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戦わずに世界を変えた男――教育と物流で“循環国家”を作ったら、宗教国家まで改革された  作者: 慈架太子


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252話:王国騎士団の決断

ベルグラード王国は、五百年続いた国家だった。


北方最大の穀倉地帯。

王都を中心とした流通網。

誇り高き騎士団。

巨大な紡織産業。


かつては“豊かな国”だった。


だが今、その国は静かに崩れ始めている。


原因は一つではない。


魔物被害。

病。

税負担。

貴族同士の責任転嫁。

王都優先の徴発。

物流崩壊。


そして何より。


“現実を見なくなった統治”。


国は、戦争で滅ぶとは限らない。


生活が壊れた時、国家は静かに死ぬ。


循環領外縁。


巨大な避難民受け入れ区画では、今日も多くの人々が列を作っていた。


水属性による浄化設備。


土属性で形成された仮設住宅。


風属性を利用した換気循環。


光属性治療院。


かつてのリードル村は、既に存在しない。


今ここにあるのは、“循環で回る国家”だった。


その入口付近で、マイクが腕を組みながら空を見上げる。


「また来たな」


遠く。


街道の向こう。


馬車の列が見えていた。


だが、今までの避難民とは違う。


整列している。


隊列維持。


武装。


馬の扱い。


それを見た瞬間、マイクの目が変わった。


「……騎士団か」


見張り塔の上からピーターも視線を向ける。


鎧は汚れていた。


旗も破れている。


それでも、彼らが正規兵であることは一目で分かった。


ベルグラード王国騎士団。


かつて北方最強と呼ばれた軍。


だが今、その騎士たちは疲弊していた。


鎧は手入れ不足。


馬は痩せ細り。


兵士たちの頬も削れている。


そして何より。


後ろに家族がいた。


子供。


妻。


老人。


それを見た瞬間、セレスが静かに言った。


「……終わったわね」


ピーターは小さく頷く。


正規軍が、家族を連れて逃げてくる。


それはつまり。


“国家を見限った”。


そういうことだった。


騎士団の列が止まる。


前へ出てきたのは、一人の男だった。


四十代半ば。


古傷の多い騎士。


肩には団長級を示す紋章。


だが、その目には疲労が深く刻まれていた。


男はゆっくり兜を外す。


そして地面へ膝をついた。


後ろの騎士たちも続く。


武装したまま。


だが敵意はない。


降伏だった。


周囲がざわめく。


避難民たちが息を呑む。


ベルグラード王国騎士団。


その騎士たちが、民衆の前で膝をついている。


男は顔を伏せたまま言った。


「我らは逃亡兵です」


声は掠れていた。


長く眠っていないのだろう。


マイクが前へ出る。


騎士たちを見る。


その後ろ。


小さな少女が、父親のマントを掴んで震えていた。


痩せている。


騎士の男が唇を噛む。


「処罰は受けます」


「だが……子供だけでも……」


言葉が続かない。


誇り高かったのだろう。


本来なら、民を守る側だった。


だが今は違う。


守れない。


食わせられない。


国家が、騎士から“守る力”を奪っていた。


マイクはしばらく黙っていた。


やがて言う。


「違う」


騎士が顔を上げる。


マイクは真っ直ぐ騎士たちを見た。


「家族を守っただけだ」


静かな声だった。


だが、その言葉は重かった。


騎士たちの表情が崩れる。


一人が泣いた。


若い騎士だった。


まだ二十代前半。


彼は震える声で言った。


「……俺たちは……」


「王国騎士なのに……」


後ろから小さな女の子が抱きつく。


「お父さん……」


騎士は娘を抱きしめた。


もう、騎士団としての誇りより。


父親としての本能が勝っていた。


セレスが前へ出る。


鑑定。


淡い光が騎士団全体を包む。


暴力中毒なし。


略奪傾向なし。


統率維持。


民間保護傾向。


セレスは羊皮紙へ記録していく。


「受け入れ対象」


その言葉に、騎士たちが安堵したように崩れ落ちた。


ピーターが駆け寄る。


「怪我人は!?」


「病人はいますか!?」


すぐに治療班が動き始める。


ミネルバも到着した。


白い治癒服。


銀色の髪。


彼女は騎士の子供たちを見るなり、すぐ膝をつく。


「大丈夫です」


「ここは安全ですから」


その瞬間。


張り詰めていた空気が切れた。


泣き声。


嗚咽。


騎士団の家族たちが崩れる。


限界だったのだ。


長い逃避行。


食糧不足。


病。


魔物。


そして、“国に見捨てられた”という現実。


それでも彼らは、最後まで秩序を守っていた。


ピーターは騎士団長へ近づく。


「王都は……そんなに酷いんですか?」


男は苦笑した。


疲れ切った顔だった。


「酷い、では足りません」


彼はゆっくり語り始める。


「市場は死にました」


「食料は貴族優先」


「兵糧は徴発」


「地方は見捨てられた」


「騎士団にも、もう配給は来ません」


周囲が静まる。


「病人は増える」


「盗賊は増える」


「魔物討伐も出来ない」


「それでも王都は、“威光を示せ”と言うだけです」


マイクが舌打ちする。


「クソだな」


騎士団長は否定しなかった。


「私は、王へ三度進言しました」


「北部を切り捨てるな、と」


「徴発を止めろ、と」


「民が死ぬ、と」


ピーターが静かに聞く。


「返答は?」


男は笑った。


乾いた笑いだった。


「“騎士は命令に従え”」


それだけだった。


風が吹く。


誰も言葉を返せない。


五百年続いた国家。


ベルグラード王国。


その国は今、内側から崩れている。


戦争ではない。


生活崩壊。


それが国家を殺していた。


その頃。


循環領中央区。


巨大な紡織工場では、今日も大量の布が生産されていた。


綿花。


寒冷地対応型“ベル綿”。


循環領農業研究区が改良した品種。


食料充足率三百%超。


保存倉庫。


冷却施設。


魔力循環式水路。


教育区。


孤児院。


巨大農地。


子供たちの笑い声。


そして。


働く人々。


循環領は、戦争で強くなったのではない。


生活を回した。


それだけだった。


だが、それが最も強かった。


ジミーが荷車を見ながら数字を確認している。


「騎士団家族追加かぁ……」


「食料倉庫第七開けるか」


部下が慌てる。


「足りますか?」


ジミーは即答した。


「足りるように回すんだよ」


「それが物流」


彼の背後。


巨大倉庫には穀物が積み上がっている。


ベル芋。


乾燥野菜。


保存肉。


発酵食品。


循環領は、もう“飢え”を前提にしていなかった。


だから、人を受け入れられる。


夜。


騎士団家族たちは仮設住宅へ案内されていた。


土属性建築。


氷属性冷却。


風属性換気。


簡素。


だが暖かい。


小さな少女がスープを飲みながら呟く。


「……おいしい」


騎士だった父親が顔を覆う。


泣いていた。


それを見た武人団の男が、静かに隣へ座る。


大柄な男だった。


古傷だらけ。


彼もまた、かつては戦場を生きていた。


「食え」


騎士が震える声で言う。


「……我々は、国を捨てた」


武人団の男は首を振った。


「違う」


「家族を守った」


騎士は何も言えなかった。


遠く。


循環領の灯りが夜を照らしている。


温かな光だった。


その光を見ながら、騎士たちはようやく理解し始めていた。


国家とは、命令ではない。


王でもない。


生活だ。


子供が眠れること。


病を治せること。


腹を満たせること。


学べること。


明日を考えられること。


それがある場所を、人は“国”と呼ぶのだと。







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