296話:歴史家
共和国中央都市アルトレス。
夜。
中央広場。
大量の民が集まっていた。
商人。
教師。
職人。
農民。
学生。
子供達までいる。
広場中央。
小さな舞台。
そこへ、
一人の老人が現れる。
吟遊詩人。
だが。
今の時代。
彼らは単なる歌い手じゃない。
歴史を語る者。
共和国では、
それが重要視され始めていた。
老人が静かに帽子を取る。
白髪。
深い皺。
長い旅の跡。
周囲が静かになる。
共和国では、
文字を読める者が増えた。
だから歴史も残る。
記録される。
比較される。
そこが、
昔と違う。
老人が静かに口を開いた。
「今宵語るは」
「旧ベルグラード王国滅亡の記録」
広場が静まる。
若い世代は知らない。
だが。
年配者達は覚えている。
飢え。
徴兵。
寒さ。
税。
処刑。
戦争。
共和国以前の時代。
老人がゆっくり語り始める。
「ベルグラード王国には、
強き騎士達がいた」
静かな声。
「魔物を倒し」
「国境を守り」
「民の盾となった」
周囲の老人達が頷く。
嘘ではない。
確かに強かった。
騎士達は命を懸けていた。
若い少年が呟く。
「じゃあ、
なんで滅びたの?」
老人が静かに目を閉じる。
そして。
ゆっくり言った。
> 「騎士は強く、
> 国は弱かった」
空気が止まる。
広場が静まり返る。
老人が続ける。
「騎士は戦えた」
「だが」
「民が飢えていた」
「教師が居なかった」
「物流が無かった」
「冬を越えられなかった」
「病で死んだ」
「だから国が保てなかった」
静かな声。
だが。
重かった。
共和国の若い世代は、
初めて知る。
昔の世界。
老人が広場を見渡す。
「強い騎士だけでは、
国は残らん」
「強い王だけでも残らん」
「民が生きられねば、
全部崩れる」
誰も否定しない。
共和国時代を生きる者ほど、
それが理解できる。
共和国は、
騎士の国じゃない。
生活の国。
そこが違う。
舞台下。
若い教師達が静かに聞いていた。
隣では、
孤児世代の子供達も座っている。
彼らは、
飢餓を知らない。
戦争を知らない。
だからこそ。
歴史教育が必要だった。
老人が小さく笑う。
「昔の王族はな」
「強い騎士を集めれば、
国が守れると思っておった」
苦笑が漏れる。
年配者達は覚えている。
英雄信仰。
武力信仰。
だが。
共和国が壊した。
老人が指を広場へ向けた。
市場。
学校。
物流。
治療院。
笑う子供。
全部見える。
「今は違う」
「国を守ってるのは、
教師だ」
「農民だ」
「物流だ」
「治癒師だ」
「職人だ」
「母親だ」
静かな声。
だが。
誰も笑わない。
共和国では、
それが常識だから。
舞台横。
若い吟遊詩人達が記録を書いている。
共和国では、
口伝だけじゃ終わらない。
文字に残す。
教育へ繋げる。
だから歴史になる。
若い少女が小声で言った。
「昔って、
そんなに大変だったの……?」
隣の老女が頷く。
「冬になるとね」
「朝起きたら、
隣の家が死んでたんだよ」
少女が息を呑む。
共和国世代には、
理解しづらい。
だが。
それが現実だった。
老人が再び語り始める。
「ベルグラードは、
愚かな国ではなかった」
広場が静かになる。
そこが重要だった。
単純な無能国家じゃない。
騎士達は強かった。
役人も居た。
王も国を守ろうとしていた。
だが。
時代が変わった。
老人がゆっくり言う。
「国を残す条件が、
変わったんだ」
「戦えるだけでは、
足りなくなった」
共和国時代。
教育。
物流。
農業。
衛生。
循環。
全部必要。
だから世界が変わった。
舞台下。
若い共和国兵士が静かに聞いていた。
彼らも理解している。
今の共和国軍は、
昔と違う。
略奪しない。
補給を壊さない。
農地を焼かない。
なぜなら。
生活を壊せば、
国そのものが弱くなると知っているから。
共和国教育。
それが軍まで変えた。
老人が最後に歌い始める。
静かな歌。
英雄譚ではない。
民の歌。
冬を越えた歌。
学校の歌。
物流の歌。
子供達の歌。
共和国時代の歌だった。
広場の民が静かに聞いている。
歓声は無い。
だが。
全員理解していた。
昔の世界へ、
戻ってはいけない。
その時。
小さな少年が父親へ聞いた。
「父さん」
「なんで昔は学校無かったの?」
父親が少し困った顔をする。
そして。
静かに答えた。
「余裕が無かったんだ」
少年が首を傾げる。
「今はあるの?」
父親は、
広場を見渡した。
学校。
教師。
市場。
笑う人々。
そして頷く。
「ああ」
「今はある」
夜風が吹く。
共和国中央広場。
そこにはもう。
“強い騎士だけに頼る国”を夢見る民は、
ほとんど残っていなかった。
時代そのものが、
変わっていた。




