259話:残された兵
ベルグレイス王城。
巨大な白亜の宮殿。
五百年続いたベルグラード王国の象徴。
その広大な王宮は、今や静まり返っていた。
かつて無数の人間が行き交った廊下。
侍女。
料理人。
文官。
近衛。
騎士。
貴族。
誰もが王国の中心だと信じていた場所。
だが今。
そこに残っているのは、僅かな人間だけだった。
王宮北塔。
近衛騎士待機室。
薄暗い。
灯火は半分以上消えている。
魔力供給担当がいなくなったからだ。
長机の上。
置かれているのは、黒パン数個。
薄いスープ。
それだけ。
近衛騎士たちは無言だった。
鎧も痩せて見える。
頬が落ちている。
疲弊。
空腹。
睡眠不足。
全てが限界だった。
若い近衛騎士が、小さく呟く。
「……何を守っているんだ俺たちは」
誰も返事しない。
否定できないからだ。
食料不足。
給金停止。
家族避難済み。
もう、守るべきものは消えていた。
別の騎士が俯いたまま言う。
「妻と子は……循環領へ行った」
沈黙。
「良かったな」
その言葉にも力がない。
若い騎士が拳を握る。
「王都に残ったら死ぬ」
「だから逃がした」
彼は唇を噛む。
「でも俺は近衛だ」
「逃げられない」
その時。
老近衛騎士が静かに口を開いた。
「……本当にそうか?」
空気が止まる。
老人は長年王宮を守ってきた男だった。
王国への忠誠も深い。
だが今、その目には疲労しかない。
「王を守るのが忠誠ではない」
「民を守るのも騎士だ」
若い騎士が俯く。
誰も反論できなかった。
その頃。
循環領中央管理区。
セレスが大量の索敵情報を見ていた。
王宮内部。
近衛配置。
文官位置。
使用人残存数。
全てリアルタイム更新。
索敵教師が報告する。
「王宮北塔近衛待機室」
「飢餓状態確認」
「敵対意思低」
「家族避難済み多数」
別教師が続ける。
「鑑定結果」
「現実理解型多数」
「忠誠型あり」
「王国至上思想型は少数」
セレスは静かに目を閉じた。
「保護対象を選別」
教師たちが頷く。
循環領は救う。
だが無条件ではない。
学べる者。
働ける者。
守れる者。
未来へ繋がる者。
そこを見る。
セレスが言う。
「バカは切る」
冷たい。
だが合理的だった。
その時。
別通信が入る。
「ダグラス商会側、変化発生」
ジミーが顔を上げる。
「何だ?」
教師が興奮気味に言った。
「商会所属商人たち、多数スキル覚醒!」
空気が変わる。
スキル覚醒。
この世界では稀。
だが循環領では最近、頻発している。
理由は明確だった。
教育。
経験。
役割。
環境。
人は“必要に迫られた時”、成長する。
教師が続ける。
「商人全員、商売鑑定スキル覚醒」
「商品価値」
「物流効率」
「需要予測」
「原価分析」
「在庫管理」
「市場変動予測」
ジミーが目を見開く。
「マジかよ……」
そこへ更なる報告。
「マイケル・ダグラス」
「上位スキル覚醒確認」
周囲が息を呑む。
教師が震える声で読み上げた。
「名称――『大商流解析』」
沈黙。
それは商売鑑定の上位互換。
物流。
市場。
流通。
価格。
人口推移。
国家単位で“商流”を読む能力。
ジミーが笑った。
「……やっぱ化け物だな」
その頃。
ダグラス商会仮設本部。
マイケル・ダグラスは大量の物流地図を見ていた。
視界に情報が流れる。
街道混雑。
需要変化。
物資不足地域。
人口流入。
全て見える。
彼は静かに呟いた。
「商流が……見える」
若い商人たちが驚愕している。
「会頭……」
マイケルは地図へ印をつける。
「北部第七街道混雑」
「南部へ分散」
「旧王国物流網再利用可能」
指示が止まらない。
しかも正確。
ジミーが苦笑する。
「もう半分国家物流だろそれ」
マイケルは笑った。
「グロマールに毒された」
周囲が笑う。
だが本当だった。
循環領は人を変える。
役割を与える。
必要とする。
だから人が育つ。
同じ頃。
避難民区画。
老女侯爵も変化を起こしていた。
彼女は最後まで使用人を見捨てなかった。
今。
避難民管理。
住宅整理。
孤児保護。
食料分配。
全てへ自然に関わっている。
その瞬間。
彼女の視界へ文字が浮かんだ。
『領主スキル覚醒』
老女侯爵が目を見開く。
周囲の教師たちも驚く。
「領域安定」
「民心維持」
「行政補助」
「人口管理」
領地運営特化。
本来、一部上位貴族しか発現しないレアスキル。
しかも。
他の善良貴族たちにも次々覚醒が起き始めていた。
教育担当教師が呟く。
「……環境が、人を育ててる」
その言葉通りだった。
循環領は才能だけを見ない。
役割。
責任。
現実。
そこへ人を置く。
だから成長する。
一方。
王宮。
近衛騎士待機室。
転移魔法陣が静かに展開される。
風。
空間。
転移教師たち。
近衛騎士たちが武器へ手をかける。
だが教師たちは冷静だった。
鑑定済み。
選別済み。
女教師が静かに言う。
「循環領です」
「保護対象を迎えに来ました」
若い近衛騎士が震える。
「……俺たちも?」
教師は頷く。
「働ける人は歓迎します」
「守れる人も歓迎します」
老近衛騎士が目を閉じる。
涙が零れた。
「王国を守れなかった我々を……」
教師は首を横へ振る。
「違います」
「生き残った人を、次へ繋ぐんです」
その時。
奥から怒鳴り声。
王国至上思想の近衛だった。
「裏切り者共が!!」
「王を捨てる気か!!」
彼が剣を抜く。
次の瞬間。
氷拘束。
風拘束。
一瞬だった。
教師が冷たく言う。
「保護対象外」
静寂。
老近衛騎士が、小さく呟く。
「……終わったな」
誰も否定しない。
だが。
循環領では、終わりではなかった。
学校が建つ。
物流が回る。
子供が学ぶ。
人が育つ。
国家とは。
城ではない。
“人が次を作れる環境”。
それそのものだった。




