282話:帝国の決断
帝都ヴァルディス。
大陸最大国家。
ヴァルディス帝国。
千年続く軍事国家。
その中枢。
黒曜宮・戦略会議室。
重厚な扉が閉じられる。
円卓。
帝国将軍。
大貴族。
食料庁長官。
物流管理官。
財務卿。
全員が揃っていた。
中央。
巨大な地図。
旧ベルグラード王国。
現在。
グロマール共和国。
赤線が張り巡らされている。
物流路。
農地。
転移拠点。
教育区。
治療院。
数字が並ぶ。
異常だった。
食料充足率。
三百%超。
一部地域。
七百%到達。
識字率。
急上昇。
飢餓。
激減。
疫病。
停止。
教師数。
千五百人超。
しかも。
増え続けている。
空気は重かった。
将軍バルディアスが口を開く。
帝国最前線軍司令。
巨大な体。
傷だらけ。
純粋軍人。
「軍事的には落とせます」
誰も否定しない。
帝国軍。
大陸最強。
それは事実。
共和国は。
軍事国家じゃない。
将軍は続ける。
「兵力差はこちらが上」
「装備差もある」
「正面戦争なら勝てる」
周囲の将軍たちも頷く。
当然だった。
共和国は。
教育国家。
救済国家。
軍拡国家ではない。
だが。
誰も軽口を叩かない。
以前なら。
「潰せばいい」
で終わっていた。
今は違う。
共和国は。
“何かがおかしい”。
その時。
静かに椅子が鳴る。
レオハルトだった。
帝国最高軍事顧問。
老齢。
白髪。
深い皺。
帝国建国史。
戦史。
侵略戦争。
包囲戦。
国家崩壊。
飢餓。
反乱。
全て見てきた老人。
帝国軍そのもの。
その男が。
ゆっくり口を開く。
「……攻めれば勝てます」
将軍たちが頷く。
当然。
だが。
レオハルトは続けた。
「落とした瞬間」
「帝国が飢える」
沈黙。
会議室が凍る。
若い将軍が眉をひそめる。
「意味が分かりません」
レオハルトは怒らない。
静かに地図を見る。
「共和国は」
「国家ではない」
「循環構造だ」
地図上。
赤線。
物流。
教育。
農地。
医療。
全部繋がっている。
レオハルトが杖で示す。
「ここを見ろ」
西部穀倉地帯。
帝国農地。
共和国農具。
共和国肥料。
共和国灌漑技術。
共和国教師。
既に入り込んでいる。
食料庁長官の顔が青ざめる。
「まさか……」
レオハルトが頷く。
「帝国西部農業生産」
「既に共和国技術依存率三割超」
ざわめき。
「馬鹿な……!」
「いつの間に!」
レオハルトは静かだった。
「戦争孤児支援」
「飢饉支援」
「農地再建」
「教師派遣」
共和国は。
侵略しない。
だが。
浸透する。
しかも。
結果を出す。
だから。
民が受け入れる。
そこが恐ろしい。
若い貴族が声を荒げる。
「なら技術者を奪えばいい!」
「教師を消せば済む!」
レオハルトが首を振る。
「遅い」
短い。
重い。
「共和国の恐ろしさは」
「個人依存ではないことだ」
地図を見る。
教師。
治癒師。
農業指導者。
物流管理者。
大量。
しかも。
増殖している。
ピーター学院。
教師育成。
ミネルバ孤児院。
教育保護。
マイク治安隊。
民衆安定。
ジミー物流網。
転移物流。
全部。
繋がっている。
レオハルトが呟く。
「壊した瞬間」
「全部止まる」
「食料」
「物流」
「医療」
「教育」
「その影響は帝国にも来る」
静かだった。
理解し始めている。
共和国を壊す。
つまり。
大陸文明を壊す。
それに近い。
帝国は。
初めて遭遇した。
“戦争すると自分も死ぬ相手”。
軍事国家にとって。
最悪の敵。
アレクシス・ヴァルディス。
若き皇帝。
まだ若い。
だが。
愚かではない。
彼は黙って資料を見ていた。
王国崩壊後。
共和国が行ったこと。
救済。
教育。
医療。
孤児保護。
農地再建。
普通なら。
国家は弱る。
共和国は逆。
強くなった。
人口が増えた。
識字率が上がった。
生産量が増えた。
人材が増えた。
つまり。
“育てるほど強くなる国家”。
異常だった。
アレクシスが静かに言う。
「理解した」
全員が顔を上げる。
皇帝が地図を見る。
そして。
「これは国家ではない」
沈黙。
続く。
「文明そのものだ」
空気が変わる。
帝国最高権力者。
結論。
敵にしてはならない。
老将軍たちが黙る。
誰も否定できない。
共和国は。
軍事国家ではない。
だからこそ厄介。
民が支持する。
教育が増える。
教師が増える。
文明が自己増殖する。
止まらない。
レオハルトが小さく息を吐く。
安堵だった。
本当に怖かった。
帝国が。
昔通り。
“侵略で解決”を選ぶことが。
共和国相手にそれをやれば。
帝国も崩れる。
アレクシスが立ち上がる。
「帝国方針を決定する」
全員起立。
皇帝の声が響く。
「共和国を敵にするな」
絶対命令。
続く。
「不可侵」
「外交優先」
「技術交流開始」
「共和国交易路保護」
「教育視察団派遣」
「医療提携検討」
軍事国家。
千年帝国。
その国家が。
剣ではなく。
文明を選び始めた。
会議終了後。
長い廊下。
レオハルトが歩いていた。
老いた背中。
そこへ。
アレクシスが並ぶ。
少し沈黙。
皇帝が言う。
「恐ろしいな」
レオハルトは頷く。
「はい」
「戦争では止まりません」
「人を育てています」
それが恐ろしい。
共和国は。
奪わない。
増やす。
しかも。
人間を。
アレクシスが窓を見る。
巨大帝都。
ヴァルディス。
大陸最大都市。
だが。
彼は理解していた。
共和国方式が広がれば。
世界は変わる。
貴族。
軍。
支配。
徴税。
全部。
意味が変わる。
レオハルトが静かに呟く。
「ベルグラード王は」
「最後まで理解できなかった」
「国とは」
「民の生活だということを」
皇帝は答えない。
ただ。
共和国方向を見る。
そこには。
侵略国家はいない。
覇王もいない。
いるのは。
教師。
治癒師。
物流商人。
孤児院。
農民。
そして。
文明。
帝国は。
初めて理解した。
本当に恐ろしい国家とは。
民が。
自分の意思で支える国家なのだと。




