262話:帝国保護
ベルグラード王国。
五百年国家。
その終焉は、もはや誰にも止められなかった。
地方は循環領へ流れた。
物流は崩壊した。
市場は死んだ。
騎士も離れた。
民も去った。
そして今。
王族すら、王都を離れようとしていた。
王宮西門。
夜。
灯火は少ない。
かつて厳重警備だった巨大門も、今では近衛数名しか残っていない。
冷たい風。
沈黙。
その中央へ、一団が静かに現れる。
王妃フィリア
王子アルベルト。
王女エレノア。
そして僅かな護衛。
皆、疲弊していた。
だが王子だけは後ろを振り返る。
巨大王城。
暗い。
静か。
もう国家の中心には見えなかった。
王子が小さく呟く。
「父上……」
だが返事は無い。
その時。
空間が揺らいだ。
風が流れる。
転移魔法。
現れたのは、ヴァルディス帝国使節団だった。
漆黒の軍装。
整然とした動き。
無駄が無い。
先頭の男が静かに一礼する。
「ヴァルディス帝国より参りました」
「若皇帝アレクシス・ヴァルディス陛下の命により、皆様を保護致します」
王女フィリアが息を呑む。
王妃は静かに頭を下げた。
「……感謝します」
帝国騎士は短く答える。
「民を守れぬ国家は滅びます」
「ですが」
「人まで滅ぼす必要はありません」
その言葉に、王女の肩が震えた。
涙が零れる。
王女はずっと見てきた。
王国崩壊。
逃げる貴族。
飢える民。
死者。
そして。
何も変えられなかった自分。
だから。
帝国騎士の言葉が刺さった。
転移魔法陣が展開される。
帝国騎士たちが周囲警戒。
その瞬間。
王宮内部。
残留近衛の一人が剣を抜いた。
「王族を逃がすな!!」
怒声。
だが。
次の瞬間。
風圧。
帝国騎士が一瞬で制圧する。
圧倒的だった。
近衛騎士は床へ倒れる。
帝国騎士は冷たく言う。
「終わった国家へ殉じるな」
沈黙。
老近衛騎士が小さく俯いた。
「……そうだな」
彼も理解していた。
もう。
ベルグラード王国は終わっている。
その頃。
ヴァルディス帝国。
白銀宮。
若皇帝アレクシス・ヴァルディスが報告を受けていた。
側近が頭を下げる。
「保護完了しました」
アレクシスは静かに頷く。
「そうか」
側近が尋ねる。
「王族をどう扱いますか」
アレクシスは窓の外を見る。
巨大帝都。
生きている国家。
整った物流。
工房。
学校。
水路。
民が動いている。
アレクシスは静かに言った。
「生きろ」
側近が顔を上げる。
「王国の罪は子へ継がせん」
短い。
だが重い。
それが若皇帝アレクシス・ヴァルディスの答えだった。
その頃。
循環領。
状況は更に加速していた。
中央管理魔導板。
巨大数字が表示される。
『保護人数』
『100,000突破』
教師たちが確認する。
驚かない。
もう循環領は国家規模運営に慣れている。
だが。
変化は起きていた。
索敵教師。
転移教師。
教導教師。
治癒教師。
薬師教師。
全員のスキルが成長を始めていた。
理由は単純。
“経験値”が桁違いだった。
十万人。
国家規模救援。
数千拠点同時管理。
普通なら国家崩壊案件。
だが循環領は回している。
若い索敵教師が目を閉じる。
索敵範囲が広がる。
王都全域。
地方街道。
避難民流れ。
全て見える。
鑑定教師が淡々と確認する。
「索敵レベル上昇」
「広域化確認」
別区画。
転移教師。
魔力循環速度上昇。
転移安定性向上。
同時転移人数増加。
教師が小さく笑う。
「また上がった」
慣れている。
もう循環領では、成長は日常だった。
教導教師たちも変化していた。
避難民教育。
職業振り分け。
孤児保護。
識字教育。
集団運営。
その全てが経験として蓄積されていく。
教導教師が呟く。
「人の理解速度が見える……」
別教師が頷く。
「教育効率も上がってる」
その中央。
ピーターが子供たちへ授業していた。
既に数千人規模。
だが彼は止まらない。
子供たちの理解速度。
不安。
恐怖。
全部見えている。
教導。
治癒。
鑑定。
複数スキルが噛み合い始めていた。
一方。
ミネルバ側。
治療院。
病人。
孤児。
衰弱者。
大量。
だが混乱は少ない。
薬師教師たちの調合速度が上がっている。
治癒教師の回復効率も上がる。
若い薬師教師が薬を見ながら言う。
「毒素分解速度が上がった」
隣が普通に返す。
「経験積みすぎだからね」
それだけだった。
循環領では。
“働けば育つ”。
それが常識になっていた。
中央物流区。
ジミーが巨大地図を見ていた。
物流。
人口。
在庫。
全部流れている。
そして。
彼の視界にも新しい情報が浮かぶ。
『流通』
『上位最適化』
『商流接続補助』
ジミーが頭を掻く。
「また増えた……」
周囲の商人たちが笑う。
マイケル・ダグラスも地図を見ながら言った。
「国家運営してれば育つさ」
その言葉通りだった。
循環領は。
特別な英雄国家ではない。
人を育て続けた国家。
だから。
人が増えるほど強くなる。
その頃。
防衛区。
マイク率いる防衛団。
群導師スキルが完全に定着し始めていた。
避難民の恐怖が落ち着く。
新人防衛団員が自然に育つ。
現場混乱が減る。
マイク自身はよく分かっていない。
だが。
誰より現場を安定させていた。
防衛団員が笑う。
「マイクさんいると安心するんだよな」
マイクは鼻を鳴らす。
「知るか」
だが。
その空気そのものが、“群導師”だった。
夜。
循環領。
灯火が増えていく。
学校。
工房。
農地。
治療院。
物流区。
十万人を超える避難民。
それでも崩れない。
なぜか。
理由は単純だった。
人を使い捨てないから。
育てるから。
国家とは。
城ではない。
人が、人を育て続ける循環。
それこそが。
循環領だった。




