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戦わずに世界を変えた男――教育と物流で“循環国家”を作ったら、宗教国家まで改革された  作者: 慈架太子


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34話:魔道具

夜の村は、以前より明るくなっていた。


松明の数が増えたわけではない。


人が増えた。


仕事が増えた。


会話が増えた。


それだけで、村の空気は変わる。


かつては夜になると全員が眠った。


体力を温存しなければ、翌日を越えられなかったからだ。


今は違う。


酒造りの灯。


織機の音。


鍛冶場の火。


見回り隊。


水路点検。


村は、夜でも動いている。


そして、その中心にいるのがグロマールだった。


「……問題は距離ね」


セレスが地図を見ながら呟く。


机の上には村の簡易図面。


水路。


畑。


倉庫。


鍛冶場。


綿花畑。


新設中の治療院。


以前では考えられない規模だった。


ミレナが腕を組む。


「人が増えすぎた」


「連絡が遅い」


「特に水路」


「異常が出ても伝達に時間がかかる」


村は既に、“小さな集落”ではなくなり始めていた。


広がった結果、問題も増える。


それを誰より早く理解していたのがセレスだった。


彼女は元々、全体を見る。


感情より状況。


勢いより効率。


だからこそ、グロマールの隣に立てる。


「走って伝えるの、限界」


セレスは机を指で叩く。


「防衛も」


「物流も」


「農業も」


「全部、情報速度が遅い」


グロマールは静かに聞いていた。


セレスは続ける。


「情報が遅い組織は、必ず崩れる」


その言葉に、ジミーが反応する。


「商会もそうだな」


「相場を一日遅れで知ったら死ぬ」


マイクは難しい顔をする。


「つまり?」


セレスが即答する。


「喋る道具が必要」


「……は?」


マイクが固まる。


ミレナも眉をひそめた。


「そんなものあるの?」


「普通は無い」


セレスは当然のように答える。


「でも理論上は可能」


グロマールが口を開く。


「魔導通信か」


セレスが頷く。


彼女の目は既に研究者のそれだった。


「魔力は伝達できる」


「属性干渉も起きる」


「なら、“音”も送れる可能性がある」


村人たちは半分も理解していなかった。


ただ。


グロマールだけは違う。


「できるな」


その一言で、空気が変わる。


セレスが少し笑う。


「やっぱり分かる?」


「構造は単純だ」


「難しいのは安定化」


セレスの口元が上がる。


理解者。


それだけで研究速度は跳ね上がる。


翌日。


セレスは作業場に籠もっていた。


机の上には大量の素材。


鉄板。


魔石。


銅線代わりの導電鉱石。


水晶。


木材。


鍛冶場から持ってきた細工部品。


マイクが呆れた顔をする。


「何作ってんだよ……」


「未来」


セレスは真顔で答える。


「怖ぇよ」


彼女は紙に術式を書いていく。


魔力流路。


音波振動。


共鳴。


魔力循環。


普通の人間なら意味不明だった。


しかし、この村には“教育”がある。


ピーターですら理解しようとしていた。


「ここで音を魔力に変換して……」


「逆側で再構築……?」


「惜しい」


セレスが即座に訂正する。


「音そのものじゃなく、“振動情報”を送る」


ピーターが目を丸くする。


「情報……」


グロマールが補足した。


「会話は空気振動だ」


「それを魔力で模倣する」


ピーターは頭を抱える。


「難しいです……」


セレスが小さく笑う。


「でも嫌いじゃない顔してる」


ピーターは少し照れた。


作業は続く。


グロマールは魔力操作で流路を調整。


セレスが構造設計。


マイクが筐体を鍛造。


ミネルバが絶縁素材の布を加工。


ジミーは材料調達。


全員が自然に役割を持っていた。


それはもう、村ではなかった。


組織だった。


数日後。


試作品が完成する。


木箱ほどの大きさ。


中央に青い魔石。


側面に金属線。


マイクが首を傾げる。


「これで喋れんのか?」


「多分」


「多分!?」


セレスは冷静だった。


「失敗は前提」


「だから試作」


グロマールが装置を持つ。


もう一台をセレスへ渡した。


距離を取る。


二十メートル。


三十メートル。


周囲の村人たちが集まり始める。


興味津々だった。


セレスが装置に魔力を流す。


「……聞こえる?」


雑音。


バチッという音。


マイクが耳を押さえる。


「うおっ!?」


次の瞬間。


『……こえる?』


声が響いた。


全員が固まる。


セレスの声。


離れた場所にいるはずの彼女の声が、箱から聞こえた。


「え……」


ミレナが息を呑む。


『聞こえる? グロマール』


今度は鮮明だった。


グロマールが短く返す。


「聞こえる」


『成功』


セレスの声が少しだけ弾んでいた。


珍しい。


彼女が感情を表に出すのは。


周囲が一斉に騒ぎ出す。


「すげぇ!!」


「喋った!」


「魔道具だ!!」


マイクが箱を覗き込む。


「中にセレス入ってねぇよな!?」


「入るわけないでしょ」


遠くから即座に返ってくる。


それだけで、また歓声が上がった。


ジミーの目が変わる。


「……これ」


「商売が変わる」


グロマールが頷く。


「軍も変わる」


ミレナも理解していた。


「防衛速度が変わる……」


「村全体が一つになる」


セレスが戻ってくる。


彼女の髪には油汚れが付いていた。


珍しく少し疲れている。


それでも目は輝いていた。


「まだ距離が短い」


「魔力消費も多い」


「雑音もある」


「でも基礎は完成」


グロマールが答える。


「十分だ」


セレスは少しだけ黙る。


そして。


小さく笑った。


「……褒められると弱い」


ミレナがじっと彼女を見る。


「嬉しそう」


「嬉しいもの」


セレスは否定しない。


それを見ていた村人たちが、少し驚いていた。


冷静で完璧に見える彼女も、人間だった。


その夜。


村の各地に試験用魔導通信機が設置された。


鍛冶場。


水路。


見張り台。


倉庫。


畑。


そして治療院。


グロマールは村全体を見渡していた。


情報。


物流。


農業。


防衛。


医療。


全部が繋がり始めている。


それは偶然ではない。


教育がある。


役割がある。


信頼がある。


だから才能が死なない。


セレスは空を見上げながら言った。


「昔はね」


「世界って広いと思ってた」


「遠くて」


「届かなくて」


「何も変えられないって」


彼女は通信機を見る。


「でも違った」


「繋げばいいのね」


グロマールは何も言わなかった。


ただ静かに、完成した魔道具を見ていた。


村はもう、飢えた辺境ではない。


知識が循環し始めている。


そして、その循環は止まらない。


夜の村に、小さな声が響く。


『こちら見張り台』


『異常なし』


離れた場所の声。


以前なら届かなかった声。


それが今。


村を一つに繋いでいた。







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