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戦わずに世界を変えた男――教育と物流で“循環国家”を作ったら、宗教国家まで改革された  作者: 慈架太子


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272話:若き皇帝

帝都ヴァルディス。


世界最大の国家。


ヴァルディス帝国。


その中心。


皇帝執務室。


深夜にも関わらず、灯りは消えていなかった。


若皇帝アレクシス・ヴァルディスは、机に積まれた報告書を静かに見つめていた。


隣には側近レオハルト。


帝国軍出身。


現実主義者。


冷静な男。


そのレオハルトですら、今夜ばかりは表情が硬い。


沈黙。


重い空気。


やがてアレクシスが口を開く。


「……もう一度言え」


低い声だった。


レオハルトは報告書を開く。


「旧ベルグラード領。


 現在救援人口、十万人超」


「……」


「暴動ゼロ」


「……」


「飢餓制圧」


「……」


「疫病停止」


「……」


「四十五領再建完了」


アレクシスは動かなかった。


だが指先だけが、わずかに止まる。


理解が追いつかなかった。


普通ではない。


国家崩壊後の数字ではない。


ベルグラード王国は完全崩壊した。


王は餓死。


市場消滅。


物流停止。


徴税崩壊。


軍消滅。


普通なら。


数百万人規模の難民。


盗賊国家化。


食人。


疫病爆発。


内戦。


それが当然だった。


なのに。


なぜ復旧している。


なぜ人が死んでいない。


なぜ暴動が起きない。


アレクシスは報告書を睨む。


さらに異常な数字が並んでいた。


識字率急上昇。


農地復旧。


治癒院稼働。


物流回復。


職業覚醒率増加。


教師増殖。


意味が分からない。


皇帝は小さく呟いた。


「……本当に人間か?」


冗談ではなかった。


本気の言葉だった。


レオハルトは静かに答える。


「軍ではありません」


「……」


「文明です」


沈黙。


アレクシスは椅子にもたれた。


若き皇帝は優秀だった。


だから理解できる。


これは軍事力ではない。


もっと厄介だ。


帝国は強い。


軍もある。


騎士もいる。


魔導兵器もある。


だが。


教育はない。


民を育てる国家ではない。


支配する国家だ。


レオハルトが報告を続ける。


「教師成長速度も異常です」


「読め」


「教導Lv5。


 五十人」


アレクシスの目が細くなる。


「Lv4。


 三十人」


「Lv3。


 二十人」


「索敵教師。


 探索範囲拡張」


「転移教師。


 転移距離増加」


「治癒師。


 集団治療性能上昇」


「薬師。


 薬効分析精度向上」


皇帝はゆっくり目を閉じた。


理解した。


これは“自己増殖”だ。


教育が教師を生む。


教師が教育を広げる。


育った民が国家を強くする。


国家がさらに教育を広げる。


止まらない。


循環している。


レオハルトが低く言う。


「恐らく」


「……」


「世界初です」


アレクシスは苦笑した。


「笑えんな」


本当に笑えなかった。


世界最大国家。


ヴァルディス帝国。


その皇帝が今、初めて“国家そのもの”に恐怖していた。


その頃。


循環領。


旧ベルグラード王国中央会議場。


広い石造りの部屋。


そこには多くの人間がいた。


セレス。


ジミー。


マイク。


ピーター。


ミネルバ。


そして。


帝国保護下にあった旧ベルグラード王子と王女。


王妃もいる。


空気は重かった。


理由は単純だ。


王国が死んだからだ。


完全に。


静かに。


みっともなく。


沈黙の中。


ジミーが報告書を閉じる。


「正式確認」


低い声。


「ベルグラード王、死亡」


王女が目を伏せる。


王妃も静かに目を閉じた。


王子だけが拳を握る。


マイクが壁にもたれながら吐き捨てる。


「ダセぇ終わり方だな」


誰も止めない。


「騎士の国が、敵に斬られず餓死」


マイクは鼻で笑う。


「吟遊詩人の笑い話だ」


王子の肩が震えた。


ジミーも冷たく言う。


「しかも民に逃げられて終わり」


「……」


「最悪だ」


セレスは静かに資料を見ていた。


感情ではなく分析だった。


「王国機能停止。


 物流停止。


 徴税崩壊。


 市場崩壊」


「最終的に王都人口九割減少」


「民が国家を見捨てた」


静かな声。


だが残酷だった。


ピーターが小さく言う。


「いっぱい死にましたからね……」


会議室が静まる。


王子は耐えられなかった。


「父上を馬鹿にするな!!」


怒鳴り声。


椅子が倒れる。


王子が立ち上がる。


激情。


未熟。


だが。


その瞬間。


ドゴッ!!


マイクの拳が王子の顔面を真正面から叩き抜いた。


王子の身体が吹き飛ぶ。


床へ転がる。


鼻が折れる。


血が広がる。


王女が息を飲む。


王妃が立ち上がりかける。


だが止まる。


止められなかった。


マイクはゆっくり近づく。


怒鳴らない。


静かだった。


だから怖かった。


「どれだけ死んだと思ってる」


王子が震える。


鼻血が床へ落ちる。


マイクは見下ろした。


「ガキが」


「……」


「甘えるな」


王子は言葉を失った。


殴られた痛みではない。


初めて理解したのだ。


どれだけ人に恨まれているか。


どれだけ人を死なせたか。


どれだけ民を見捨てたか。


王子の肩が震える。


反論できない。


ピーターが静かに近づいた。


光属性。


癒。


淡い光。


折れた鼻がゆっくり戻る。


ピーターは優しく言う。


「死んだ人は戻りません」


王子が震える。


「だから」


「……」


「生きてる人を助けるしかないんです」


王女が涙を流した。


王妃は目を閉じる。


責任とは何か。


今ようやく理解し始めていた。


その時。


セレスが静かに口を開く。


「現在」


全員が彼女を見る。


「救援完了四十五領」


「残り百五領」


「復旧進行中」


「食料問題なし」


「疫病制圧中」


「教育拡大継続」


冷静だった。


感情ではない。


現実だけを見る声。


それが逆に恐ろしかった。


セレスはさらに続ける。


「ベルグラード王国は終わった」


誰も否定しない。


「でも」


彼女は地図を見る。


旧ベルグラード全土。


赤く染まっていた崩壊領域。


そこへ少しずつ緑が広がっている。


学校。


治癒院。


農地。


物流路。


教師。


覚醒者。


循環。


「文明は止まってない」


沈黙。


その言葉の重さを、全員が理解していた。


その頃。


帝都ヴァルディス。


アレクシスは窓の外を見ていた。


巨大な帝国。


栄光。


軍事。


支配。


しかし。


皇帝は理解していた。


今世界で最も危険な国家は。


最大軍事国家ではない。


最大領土国家でもない。


教育国家だ。


民が育つ国家だ。


人材が循環する国家だ。


レオハルトが低く言う。


「どうされますか」


アレクシスはしばらく黙った。


そして。


静かに答える。


「敵にするな」


「……」


「絶対にだ」


若き皇帝は、本気で恐れていた。


グロマール共和国。


まだ国家ですらない存在。


だが。


それはもう。


新しい文明だった。







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