280話:ピーター学院
共和国中央教育区。
旧ベルグラード王国。
かつての中央貴族街。
豪奢だった石造りの屋敷群は。
今。
学校になっていた。
その中心。
巨大な校舎。
白い石壁。
広い中庭。
無数の机。
大量の黒板。
掲げられた看板。
『共和国中央教師学院』
周囲には。
子供。
大人。
老人。
元農民。
元兵士。
元孤児。
元奴隷。
あらゆる人間がいた。
共通点は一つ。
学びに来ている。
共和国は。
ついに。
“教師を育てる学校”を作り始めていた。
朝。
鐘が鳴る。
同時に。
校舎の扉が開く。
教師候補生たちが一斉に席へ向かう。
静か。
誰も騒がない。
以前なら考えられなかった。
文字も読めなかった人間たち。
今は。
教本を抱えている。
ピーターが歩いていた。
昔の彼を知る者なら。
誰も信じない。
泣き虫。
失敗ばかり。
自信がなかった少年。
今。
共和国最大教育機関の責任者。
教師たちの教師。
学院長。
だが。
本人は相変わらず穏やかだった。
「急がなくて大丈夫です」
「分からなかったら聞いてください」
新任教師候補たちが頭を下げる。
「はい!」
教室。
黒板。
文字が書かれる。
【識字】
【計算】
【職業教育】
【魔力循環】
【基礎魔力操作】
【衛生管理】
【農地維持】
共和国教育。
特徴。
“生きるための知識”。
貴族学問じゃない。
見栄でもない。
生活維持。
文明維持。
そのための教育。
ピーターは教本を開く。
「では今日は」
「なぜ魔力暴走が起きるかを説明します」
教室が静かになる。
全員真剣。
昔。
魔力は才能だった。
選ばれた者だけ。
貴族だけ。
一部だけ。
共和国は違う。
魔力は。
教育可能。
そう証明し始めていた。
ピーターが板書する。
【魔力循環】
【魔力制御】
【身体負荷】
「魔力を持っていても」
「扱い方を知らなければ危険です」
「でも」
「正しい教育があれば」
「誰でも扱えるようになります」
教師候補の女性が手を上げる。
「本当に全員ですか?」
ピーターは頷く。
「個人差はあります」
「でも」
「できない人は、ほとんどいません」
「環境が無かっただけです」
静かだった。
共和国教育の根幹。
才能否定。
環境重視。
それが。
旧国家と最も違う部分だった。
外。
訓練場。
教師候補たちが魔力操作を学んでいる。
水球。
風刃。
土壁。
光球。
失敗しても。
怒鳴られない。
笑われない。
共和国教育は。
“失敗できる”。
だから伸びる。
若い教師が転ぶ。
周囲が笑う。
だが。
馬鹿にする笑いじゃない。
支える笑い。
「大丈夫か?」
「循環乱れてるぞ」
「呼吸合わせろ」
昔の世界には無かった空気だった。
その頃。
学院上階。
セレスが資料を見ていた。
教師数。
識字率。
魔力適性。
職業覚醒率。
共和国は。
数字で動いている。
セレスが呟く。
「増えてる……」
「教育が教育を生んでる」
教師候補。
先月比。
二倍。
教導スキル覚醒者。
急増。
識字率。
爆発的上昇。
共和国は。
もう単独英雄で回っていない。
人材循環。
それ自体が動き始めていた。
横で補佐官が言う。
「この速度、異常です」
セレスは冷静だった。
「当然よ」
「教えられる人間が増えれば」
「次の教師が育つ」
「循環が始まれば止まらない」
恐ろしいのは。
それだった。
共和国最大兵器。
教育。
そして。
教育者。
ピーターは授業を続ける。
「文字が読めると」
「契約を理解できます」
「数字が分かると」
「騙されにくくなります」
「魔力を理解すると」
「仕事が増えます」
誰も眠らない。
全員必死。
この世界では。
学ぶことが。
そのまま生存率だった。
共和国以前。
知識は支配だった。
共和国以後。
知識は共有だった。
昼。
学院食堂。
大量の食事。
温かいスープ。
パン。
肉。
野菜。
教師候補たちが驚いていた。
「毎日これ出るのか……」
「すげぇ……」
以前。
食事不足で倒れる教師候補もいた。
共和国は違う。
食料充足率。
三百%超。
食べられる。
だから学べる。
学べる。
だから働ける。
働ける。
だから生産できる。
循環。
全部繋がっていた。
ミネルバが食堂にいた。
治癒師として。
学院医療担当。
彼女は静かに学生を見ている。
咳をした少女。
すぐ近づく。
「無理しないでくださいね」
優しい。
でも甘やかさない。
共和国教育。
休ませる。
治す。
戻す。
壊さない。
それもまた。
文明だった。
その時。
学院全体に光が走る。
ピーターの身体。
淡い白光。
文字浮上。
【教導スキル 進化】
【教育者Lv1】
【教師育成Lv1】
【集団理解補正Lv1】
【弱者成長補正Lv1】
教室がざわつく。
ピーター本人が一番困惑していた。
「え?」
セレスが目を細める。
「また進化した……」
恐ろしい。
ピーターは。
“弱者側”だから強い。
できない人間が分かる。
失敗が分かる。
怖さが分かる。
だから教えられる。
共和国教育が成功した理由。
それだった。
夕方。
授業終了。
しかし。
誰も帰らない。
自主勉強。
魔力訓練。
計算練習。
文字練習。
共和国では。
学ぶ人間が尊敬される。
それが文化になり始めていた。
外。
街。
共和国市民たちが学院を見る。
誇らしげ。
以前。
学校なんて貴族のものだった。
今。
自分たちのもの。
老人が呟く。
「すげぇ時代だな……」
隣の男が笑う。
「文字読めるガキばっかだ」
「怖ぇくらいだよ」
実際。
怖かった。
共和国は。
教育で人間性能を底上げしている。
しかも。
国家規模。
帝国。
北方国家。
既に気づいている。
共和国は。
軍事国家じゃない。
人材量産国家。
だから危険。
夜。
学院最上階。
ピーターが一人。
教本を書いていた。
内容。
子供教育。
識字教育。
農業教育。
魔力循環。
衛生。
全部。
体系化され始めている。
共和国は。
経験を知識化し始めていた。
それは。
文明加速。
つまり。
“次世代が最初から強い”。
ピーターは小さく呟く。
「僕は特別じゃない」
「みんなできるんです」
「環境があれば」
窓の外。
共和国の灯火。
無数。
物流が動く。
農地が回る。
治療院が動く。
学校が増える。
教師が増える。
循環。
止まらない。
共和国は。
剣ではなく。
教育で世界を書き換え始めていた。




