表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
戦わずに世界を変えた男――教育と物流で“循環国家”を作ったら、宗教国家まで改革された  作者: 慈架太子


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

35/322

35話:食料自給率150%



朝靄が、広大な畑の上をゆっくり流れていた。


かつて干からび、ひび割れ、誰も見向きもしなかった土地。


そこに今、緑が揺れている。


麦。


豆。


芋。


綿花。


水路沿いには果樹まで育ち始めていた。


風が吹くたび、畑が波のように揺れる。


その光景を、村人たちは未だに信じ切れていなかった。


「……本当に育った」


老人が呟く。


その声は震えていた。


飢えを知る世代だった。


冬を越せず死んだ子供。


病で痩せ細った女。


食料不足で奪い合いになった日。


この村には、“足りていた記憶”が無い。


だから今の光景は、現実感が薄い。


ミレナは畑を見つめたまま言う。


「すごい……」


その言葉に、セレスが小さく笑う。


「違う」


「当然」


「え?」


セレスは広がる水路を見る。


「水路を作った」


「土壌改善した」


「輪作した」


「害虫対策した」


「倉庫を作った」


「教育した」


「育つ条件を揃えた」


「だから育った」


彼女は淡々としている。


だが、その言葉には強さがあった。


奇跡ではない。


再現可能。


それがグロマールのやり方だった。


グロマールは畑にしゃがみ込み、土を触る。


湿度。


栄養。


根の張り。


全部を見る。


鑑定能力が静かに情報を流していく。


「……問題なし」


その一言で、周囲の空気が緩む。


誰もが彼を信頼していた。


最初は違った。


怪しい男。


得体の知れない旅人。


それが今では、この村の中心だった。


マイクが大声を上げる。


「おい見ろ!!」


「こっちも実ってるぞ!!」


若い連中が駆けていく。


収穫班。


水管理班。


運搬班。


自然に役割ができていた。


グロマールは強制していない。


環境が人を育てた。


必要が、人を変えた。


ピーターが帳簿を持って走ってくる。


「グロマールさん!」


「計算、終わりました!」


彼は以前よりずっと声が大きくなった。


顔つきも違う。


自信がある。


誰かの役に立てる人間の顔だった。


「今年の収穫量……」


「現在人口換算で、自給率百五十%超えてます」


周囲が静まり返る。


数字の意味を理解するまで、少し時間が必要だった。


ミレナが聞き返す。


「……百五十?」


「つまり?」


ジミーが先に反応した。


「余るってことだ」


「しかも大量に」


村人たちがざわめき始める。


余る。


その言葉は、この村には存在しなかった。


今までは足りない。


ずっと足りない。


食料。


薬。


服。


道具。


何もかも。


それが今。


余る。


マイクが笑う。


「ははっ……」


「なんだそれ」


「意味わかんねぇ」


涙を拭っていた。


彼だけじゃない。


老人たちも。


女たちも。


静かに泣いていた。


飢えなくていい。


それだけで、人は泣ける。


グロマールは静かに言う。


「余剰は力になる」


「備蓄」


「交易」


「人口増加」


「全部可能になる」


セレスが続ける。


「食料不足の国は、必ず弱る」


「逆に、食料を握る側は強い」


ジミーの目が光る。


「売れるな」


「かなり」


グロマールは頷く。


「ただし安売りはしない」


「まず村を守る」


それを聞いて、ジミーが笑う。


「分かってる」


「もう前みたいな貧乏商売はしねぇよ」


以前の彼なら違った。


目先の金に飛びついていた。


だが今は違う。


育っている。


村全体が。


昼頃。


収穫祭のような空気になっていた。


鍋が並ぶ。


パンが焼かれる。


肉まである。


子供たちが走り回る。


以前なら考えられない量の食事だった。


ミネルバがスープを配っている。


「慌てないでくださいね」


「ちゃんと全員分ありますから」


その言葉に、老人が笑った。


「その言葉を聞ける日が来るとはな……」


ミネルバは少しだけ目を伏せた。


彼女も知っている。


足りない恐怖を。


譲り合い。


遠慮。


痩せた食卓。


だから今の光景が嬉しかった。


ピーターは子供たちにパンを渡している。


「ちゃんと噛んで食べるんだよ」


「はい!」


以前なら、ピーター自身が守られる側だった。


今は違う。


誰かを守っている。


環境が変わると、人は変わる。


グロマールはその光景を見ていた。


彼は笑わない。


騒がない。


ただ確認している。


循環が機能しているか。


それだけを見る。


ミレナが隣に来た。


「……ねぇ」


「なんだ」


彼女は少し迷ってから言う。


「あなたって」


「嬉しくないの?」


グロマールは畑を見る。


「嬉しい?」


「村が救われたのに」


「違う」


彼は静かに答える。


「当然の状態に戻っただけだ」


ミレナは黙る。


その言葉は、どこかグロマールらしかった。


特別扱いしない。


英雄にならない。


奇跡にしない。


努力と構造の結果として扱う。


だから皆、彼を信頼する。


セレスが近づいてくる。


「でも」


「少しは嬉しい顔してる」


グロマールは否定しない。


その僅かな沈黙だけで、二人は察した。


ミレナが笑う。


「分かりにくいのよ」


「お前たちが敏感すぎる」


「普通は分からないって」


少しだけ空気が柔らかくなる。


その時。


遠くから声が響いた。


「倉庫班!!」


「第二倉庫埋まります!!」


「第三開けろ!!」


村が動いている。


止まらない。


以前の村は、“生き残る”だけだった。


今は違う。


未来を前提に動いている。


それが決定的だった。


夜。


会議が開かれていた。


木製の大机。


以前は無かったものだ。


村の中心人物が集まっている。


グロマール。


ミレナ。


セレス。


ジミー。


マイク。


ピーター。


ミネルバ。


誰もが自然に席を持っていた。


グロマールが口を開く。


「食料問題は解決段階に入った」


「次に必要なのは保存」


「輸送」


「加工」


セレスが即座に補足する。


「干物」


「燻製」


「発酵」


「冷却」


ジミーが笑う。


「商品になるな」


「全部金になる」


ミネルバが少し困った顔をする。


「でも、人が増えますよね……」


「治療院足りますか?」


ピーターも真剣な顔になる。


「教師も必要です」


グロマールは頷く。


「だから教育を拡張する」


「識字」


「計算」


「魔力制御」


「農業知識」


「全員に教える」


マイクが笑う。


「村じゃねぇなもう」


セレスが即答した。


「最初から国の作り方してるもの」


空気が止まる。


ミレナがグロマールを見る。


「……最初から?」


グロマールは静かだった。


「食料」


「水」


「医療」


「物流」


「教育」


「防衛」


「通信」


「全部必要だ」


「一つでも欠ければ崩れる」


誰も反論できなかった。


理解している。


この村は偶然強くなったんじゃない。


積み重ねだ。


合理。


教育。


循環。


それで作られている。


外では子供たちの笑い声が聞こえる。


腹いっぱい食べた声。


未来を怖がっていない声。


それを聞きながら、ミレナが小さく呟く。


「……変わったな」


セレスが答える。


「違う」


「変われた」


その言葉に、全員が少しだけ黙った。


環境が人を育てる。


その意味を、彼らはもう知っていた。







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ