265話:民の国
循環領。
朝。
巨大な鐘が鳴る。
避難民たちが動き始める。
工房。
農地。
学校。
建設区画。
水路整備。
物流倉庫。
全てが同時に動いていた。
かつて辺境だった土地は、今や巨大国家建設現場へ変貌している。
中央管理棟。
巨大魔導板へ数字が浮かぶ。
『循環領人口』
『200,000』
静かに更新される数字。
教師たちは確認する。
驚かない。
もう循環領では、人口増加は日常だった。
中央行政区。
セレスが地図を見ていた。
旧ベルグラード王国。
崩壊済み領地。
救援中領地。
避難民流入経路。
全部記録されている。
側近教師が報告する。
「第八救援領、学校稼働開始」
「第十三救援領、食料配布安定」
「北部農地、開拓完了」
セレスが頷く。
「次」
「識字教師追加」
「農業教師優先」
「冬までに自給率を上げる」
即断。
迷いが無い。
もはや循環領は国家そのものだった。
その頃。
旧王国西部。
救援領。
ピーター教師団が授業をしていた。
避難民。
孤児。
元兵士。
元騎士。
全員が机へ向かう。
黒板には文字。
数字。
地図。
農地計算。
衛生知識。
元騎士の男が呆然としていた。
子供が字を書いている。
平民が計算している。
孤児が本を読んでいる。
信じられなかった。
「……なんで平民にここまで教える」
ピーターが普通に答える。
「必要だからです」
「読み書きできないと騙されます」
「計算できないと損します」
「知識が無いと死にます」
元騎士は黙る。
循環領は違う。
民を守るだけではない。
民を育てている。
それを理解し始めていた。
一方。
循環領本領。
マイク率いる防衛団。
こちらは完全に別行動だった。
役割は。
内部治安維持。
避難民整理。
物流警護。
街道警戒。
マイクが怒鳴る。
「荷車止めるな!」
「ガキ走るな!」
「順番守れ!」
避難民たちが苦笑する。
怖い。
だが安心できる。
群導師スキル。
集団統率。
恐怖抑制。
未熟者育成。
全部自然発動している。
新人防衛団員が成長していく。
現場混乱が減る。
防衛団員が笑った。
「マイク隊長いると落ち着くな」
マイクは鼻を鳴らす。
「知るか」
だが。
その“安心感”こそが彼の力だった。
中央物流区。
巨大倉庫群。
山のような食料。
乾燥芋。
穀物。
塩。
保存肉。
薬草。
全部管理されている。
ジミーが巨大在庫表を睨む。
数字が流れる。
避難民二十万人。
普通の国家なら崩壊規模。
だが。
ジミーは冷静だった。
「……まだ足りる」
周囲の物流担当が息を吐く。
その隣。
マイケル・ダグラス。
ダグラス商会会頭。
循環領黎明期。
まだ貧しかった頃から誠実取引を続けた男。
彼も数字を見る。
「収穫が来る」
「北部農地も育ってる」
「輸送路も安定した」
「問題無い」
ジミーが頷く。
「二十万人維持可能」
物流担当が報告。
「西部倉庫七十五%」
「東部農地来月収穫」
「保存区画余裕有り」
全部回っている。
循環している。
だから崩れない。
その頃。
ヴァルディス帝国。
帝都ヴァルディス。
白銀宮。
若皇帝アレクシス・ヴァルディスは執務室にいた。
窓の外。
巨大帝都。
夜でも人が動いている。
市場。
工房。
学校。
全部生きている。
その隣。
エバが報告書を整理していた。
そして。
もう一人。
皇帝側近。
レオハルトが立っている。
鋭い目。
冷静な表情。
実務能力に優れた男だった。
レオハルトが静かに言う。
「ベルグラード王国、実質崩壊」
「循環領は避難民二十万人を維持」
「更に拡張中です」
アレクシスが目を細める。
「異常だな」
レオハルトは即答する。
「教育です」
「循環領は“人を増やす”のではなく、“育てている”」
「だから崩れません」
エバも頷く。
「民が国家を支えている」
「旧時代国家とは逆です」
沈黙。
アレクシスは窓の外を見る。
ベルグラード王国。
ヴァルディス帝国。
循環領。
時代が変わっている。
レオハルトが続けた。
「婚礼を急ぐべきです」
「帝国もまた、“次の国家”を示さねばならない」
アレクシスが小さく笑う。
「お前まで言うか」
レオハルトは真顔だった。
「今は象徴が必要です」
「民は“安心”を見ています」
エバが静かに補足する。
「恐怖ではなく」
「安定を」
アレクシスは目を閉じる。
理解していた。
ベルグラード王国は。
恐怖と権威だけで国家を維持しようとした。
だから死んだ。
循環領は違う。
民へ知識を与えた。
食事を与えた。
仕事を与えた。
だから民が国家を支えている。
窓の外。
帝都ヴァルディスは今日も動いている。
そして。
循環領もまた。
静かに、“民の国”へ変わり続けていた。




