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戦わずに世界を変えた男――教育と物流で“循環国家”を作ったら、宗教国家まで改革された  作者: 慈架太子


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255/322

253話:降伏文書

ベルグラード王国建国から五百年。


その歴史は、北方最大国家の誇りだった。


広大な穀倉地帯。

騎士文化。

巨大紡織産業。

王都を中心とした物流網。


かつて人々は言った。


『ベルグラードは滅びない』


豊かだったからだ。


強かったからだ。


だが国家は、剣だけでは維持できない。


生活が壊れた時、国は静かに死ぬ。


循環領中央管理区。


巨大な石造りの会議棟。


そこへ、大量の羊皮紙が運び込まれていた。


山のようだった。


若い職員たちが汗を流しながら運搬している。


「まだ来ます!」


「東部三領追加!」


「西部からも!」


机の上へ置かれる文書。


領主印。


貴族紋章。


そして、その全てに共通する内容。


食糧支援要請。


保護要請。


従属受諾。


領地統合提案。


つまり。


“降伏”。


ベルグラード地方領主たちは、国家を見限り始めていた。


セレスが羊皮紙を一枚持ち上げる。


静かな目。


だが冷えている。


「……王都以外、全部落ちたわ」


その一言で、会議室の空気が止まる。


マイクが頭を掻いた。


「マジかよ……」


「五百年国家だぞ」


セレスは地図へ赤印を置いていく。


北部。


西部。


東部。


中央外縁。


次々と染まっていく。


救援要請領。


降伏領。


機能停止領。


既に、王都以外の大半が循環領へ助けを求めていた。


ピーターが地図を見ながら呟く。


「皆、生きるために動いてる」


誰も否定しない。


今のベルグラード王国では、生きられない。


それが現実だった。


会議室中央。


巨大地図。


そこへセレスが白線を書き込む。


「全領同時救援は無理」


冷静な声。


「教師が足りない」


循環領最大の武器。


それは軍ではない。


教育だった。


農業。


衛生。


物流。


建築。


治療。


魔力制御。


それらを“教えられる人材”が不足している。


マイクが腕を組む。


「何領だ?」


「百五十」


周囲が沈黙する。


百五十領。


それは、もはや国家規模だった。


セレスは続ける。


「十五領ずつ救援」


「十回に分ける」


「まず食料だけ先行配布」


ピーターが地図へ近づく。


「教師団は?」


「各領へ百名」


「治癒師二十」


「薬師二十」


「携帯魔導通信機を全員配布」


循環領は、既に情報国家だった。


通信。


物流。


教育。


全てが繋がっている。


グロマールが旅へ出る前に残した最大の遺産。


“循環構造”。


それが今、国家規模で動き始めていた。


その頃。


循環領中央倉庫区。


巨大な石造り倉庫群。


そこでは大量の食料積み込みが始まっていた。


ベル芋。


改良麦。


乾燥肉。


保存野菜。


発酵食品。


干し果物。


薬草。


巨大魔導冷却箱。


荷運び担当たちが走り回る。


「第九倉庫開放!」


「東部行き追加!」


「保存食優先!」


中央で怒鳴っていたのはジミーだった。


「荷崩すな!」


「通信機班まだか!」


「アイテムボックス持ち集めろ!」


部下が駆け寄る。


「容量持ち八十名です!」


「足りねぇ!」


ジミーが即答する。


「あと二十!」


アイテムボックス。


非生物収納。


大量輸送。


腐敗防止。


循環領物流の要。


そして今、その力が国家救援へ使われている。


部下が不安そうに言う。


「本当に足りますか……?」


ジミーは帳簿を閉じた。


「足りる」


「循環領なめんな」


巨大倉庫。


そこには穀物が山のように積まれている。


食料充足率七百五十%超。


循環領は、もはや“飢え”を前提としていない。


農業革命。


魔力循環式水路。


寒冷地農法。


土壌改良。


大型保存施設。


魔導冷却。


教育。


それら全てが噛み合った結果だった。


ジミーが笑う。


「グロマールさん、備蓄狂だからなぁ」


「こんな日が来るって分かってたんだろ」


その言葉に、周囲が静かになる。


確かにそうだった。


グロマールは常に言っていた。


『国家は備蓄で死ぬ』


だから循環領は貯め続けた。


食料。


薬。


教育。


人材。


全てを。


教育区画。


巨大講堂。


そこには大量の教師たちが整列していた。


若者。


老人。


元農民。


元奴隷。


元商人。


全員、循環領教育課程修了者。


彼らの前へ立つのはピーターだった。


かつて泣き虫だった青年。


今では循環領最大級の教師。


治癒師。


精神支柱。


ピーターは教師たちを見る。


緊張している者も多い。


当然だった。


彼らは今から、“国家救援”へ向かうのだ。


ピーターは静かに口を開く。


「皆さんは、戦争へ行くわけではありません」


講堂が静まる。


「生活を作りに行くんです」


教師たちが息を呑む。


「食べること」


「病を治すこと」


「学ぶこと」


「子供が眠れること」


「それを取り戻してください」


若い教師が震える声で尋ねる。


「本当に……僕たちで変えられるんでしょうか」


ピーターは少し笑った。


「僕も最初、そう思ってました」


空気が少し和らぐ。


ピーターは続けた。


「でもグロマールさんは言いました」


『環境が人を育てる』


「だから皆さんは、“環境”を作ってください」


教師たちの目が変わっていく。


その後方。


ピーター派教師団。


治癒師二十名。


全属性魔法運用者も含む。


さらにミネルバ派。


治癒師・薬師二十名。


彼女たちも出発準備を終えていた。


薬草箱。


浄化器具。


治療魔導具。


全て積み込み済み。


ミネルバが薬師たちへ声を掛ける。


「感染症確認を優先してください」


「飲み水の浄化も必ず」


若い薬師が頷く。


「はい!」


ミネルバは遠くを見る。


北。


そこには今も、病と飢えで苦しむ人々がいる。


彼女は静かに拳を握った。


「助けましょう」


その言葉に迷いはなかった。


夕方。


循環領中央広場。


巨大な馬車列。


教師団。


治癒師団。


物流部隊。


護衛武人団。


携帯魔導通信機が次々配布されていく。


魔力循環式通信端末。


循環領技術部開発。


長距離通信可能。


緊急救援対応。


情報共有。


各領との即時連携。


ベルグラード王国が五百年かけても完成させられなかった通信網。


それが今、循環領によって構築されている。


セレスが一覧を確認する。


「各班、毎日定時連絡」


「感染症発生時は即報告」


「農地状態も共有」


教師たちが頷く。


もう彼らは単なる教師ではない。


文明を運ぶ者たちだった。


その時。


老領主の一人が近づいてくる。


北部領主。


既に降伏文書提出済み。


彼は震える手で頭を下げた。


「本当に……助けてくれるのか……」


ピーターが答える。


「助けます」


老領主が涙を流す。


「王国は……もう……」


言葉が続かない。


ピーターは静かに言った。


「国は、まだ残せます」


「人が生きれば」


老領主は崩れるように泣いた。


夜。


第一陣が出発した。


十五領同時救援。


巨大な馬車列。


食料。


教師。


治癒師。


薬師。


通信機。


文明そのものが街道を進んでいく。


遠くから見れば、その灯りはまるで。


新しい国家が、大地へ広がっていくようだった。







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