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戦わずに世界を変えた男――教育と物流で“循環国家”を作ったら、宗教国家まで改革された  作者: 慈架太子


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255話:王都脱出

ベルグレイス王都。


五百年続いたベルグラード王国の心臓。


巨大な城壁。


白亜の王城。


北方最大の市場。


王国中の物資、人、金、情報が集まる場所。


かつて人々は言った。


『ベルグレイスがある限り、ベルグラードは滅びない』


だが今。


その巨大都市は、静かに崩れ始めていた。


夜。


王都東門。


本来なら閉門している時間。


しかし今夜、門は閉じられない。


閉じれば、人が死ぬからだ。


石畳の大通り。


そこには無数の馬車が並んでいた。


貴族馬車。


商会荷車。


私兵隊列。


使用人たち。


大量の荷物。


まるで都市そのものが逃げ出しているようだった。


怒鳴り声が飛ぶ。


「急げ!」


「積み込み終わってねぇぞ!」


「馬が倒れる!」


「道を開けろ!」


混乱。


焦燥。


恐怖。


王都はもう、“逃げる街”になっていた。


豪華な馬車から、若い貴族が顔を出す。


二十代前半。


まだ派手な衣装を着ている。


だが顔色は悪い。


彼は父親へ尋ねた。


「本当に……王都を捨てるのですか」


向かいに座る老伯爵は、窓の外を見た。


暗い街。


灯りの消えた店。


静かな石畳。


かつて眠らなかった都市。


今は死臭だけが漂っている。


老伯爵は低く言った。


「王都はもう終わりだ」


若い貴族が震える。


「ですが……陛下は……」


「陛下は王都を見ておられる」


老伯爵が遮る。


「だが民は、もう王都を見ていない」


沈黙。


馬車が揺れる。


外では、更に多くの貴族馬車が列へ加わっていた。


財宝運搬。


家族脱出。


夜逃げ。


それが王都全体で起きていた。


一方。


高級貴族街。


豪奢な屋敷群。


そこでも同じだった。


使用人たちが泣きながら荷物を運んでいる。


執事。


侍女。


料理人。


庭師。


皆、必死だった。


しかし。


全員が連れていかれるわけではない。


ある屋敷。


太った侯爵が怒鳴っていた。


「荷台が足りん!」


「宝石箱を優先しろ!」


老執事が頭を下げる。


「旦那様……使用人たちは……」


侯爵は苛立った顔で言う。


「置いていけ」


空気が凍る。


若い侍女が泣き出した。


「そんな……!」


侯爵は振り返らない。


「食わせる余裕はない」


「平民は自分で生きろ」


馬車の扉が閉まる。


豪華な車輪が動き出した。


残された使用人たちが、その場へ崩れ落ちる。


同じ頃。


別の屋敷。


そこでは全く違う光景があった。


老女侯爵が静かに言う。


「全員乗りなさい」


執事が驚く。


「ですが奥様、荷台が――」


「家族を置いていくほど落ちぶれてはいません」


その一言で、使用人たちが泣き崩れる。


同じ貴族でも違う。


だが共通していることが一つあった。


全員、“王都を捨てる”。


それだけは同じだった。


商会街。


巨大倉庫群。


そこでは更に激しい動きが起きていた。


荷車。


私兵。


傭兵。


商人。


全員が走り回っている。


その中心に立つ男。


ダグラス商会会頭。


マイケル・ダグラス。


ベルグラード最大級商会の主。


そして。


循環領と最初期から取引していた男。


彼は静かに積み込みを見ていた。


部下が駆け寄る。


「会頭!」


「東街道が混雑しています!」


「貴族馬車が詰まっていて――」


マイケルは即答した。


「南ルートへ切り替えろ」


「循環領側中継所へ通信」


部下が目を見開く。


「もう連絡済みなんですか……?」


マイケルは短く頷いた。


循環領携帯魔導通信機。


長距離通信。


即時情報共有。


王都ですら持たない技術。


若い商人が不安そうに尋ねる。


「本当に……循環領は受け入れてくれるんでしょうか」


マイケルは王都の空を見る。


暗い。


あまりにも暗い。


かつて世界の中心だと思っていた都市。


だが今、そこには“死”しかなかった。


彼は静かに言う。


「あそこしか生き残れない」


誰も否定しない。


循環領。


人口二十万。


食料充足率七百五十%超。


百五十万人分の備蓄。


農業革命。


巨大紡織産業。


魔力循環式水路。


教育。


物流。


治療。


通信。


それはもう、ただの領地ではない。


完成した文明国家だった。


マイケルは小さく笑った。


「三年前、誰が信じた」


「辺境の村が王国を救うなんて」


古参商人たちは黙っている。


知っているからだ。


グロマールという男を。


備蓄を笑われても貯め続けた。


農地を増やし続けた。


教師を育て続けた。


水路を掘り続けた。


“生活”を積み上げ続けた。


だから今。


王国全体が、そこへ逃げている。


東門。


馬車渋滞は更に酷くなっていた。


貴族。


商人。


私兵。


騎士。


全員が同じ方向を向いている。


循環領。


そこしか未来が無いからだ。


その列の横を、一人の若い王国騎士が歩いていた。


鎧は古い。


顔は痩せている。


彼は呆然と街を見つめた。


「……何で、こうなった」


隣を歩く私兵隊長が苦笑する。


「簡単だろ」


「食えなくなった」


騎士が俯く。


その通りだった。


民は王威では動かない。


食える場所へ行く。


生きられる場所へ行く。


それだけだ。


王都中央広場。


かつて祭りと音楽で溢れた場所。


今は無人だった。


噴水だけが水音を立てている。


風が吹く。


寒い。


巨大都市ベルグレイス。


人口は、既に全盛期の数%まで落ちていた。


逃げたのだ。


民が。


商人が。


騎士が。


貴族が。


生活ごと。


その頃。


循環領。


中央受け入れ区。


巨大な土属性建築群。


水路。


風循環。


治療院。


教育区。


夜でも灯りが消えない。


物流部隊が走り回る。


「北部難民五百追加!」


「第七住宅区開放!」


「薬草搬入急げ!」


子供たちの声。


パンの匂い。


湯気。


笑い声。


それを見た新規避難民たちが、立ち尽くしていた。


暖かい。


人が生きている。


王都では失われた光景だった。


老商人が震える声で言う。


「……本当に、国が生きてる」


隣の老婆が涙を流す。


「ベルグレイスより……豊か……」


その言葉は、五百年国家への死刑宣告だった。


夜。


王都ベルグレイス。


巨大な王城だけが灯りを残していた。


しかし城下は暗い。


静かだった。


静かすぎた。


城壁の上。


老近衛騎士が街を見下ろしている。


かつて百万人が暮らした都市。


今は空洞。


彼は小さく呟いた。


「民が消えた国は……まだ国なのか」


答える者はいない。


遠く。


王都から伸びる街道。


その先には、無数の灯りが続いていた。


全て。


循環領へ向かう人々だった。







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