316話:人口爆発
冬が終わる。
春が来る。
共和国中央農業管理院。
巨大な魔導掲示板へ、
最新統計が表示されていた。
共和国人口。
二千九百四十二万人。
あと少しで、
三千万。
部屋の空気が静かに揺れる。
若い官僚が息を呑む。
「……三千万」
「本当に行くのか」
隣の女官僚が小さく言う。
「十数年前は、
飢餓村だったのに」
誰も笑わない。
冗談じゃないからだ。
かつて。
この世界は、
簡単に人が死んだ。
飢え。
病。
奴隷労働。
冬。
治療不足。
衛生不足。
教育不足。
知識不足。
“生き残る”事そのものが難しかった。
だから。
人口は増えない。
子供も死ぬ。
母も死ぬ。
老人もすぐ死ぬ。
国家は、
人を使い潰して維持するしかなかった。
でも今。
世界が変わっている。
原因は明確だった。
食料。
治療。
教育。
物流。
そして。
循環。
共和国中央。
巨大水路。
ゴーレム輸送隊が走る。
穀物。
野菜。
肉。
果実。
薬草。
乳製品。
大量の物資が流れていく。
共和国食料充足率。
七百五十%超。
異常な数字。
でも現実だった。
巨大農場群。
魔導灌漑。
土壌改良。
品種改良。
輪作。
保存技術。
物流革命。
全部積み上げた結果。
「飢えない」
という、
文明の基礎が完成した。
共和国農業院。
ミレナが巨大地図を見ている。
妊娠してから、
現場仕事は減った。
でも仕事は止めていない。
元々。
彼女は、
村を守ろうとしていた女だ。
“支える側”の性格は変わらない。
部下が報告する。
「東部食料備蓄、
前年比一・八倍」
「乳児死亡率、
さらに低下」
「孤児発生率、
急減しています」
ミレナは静かに頷く。
そして。
窓の外を見る。
共和国の街。
子供が多い。
本当に多い。
走っている。
笑っている。
喧嘩している。
泣いている。
昔なら。
こんな光景は少なかった。
子供は、
生き残れなかったから。
ミレナが小さく呟く。
「……増えたな」
その声には、
実感があった。
グロマールが隣へ来る。
静かに。
相変わらず、
余計な感情表現は少ない。
でも。
ミレナには分かる。
彼は、
ちゃんと見ている。
グロマールが地図を見る。
「出生率」
「予測より上だな」
ミレナが苦笑する。
「アンタ、
子供増えてるのにまず分析なのね」
「普通、
もう少し感動とか無いの?」
グロマールは普通に答える。
「感動はしてる」
「でも、
維持できなきゃ意味がない」
それが彼だった。
浮かれない。
現実を見る。
だから共和国は崩れない。
グロマールが続ける。
「人口増加は、
成功じゃない」
「支え切れて初めて成功だ」
ミレナは笑う。
「はいはい」
「分かってるわよ」
でも。
その言葉に安心している自分もいる。
グロマールは、
絶対に放置しない。
責任から逃げない。
共和国中央治療院。
ピーターが子供達を診ていた。
昔。
泣き虫だった少年。
今は共和国最大級の治癒師。
そして教師。
部屋の中。
赤ん坊の泣き声。
母親達。
治癒師達。
全部忙しい。
でも。
空気は明るい。
女治癒師が笑う。
「今年、
また出生数更新ですよ」
ピーターが苦笑する。
「忙しすぎる……」
「でも悪くないですね」
治療院の死亡率は、
昔とは比較にならない。
光属性治療。
衛生教育。
栄養改善。
産後管理。
全部整った。
共和国では。
“病で死ぬ”
事そのものが激減していた。
そして。
ピーターは知っている。
これは奇跡じゃない。
積み上げだ。
教育。
知識。
共有。
人材育成。
全部、
時間をかけて作った。
だから。
壊れにくい。
孤児院。
ミネルバが子供達へ本を読んでいる。
その横。
小さな赤子用ベッド。
子供達がソワソワしている。
「赤ちゃんまだ?」
「先生!」
「動いた!?」
ミネルバが困ったように笑う。
「まだですよ」
「そんなに急いでも駄目です」
子供達は笑う。
共和国の孤児数は減った。
でも。
孤児院は無くしていない。
理由は簡単。
“支える場所”だから。
誰でも入れる。
誰でも学べる。
誰でも食べられる。
それが共和国思想。
環境が人を育てる。
逆に言えば。
環境が壊れれば、
人も壊れる。
だから共和国は、
環境を守る。
北方国家。
ここも変わった。
昔。
寒さ。
飢え。
部族争い。
死が近かった土地。
今。
巨大温室。
保存食工場。
魔導暖房。
教育院。
治療院。
人口急増。
北方王が報告書を見て笑う。
「笑えるな」
「子供が増えすぎて、
学校が足りん」
側近達も苦笑する。
昔なら。
人口減少こそ当たり前だった。
今は逆。
“増えすぎ問題”
が起きている。
帝国。
人口四千万規模。
帝都。
巨大都市。
工業区。
農業区。
物流区。
全部が拡張中。
フェルド・レイヴンが報告書を整理していた。
「出生率上昇」
「平均寿命上昇」
「奴隷人口減少」
「地方治安改善」
数字が並ぶ。
フェルドは静かに言う。
「……変わったな」
若手官僚が頷く。
「共和国の影響ですか」
フェルドは否定しない。
「影響は大きい」
「でも、
帝国側も変わった」
マーガレット。
アレクシス。
改革派。
全部動いた。
帝国は学んだ。
人を潰すより。
育てた方が強い。
その方が、
長く続く。
帝都市場。
奴隷商人だった男が、
普通の物流商人になっていた。
昔の仲間が言う。
「時代変わったな」
男が苦笑する。
「奴隷より、
普通に雇った方が儲かる」
それが現実。
教育された労働者。
健康な労働者。
定着する労働者。
そっちの方が強い。
世界が、
ようやく気付き始めていた。
共和国中央会議。
各国代表が集まる。
議題。
人口爆発。
食料。
都市拡張。
教育施設。
物流。
全部。
国家規模を超えていた。
グロマールが地図を見る。
静かに。
淡々と。
「問題は」
「人口じゃない」
会議室が静まる。
グロマールが続ける。
「管理不足が問題になる」
「教育不足」
「衛生不足」
「住宅不足」
「物流不足」
「そこから崩れる」
誰も反論しない。
全員知っている。
彼は、
現実しか言わない。
でも。
その現実を、
今まで全部解決してきた。
グロマールが言う。
「増えるなら」
「支える」
「それだけだ」
シンプル。
でも。
共和国は、
本当にそれをやっている。
会議後。
マイクが街を見る。
子供だらけ。
笑う。
「増えたなぁ……」
隣のジミーが笑う。
「商売も増える」
「服も家も食い物も全部足りねぇ」
マイクがニヤニヤする。
「忙しくなるぞ」
ジミーも笑う。
「最高じゃねぇか」
共和国は、
活気に満ちていた。
そして。
夜。
グロマールが一人で資料を見る。
人口推移。
食料推移。
出生率。
死亡率。
全部確認している。
魔力操作。
魔力循環。
魔力吸収。
実質無限魔力。
彼は今でも、
国家インフラ維持に関わっている。
水路。
農地。
物流。
魔導網。
全部支えている。
でも。
彼は理解している。
“自分だけでは続かない”
だから教育した。
だから育てた。
だから循環を作った。
窓の外。
巨大都市。
光。
人。
笑い声。
子供達。
昔。
この世界は。
簡単に死んだ。
でも今。
人が生きる。
家族を作る。
未来を考える。
それが当たり前になり始めていた。
グロマールが静かに呟く。
「……ようやく」
その先は言わない。
でも。
彼の視線の先には。
“文明”
があった。




