表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
戦わずに世界を変えた男――教育と物流で“循環国家”を作ったら、宗教国家まで改革された  作者: 慈架太子


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

258/322

256話:空になる王宮

ベルグレイス王城。


五百年続いたベルグラード王国の象徴。


白亜の巨大宮殿。


王権。


騎士。


栄華。


その全てを体現してきた場所。


だが今。


王宮は静かに死に始めていた。


深夜。


長い廊下。


足音が響かない。


かつてなら、夜でも侍女や文官が慌ただしく行き交っていた。


今は違う。


静かすぎる。


壁に並ぶ魔導灯。


その半数以上が消えていた。


魔力供給維持員が辞めたからだ。


王宮中央食堂。


巨大な長机。


豪華な装飾。


王国歴代の王たちの肖像画。


だが。


食堂には誰もいない。


厨房も静かだった。


火が消えている。


鍋も冷たい。


料理人が消えた。


逃げたのだ。


王宮専属料理長だった老人が、最後に残した言葉。


『食材が無い厨房では、料理は作れません』


それだけだった。


侍従長が厨房を見回す。


空。


棚も空。


保存庫も空。


乾燥肉すら残っていない。


若い侍女が震える声で言う。


「本当に……終わるんでしょうか……」


返事は無い。


その時。


廊下の奥から、ゆっくり歩いてくる影があった。


老侍女。


四十年以上王宮へ仕えた女だった。


彼女は静かな目で、暗い食堂を見る。


長い沈黙。


やがて、小さく呟いた。


「……終わりですね」


誰も否定できなかった。


その頃。


王宮文官区。


大量の机。


書類。


記録棚。


そこでも異変が起きていた。


文官たちが荷物をまとめている。


辞職。


逃亡。


夜逃げ。


王都から人が消えていた。


若い文官が泣きそうな顔で言う。


「本当に辞めるんですか……?」


老文官は疲れた顔で頷く。


「王都はもう機能していない」


「税も流通も止まった」


「命令だけが来る」


彼は窓の外を見る。


暗い。


あまりにも暗い。


巨大都市ベルグレイス。


人口は既に最盛期の数%。


街は死に始めていた。


老文官は静かに言う。


「国は、書類だけでは動かない」


その一言に、若い文官は俯いた。


一方。


王都商会街。


巨大倉庫群。


そこでは今も馬車積み込みが続いていた。


ダグラス商会。


ベルグラード最大級商会。


会頭マイケル・ダグラスは、大量の帳簿を確認していた。


疲れている。


だが目は鋭い。


その時。


商会上空。


風が揺れた。


索敵。


空間感知。


循環領索敵教師だった。


若い女教師が目を閉じている。


風属性索敵。


魔力探査。


広域感知。


そして。


転移魔法。


彼女は小さく呟く。


「見つけた」


周囲の教師たちが振り向く。


「ダグラス商会です」


通信機へ即報告。


循環領中央管理区。


通信担当が叫ぶ。


「ダグラス商会確認!」


その瞬間。


ジミーが立ち上がった。


「場所は!?」


「王都商会街中央!」


ジミーは即答した。


「迎えに行く」


周囲が驚く。


だが当然だった。


循環領には恩義がある。


まだ貧しかった頃。


誰も辺境村など相手にしなかった時代。


ダグラス商会だけは違った。


正当価格。


誠実取引。


農具。


布。


塩。


薬草。


全てを回してくれた。


グロマールがまだ無名だった頃。


最初に“循環領の価値”を見抜いた商会。


それがダグラス商会だった。


転移教師が魔法陣を展開する。


空間が歪む。


若い教師たちが息を呑んだ。


転移。


高度魔法。


循環領では既に、教育によって実用化されている。


女教師が言う。


「座標固定完了」


ジミーが笑った。


「行くぞ」


次の瞬間。


空間が開いた。


王都商会街。


マイケル・ダグラスが荷車確認をしていた時だった。


突然。


空間が揺らぐ。


私兵たちが武器を構える。


「敵襲!?」


だが現れたのは。


見慣れた顔だった。


ジミー。


そして循環領教師団。


マイケルが目を見開く。


「……ジミー?」


ジミーは軽く手を振った。


「迎えに来た」


周囲が静まり返る。


私兵たちも言葉を失う。


転移。


しかも商会街中央へ正確転移。


それだけで、循環領技術力が理解できた。


マイケルが苦笑する。


「相変わらず規格外だな」


ジミーが肩を竦めた。


「グロマールさんが頭おかしいだけ」


少し空気が和らぐ。


その後。


ジミーは真剣な目になる。


「助ける」


「だから手伝ってくれ」


短い言葉。


だが重かった。


マイケルは理解している。


循環領は慈善では動かない。


循環。


役割。


責任。


全員が何かを支える。


だから巨大化できた。


マイケルは即答した。


「了解した」


迷いはなかった。


彼もまた商人。


数字が見える。


王都は死ぬ。


循環領は生きる。


それだけだ。


ジミーが頷く。


「物流頼む」


「王都避難民が増えすぎてる」


マイケルは笑った。


「最初からそのつもりだ」


周囲の商人たちも空気が変わる。


不安ではない。


“仕事”の顔だった。


その頃。


王宮。


王の間。


広い。


静か。


王だけが玉座へ座っていた。


だが、もう人がいない。


侍女も減った。


料理人も消えた。


文官も辞めた。


近衛兵すら数が減っている。


それでも王は、現実を見ない。


「民はいずれ戻る」


誰も返事しない。


遠く。


王都から大量の灯りが移動していた。


馬車列。


商人。


貴族。


騎士。


全て。


循環領へ向かっている。


王都から“生活”が消えていく。


つまり。


国家そのものが消えていた。


王宮廊下。


老侍女が窓の外を見る。


長い人生だった。


王家へ仕え続けた。


誇りもあった。


だが今。


彼女はようやく理解していた。


国とは王ではない。


民だ。


生活だ。


灯りだ。


食事だ。


子供の笑い声だ。


それが消えた時。


国家は静かに死ぬ。


老侍女は、小さく呟いた。


「……終わりですね」


返事をする者は、もう誰もいなかった。







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ