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戦わずに世界を変えた男――教育と物流で“循環国家”を作ったら、宗教国家まで改革された  作者: 慈架太子


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267話:最後の近衛

ベルグラード王国。


王宮。


静かだった。


巨大な白亜の廊下。


かつては侍女たちが行き交い。


騎士が巡回し。


文官が書類を抱えて走っていた。


今は違う。


足音すら響かない。


灯火は半分以上消えていた。


魔導灯へ供給する魔石も尽き始めている。


壁に掛けられた王家の旗だけが、わずかな風で揺れていた。


王宮中央。


近衛詰所。


最後の近衛兵たちが座っていた。


誰も喋らない。


鎧は痩せた身体に合わなくなっている。


顔色も悪い。


目の下には濃い隈。


空腹。


疲労。


絶望。


全部限界だった。


机の上。


硬くなった黒パンが一欠片。


それを六人で分けている。


若い近衛が苦笑する。


「……王国最強の近衛騎士団が、パン一欠片か」


誰も笑わない。


年長の近衛が小さく言った。


「まだあるだけマシだ」


別の近衛が水を飲む。


濁っている。


味も悪い。


だが。


もう文句を言う気力も無かった。


壁際。


一人の近衛騎士が立っていた。


名を、アルフレッドという。


四十代。


古株。


王へ三十年仕えた男。


王国剣術大会優勝経験もある。


忠臣だった。


本当に。


忠臣だった。


その男が静かに言う。


「……俺は帰る」


空気が止まる。


若い近衛が顔を上げる。


「隊長……」


アルフレッドは小さく笑った。


「もう隊長じゃない」


「ただの父親だ」


誰も止めない。


止められない。


全員。


同じだったから。


家族がいる。


妻がいる。


子供がいる。


飢えている。


苦しんでいる。


近衛の一人が絞り出すように言った。


「……奥さん、まだ生きてるんですか」


アルフレッドは頷く。


「昨日、最後の通信が来た」


「息子がもう歩けんらしい」


沈黙。


誰も目を合わせられない。


若い近衛が震える声で言う。


「俺の娘も……もう三日食ってない」


別の近衛が顔を覆う。


「……くそ」


「何でこうなった」


返事は無い。


答えは全員知っている。


遅すぎた。


王が現実を見なかった。


宰相が誤魔化した。


貴族が逃げた。


民が消えた。


物流が死んだ。


農地が死んだ。


国家が死んだ。


だからこうなった。


単純だった。


アルフレッドは静かに剣を取る。


長年使った近衛剣。


王家紋章入り。


重い。


だが。


今日は妙に軽く感じた。


「最後に陛下へ挨拶してくる」


誰も止めない。


止められない。


もう。


忠義より家族の方が重かった。


玉座の間。


巨大な空間。


静寂。


王だけが座っている。


近衛はもう二人しかいない。


痩せ細った姿。


王も変わっていた。


頬は痩け。


声は弱い。


だが。


目だけはまだ夢を見ている。


アルフレッドが跪く。


最後の敬礼。


王がゆっくり見る。


「……まだいたか」


アルフレッドは頭を下げた。


「陛下」


「申し訳ありません」


王が眉を寄せる。


「何だ」


沈黙。


アルフレッドは言葉を探す。


三十年仕えた。


王のために戦った。


国境も守った。


反乱も鎮圧した。


命も賭けた。


だが。


もう限界だった。


アルフレッドが絞り出す。


「……お許しを」


王の目が揺れる。


「帰るのか」


アルフレッドは頷く。


「妻子が餓死寸前です」


「……父として戻ります」


沈黙。


王は何か言おうとする。


だが。


言葉が出ない。


止められない。


食料も無い。


給金も無い。


未来も無い。


だから。


止める資格も無かった。


王が小さく呟く。


「余を……見捨てるのか」


アルフレッドは首を横に振る。


「違います」


「私は最後まで陛下へ仕えました」


「ですが……」


声が震える。


「父であることまで捨てられません」


静寂。


王は玉座を握る。


細い指。


もう王の手ではない。


ただの老いた男の手だった。


アルフレッドが立ち上がる。


最後の敬礼。


王もゆっくり頷く。


それだけ。


許可も命令も無い。


もう。


国家機能そのものが死んでいた。


アルフレッドは背を向ける。


巨大な扉へ向かう。


歩く。


長い廊下。


静かな王宮。


誰もいない。


途中。


倒れた侍従を見つける。


動かない。


痩せ細っている。


アルフレッドは目を閉じる。


「……すまん」


それだけ言って歩き出す。


外門。


最後の門兵がいた。


痩せている。


だが笑った。


「帰るんすか」


アルフレッドが頷く。


「お前は」


門兵は苦笑した。


「俺も今日で終わりです」


「親父迎えに行きます」


アルフレッドは肩を叩く。


「生きろ」


門兵が笑う。


「隊長も」


王宮門が開く。


外。


王都。


静かだった。


市場は死んでいる。


人が少ない。


馬車も無い。


店も閉まっている。


死臭だけが漂う。


アルフレッドは歩く。


王都外縁。


小さな家。


扉を開ける。


妻がいた。


痩せている。


息子も倒れている。


娘も動かない。


妻が涙を流す。


「あなた……」


アルフレッドは無言で抱き締めた。


もう鎧はいらなかった。


剣も。


忠義も。


今必要なのは。


家族だった。


その頃。


循環領。


索敵教師が王都状況を確認していた。


報告。


『最後の近衛離脱』


『王宮護衛機能消失』


セレスが静かに資料を閉じる。


「終わったわね」


ジミーが小さく言う。


「王が死んだわけじゃねぇぞ」


セレスは窓の外を見る。


避難民。


学校。


農地。


工房。


全部動いている。


そして答える。


「違う」


「国家が死んだの」


夜。


ベルグラード王宮。


玉座の間。


王だけが残っていた。


巨大な空間。


静寂。


足音はもう戻らない。


王は玉座で呟く。


「……まだ」


「まだ立て直せる」


だが。


返事をする近衛は。


もう誰もいなかった。







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