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戦わずに世界を変えた男――教育と物流で“循環国家”を作ったら、宗教国家まで改革された  作者: 慈架太子


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274話:文明の恐怖

帝都ヴァルディス。


帝国中央会議場。


巨大な円卓。


壁には帝国領全域の地図。


その中央。


旧ベルグラード王国跡地。


今は別の色で塗り潰されている。


グロマール共和国。


まだ正式国家承認すらされていない。


にもかかわらず。


帝国は既に理解していた。


あれは。


放置できない。


若き皇帝アレクシス・ヴァルディスは沈黙したまま資料を読んでいた。


年若い。


しかし愚鈍ではない。


だからこそ。


今。


恐怖している。


会議室には帝国中枢が揃っていた。


軍務卿。


財務卿。


農務卿。


医療院長。


物流局長。


そして。


側近レオハルト。


索敵教師団統括。


共和国監視責任者。


現地を最も知る男。


将軍ガルドニアが口火を切った。


「共和国軍戦力は少ない」


低い声。


軍人らしい現実的判断。


「兵数も少数」


「騎士団規模も小さい」


「要塞も薄い」


「攻めれば落ちます」


会議室は静かだった。


誰も反論しない。


軍事だけ見れば事実だからだ。


共和国は軍事国家ではない。


教育国家。


物流国家。


循環国家。


だから。


純粋な軍事力だけなら帝国が圧倒する。


ガルドニアは続ける。


「三個軍団で十分」


「半年以内に制圧可能」


沈黙。


その時。


レオハルトが静かに口を開いた。


「落とした瞬間、帝国が飢えます」


空気が止まる。


将軍が眉を寄せる。


「……何?」


レオハルトは感情を乗せない。


「共和国は軍ではありません」


「文明です」


円卓に資料が並べられる。


大量。


物流資料。


教育統計。


農地報告。


医療普及率。


教師配置図。


覚醒率。


識字率。


食料備蓄。


全部。


財務卿が資料を見て青ざめた。


「食料充足率……七百五十%……?」


農務卿が立ち上がる。


「馬鹿な」


「寒冷地農業まで成功している……」


「塩害地再生も……?」


「連作障害対策も確立……?」


レオハルト。


「教育による農業普及です」


「農民が知識を持っています」


「教師が巡回し、技術更新も継続しています」


「魔力循環による土壌改善も進行中」


農務卿が言葉を失う。


帝国ですら不可能だった。


農業知識は貴族と一部技術者が独占している。


共和国は違う。


民に教える。


だから増える。


物流局長が資料をめくる。


「街道維持率……異常だ」


「なぜ崩壊しない?」


「輸送量が逆に増えている……」


レオハルト。


「共和国は物流を止めません」


「食料が止まると民が死ぬからです」


「だから最優先で維持する」


物流図。


巨大な網。


穀物。


薬品。


建材。


衣類。


教師。


全部が循環している。


しかも。


一都市依存ではない。


各領が相互補完している。


将軍ガルドニアが苛立つ。


「ならば物流拠点を破壊すればいい」


レオハルトは即答した。


「無意味です」


「拠点が分散しています」


「一つ潰れても他が動く」


「教師も同じです」


「医療も」


「農業も」


「全部分散型です」


沈黙。


それは帝国が最も嫌う構造だった。


中央を潰しても止まらない。


つまり。


殺せない。


アレクシスが初めて口を開いた。


「教師数は」


レオハルト。


「現在千五百二十七名」


会議室がざわつく。


異常だった。


普通の国家ならあり得ない。


しかも。


全員が実務級。


農業教師。


治癒教師。


薬師教師。


索敵教師。


転移教師。


物流教師。


識字教師。


建築教師。


しかも。


増殖している。


レオハルト。


「教導スキル保持者増加中」


「教師が教師を育てています」


「識字率上昇により、覚醒率も上昇」


「民間技能職の性能も上昇しています」


医療院長が呟く。


「……止まらないのか」


レオハルト。


「止まりません」


「循環しているので」


静かだった。


誰も喋れない。


理解したから。


共和国の恐ろしさを。


これは。


王が優秀だから強い国ではない。


民全体が育つ国家。


だから。


崩れない。


財務卿が震える声を漏らす。


「もし共和国と戦争した場合……」


レオハルト。


「帝国地方領が飢えます」


「物流停止」


「農地維持率低下」


「疫病再拡大」


「薬物流通停止」


「教育停滞」


「識字率低下」


「地方不満増加」


「治安悪化」


将軍が低く唸る。


「馬鹿な……」


レオハルトは静かだった。


「既に帝国地方は共和国物流へ依存を始めています」


「農具」


「種子」


「薬品」


「教師」


「全部」


「侵食されています」


侵食。


その表現に。


会議室が凍る。


共和国は侵略していない。


軍も出していない。


だが。


文明が広がる。


民が共和国を望む。


食えるから。


学べるから。


病が治るから。


アレクシスは長く沈黙した。


若き皇帝。


優秀だからこそ。


理解してしまった。


これはもう。


普通の国家ではない。


剣で測れない。


征服できない。


むしろ。


攻撃した瞬間。


周囲が崩壊する。


共和国だけ残る。


北方国家ベルセリア。


帝国。


教会国家。


全部。


共和国文明へ飲み込まれていく。


静かに。


確実に。


アレクシスは地図を見た。


旧ベルグラード王国。


本来なら。


帝国が呑み込むはずだった土地。


だが違う。


そこから新しい文明が生まれている。


将軍ガルドニアですら。


今は理解していた。


軍事勝利では終わらない。


共和国を滅ぼせば。


帝国も死ぬ。


アレクシスは静かに呟く。


「これは国家ではない」


誰も動かない。


皇帝は続けた。


「文明そのものだ」


沈黙。


帝国はその日。


初めて恐怖した。


最強の軍隊でも。


最強の騎士でもない。


民が育つ国家に。


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