276話:分割統治
循環領中央行政棟。
旧ベルグラード王国統治会議。
巨大な円卓。
そこには、かつてなら決して同席しなかった人間たちが座っていた。
侯爵。
伯爵。
子爵。
男爵。
商人。
教師。
治癒師。
農業責任者。
物流責任者。
そして。
民間代表。
王が死んだ今。
身分だけでは国家を維持できない。
全員が理解していた。
会議室中央。
巨大な地図。
崩壊した旧ベルグラード王国。
灰色の空白地帯。
放棄領。
復旧領。
飢餓領。
再建領。
まだ傷だらけだ。
だが。
死んではいない。
セレスはその前に立っていた。
書類を手に。
静かに。
冷静に。
もう誰も彼女を“村娘”とは見ていなかった。
共和国の設計者。
それが今のセレスだった。
「旧ベルグラード王国領」
「二十領を暫定分割します」
ざわめき。
だが反対はない。
皆、分かっている。
中央集権は死んだ。
王国は崩壊した。
だから。
地方から立て直すしかない。
セレスは地図へ印を置く。
青。
緑。
白。
それぞれ担当領地。
「ロバート・ブライト伯爵」
「北部穀倉地帯担当」
ロバート・ブライト。
中年貴族。
痩せている。
真面目。
誠実。
王国末期、最後まで民へ配給を続けた男。
領地財産の大半を失った。
だが民は残った。
それだけで十分だった。
ブライト伯爵は静かに立ち上がる。
「謹んで受諾いたします」
深く頭を下げる。
セレスは頷く。
「次」
「エレノア・グランディア侯爵」
老女侯爵。
白髪。
杖をつく老貴族。
だが目は鋭い。
かつて王都で奴隷制度へ反対し続けた数少ない貴族。
結果。
王党派に嫌われた。
だが。
今になって評価が逆転している。
エレノアは静かに笑った。
「死ぬ前に面白い時代を見るとはねぇ」
会議室に小さな笑い。
重苦しい空気が少しだけ緩む。
セレスは条件書を机に置く。
共和国暫定統治契約。
全員分。
共通条件。
・教育必須
・食料共有
・奴隷禁止
・強制徴税禁止
・識字教育推奨
・農地共同開発義務
・医療院設置
・教師受け入れ義務
・物流妨害禁止
シンプル。
だが。
重い。
王国五百年で存在しなかった条文だ。
若い子爵が恐る恐る聞いた。
「……税は?」
ジミーが答える。
「最低限」
「飢えさせたら終わりだからな」
「先に増やす」
物流責任者になった男の顔だった。
昔の軽薄さはまだ残る。
だが。
目は鋭い。
現実を知っている。
セレスが続ける。
「共和国は搾り取らない」
「増やす」
「食料」
「教育」
「人材」
「全部」
老男爵が震える声を漏らした。
「……本当に可能なのか」
その瞬間。
マイクが笑った。
豪快に。
「可能じゃなかったら俺ら死んでる」
誰も反論できない。
事実だから。
飢餓。
疫病。
崩壊。
全部見てきた。
それでも。
循環領は増えた。
教師も増えた。
農地も増えた。
民も生き残った。
それが答えだった。
セレスは地図を見る。
「共和国は王国じゃない」
「王が命令する国じゃない」
「全領が循環する」
「だから分割する」
「でも切り離さない」
その言葉に。
帝国使節レオハルトが反応した。
彼は今回、帝国観察役として会議へ参加している。
つまり。
帝国はこの国家形成を監視している。
いや。
恐れている。
レオハルトは地図を見る。
二十領。
それぞれ自治。
だが。
物流網が繋がっている。
教師網も。
医療網も。
農業網も。
全部。
普通なら分裂する。
だが共和国は逆。
分散するほど強くなる。
レオハルトは静かに呟く。
「……だから潰れないのか」
セレスは即答する。
「一つ死んでも他が回るから」
沈黙。
帝国側近ですら理解した。
これはもう。
国家設計思想そのものが違う。
王国は王が死ねば終わる。
共和国は循環が残る。
だから終わらない。
会議が続く。
各領説明。
農地。
人口。
教師数。
治癒院。
水路。
物流拠点。
識字率。
覚醒率。
全部数字で管理されている。
王国時代には存在しなかった。
感覚ではなく。
分析。
教育国家。
老女侯爵エレノアが小さく笑った。
「恐ろしいねぇ」
「国が賢くなってる」
セレス。
「民が賢くなってるだけ」
それが本質だった。
グロマール共和国。
特別な英雄国家ではない。
民が育つ国家。
だから強い。
ピーターが資料を見ながら報告する。
「現在、教師派遣数は千五百超え」
「教導スキル保持者増加中」
「治癒師育成速度も上昇」
「農業教師も不足しなくなってきました」
若い男爵が驚く。
「教師が……足りるのか?」
ピーターは頷く。
「教師が教師を育ててるので」
自然に言った。
だが。
それは異常な文明だった。
普通の国家では。
人材不足は永遠に解決しない。
共和国は違う。
教育そのものが増殖する。
ミネルバが治療院資料を広げる。
「孤児院も設置します」
「栄養管理も」
「衛生教育も必要です」
老貴族たちが静かに彼女を見る。
若い。
だが真剣だった。
もう誰も“子供”扱いしない。
この共和国では。
能力が役職を決める。
それを全員が理解し始めていた。
会議終盤。
セレスは最後の書類を置いた。
共和国基本理念。
短い。
だが重い。
『民を飢えさせない』
『学ばせる』
『循環を止めない』
それだけ。
会議室が静まり返る。
シンプルすぎる。
だが。
王国五百年で出来なかった。
だから重い。
ブライト伯爵が静かに言った。
「……本当に変わるのですな」
セレスは地図を見る。
崩壊国家。
死んだ王国。
空白地帯。
その上に。
新しい線が引かれていく。
共和国。
まだ未完成。
まだ危うい。
だが。
確実に始まっていた。
セレスは小さく呟いた。
「今度は」
「民を捨てない」
誰も否定しなかった。
その夜。
旧ベルグラード王国は完全に終わった。
そして。
グロマール共和国が、静かに産声を上げた。




