静かに流れ、倉庫には穀物が積み上がっていた。


かつて痩せた土地だったとは思えない。


そして今、変わっていたのは土地だけではなかった。


「……なんか最近、お前ら変わったよな」


マイクがぼそりと呟く。


その視線の先では、若い娘たちが洗濯物を干していた。


以前とは違う。


顔色。


髪。


肌。


全部が違う。


栄養不足で乾いていた頬は柔らかくなり、髪には艶が戻り、目に力がある。


身体そのものが健康になっていた。


ミネルバが布を抱えながら首を傾げる。


「そうですか?」


「そうだろ!?」


マイクが思わず声を上げる。


周囲の少年たちも頷いていた。


「最近、みんな綺麗になってないか?」


「わかる」


「なんか光って見える」


「肌とか全然違う」


女子たちが少し照れたように笑う。


以前ならそんな空気は無かった。


笑う余裕が無かったからだ。


食べるだけで精一杯。


生きるだけで限界。


栄養不足は、人間から余裕を奪う。


グロマールはそれを知っていた。


だから最初に食を整えた。


水。


塩分。


糖分。


蛋白。


野菜。


保存食。


発酵。


全部を順番に整えた。


結果。


村そのものが変わり始めていた。


セレスが倉庫の前で帳簿を確認している。


その横顔を見た若い男たちが、小声で話していた。


「セレスさん、最近さらに綺麗じゃないか?」


「怖いくらい美人だよな……」


「頭いいしな……」


セレスは全部聞こえていた。


「聞こえてる」


男たちが飛び上がる。


「す、すみません!」


セレスは溜息をつく。


「別に怒ってない」


「ただ、前より顔色が良くなっただけ」


ミレナが後ろから笑う。


「いや、かなり変わったわよ」


「髪も伸びたし」


「肌も綺麗になったし」


セレスは少しだけ眉を寄せた。


「ミレナもでしょ」


その瞬間、周囲が静かになる。


ミレナは元々整った顔立ちだった。


だが今は違う。


痩せ細った鋭さが消え、健康的な美しさになっていた。


身体に無理が無い。


食事を取れている。


眠れている。


その変化は大きい。


以前は常に張り詰めていた。


村を守らなければ。


誰かが死ぬ。


その焦燥が、彼女を削っていた。


今は違う。


まだ責任感は強い。


だが、少しだけ余裕がある。


それが表情を変えていた。


マイクが真顔で言う。


「ミレナ、最近やばいぞ」


「は?」


「綺麗すぎる」


空気が止まる。


マイク自身も言ってから固まった。


周囲の男たちが顔を覆う。


「言いやがった……」


「命知らず……」


ミレナの顔が赤くなる。


「な、何言ってるのよ突然!」


「いや本当だろ?」


「うるさい!!」


石が飛んだ。


マイクが避ける。


周囲が笑う。


そんな光景すら、以前の村には無かった。


笑える空気。


それ自体が豊かさだった。


グロマールは遠くからその様子を見ていた。


ジミーが隣に来る。


「変わったなぁ」


「何がだ」


「全部だよ」


ジミーは村を見る。


「前はみんな死にかけの顔してた」


「今は違う」


「目が生きてる」


グロマールは静かに頷く。


「栄養不足は思考を鈍らせる」


「身体も止める」


「教育効率も落ちる」


「病気にもなる」


ジミーが苦笑する。


「お前、本当に全部繋げて考えるよな」


「繋がっているからだ」


その答えが、グロマールだった。


個別で見ない。


全部を見る。


食料。


医療。


衛生。


教育。


労働。


全部循環する。


だから彼は最初から農業を優先した。


畑は国力だからだ。


昼。


訓練場では少年たちが木剣を振っていた。


以前とは明らかに違う。


身体が大きい。


筋肉がついている。


背も伸びていた。


マイクが腕を組んで頷く。


「いいぞ!」


「もっと腰入れろ!」


少年たちが汗を流す。


健康な汗だった。


以前は違う。


少し動けば倒れていた。


貧困は身体を育てない。


だが今は違う。


肉を食べる。


豆を食べる。


麦を食べる。


睡眠を取る。


水を飲む。


それだけで、人はここまで変わる。


ピーターが治療院から出てくる。


彼も少し背が伸びていた。


顔つきも変わった。


自信がある。


芯がある。


以前の弱々しさが薄れていた。


ミネルバが微笑む。


「ピーター君、最近すごく頼もしいですよね」


「そうか?」


「はい」


「先生みたいです」


ピーターは少し照れる。


昔なら俯いて終わっていた。


今は違う。


「……頑張ってるからな」


ちゃんと口にできる。


成長していた。


セレスがその様子を見ながら言う。


「結局、人間って環境なのよね」


ミレナが頷く。


「うん……」


「前はみんな、生きるだけで限界だった」


「余裕なんて無かった」


セレスは静かに続ける。


「綺麗になるのも」


「強くなるのも」


「学ぶのも」


「全部、余裕が必要」


グロマールは会話に入らない。


ただ遠くを見る。


子供たち。


畑。


水路。


倉庫。


工房。


煙。


人の流れ。


全部が動いている。


止まっていない。


循環している。


ミネルバがふと呟く。


「なんだか……最近」


「この村、明るいですよね」


誰も否定しなかった。


夜。


食堂は賑わっていた。


酒。


料理。


笑い声。


ジミーが新しい果実酒を運んでくる。


「ほら、新作だ」


「また作ったの?」


「売れるからな!」


以前なら酒は逃避だった。


今は違う。


楽しむためのものになっている。


それだけ余裕がある。


マイクが笑う。


「最近、村の女連中怖ぇんだよ」


「なんで?」


「綺麗になった自覚出てきてる」


女子たちが睨む。


「聞こえてるわよ」


「ひっ」


周囲が笑う。


ミレナも少しだけ笑っていた。


その顔を見て、セレスが小さく目を細める。


「……ほんと変わった」


「何がよ」


「顔」


ミレナは困ったように視線を逸らす。


昔の彼女は、常に強がっていた。


今は少し違う。


弱さを認め始めている。


頼れる環境があるからだ。


グロマールが席を立つ。


外へ向かう。


ミレナは無意識に視線で追っていた。


セレスはそれに気づいている。


だから少し笑う。


「行けば?」


「……別に」


「顔に出てる」


ミレナは黙る。


誤魔化せない。


外に出ると、夜風が涼しかった。


グロマールは空を見ていた。


ミレナが隣に立つ。


少し沈黙。


それから彼女はぽつりと呟いた。


「みんな、綺麗になったね」


「健康だからだ」


「それだけ?」


「それだけで十分変わる」


ミレナは村を見る。


灯り。


笑い声。


生きている音。


「……昔は」


「女の子が綺麗になる前に、痩せていってた」


グロマールは黙って聞いていた。


「男の子も、小さいままだった」


「病気で死んでた」


「みんな、育つ前に削れてた」


その声は静かだった。


過去を知っている声だった。


グロマールが言う。


「だから環境を変えた」


「うん」


ミレナは少し笑う。


「本当に変えちゃったね」


風が吹く。


村の灯りが揺れる。


その灯りは、以前よりずっと多かった。


豊かさは、人を変える。


食事は身体を育てる。


環境は未来を育てる。


そして今、この村では。


ようやく、人間が“本来の姿”で育ち始めていた。







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