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戦わずに世界を変えた男――教育と物流で“循環国家”を作ったら、宗教国家まで改革された  作者: 慈架太子


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25話:悪徳商人

朝の空気は冷えていた。


水路を流れる水が、小さな音を立てる。


村人たちはすでに働き始めていた。


畑。


倉庫。


解体場。


訓練場。


以前のこの村なら、朝は重かった。


腹が減っていたからだ。


今日を生き延びられる保証が無かったからだ。


しかし今は違う。


まだ貧しい。


建物も古い。


服も継ぎ接ぎだらけ。


それでも、人が前を向いている。


グロマールは畑を見ていた。


土壌改善は順調だった。


水路の循環。


水属性による湿度調整。


土属性による地盤形成。


魔力操作による均一化。


作物が死なない。


それだけで世界は変わる。


干からびた畑だった場所に、緑が増えている。


村人たちは、その変化を毎日見ていた。


だから動ける。


希望は、人を働かせる。


その時。


遠くから馬車の音が聞こえた。


ジミーが顔を上げる。


「……来たな」


マイクが眉をひそめる。


「また商人か?」


「いや」


ジミーの目が細くなる。


「あれは嫌な匂いがする」


セレスが苦笑した。


「匂いで分かるの?」


「分かる」


ジミーは本気だった。


弱者の世界には、独特の空気がある。


搾取する側。


される側。


笑顔の裏。


言葉の重さ。


彼は昔から、それを見てきた。


だから察知する。


馬車が止まる。


豪華だった。


辺境には不釣り合い。


赤い布。


金属装飾。


そして護衛。


中央から来た商会。


男が降りる。


肥えた腹。


油っぽい髪。


高そうな指輪。


笑顔だけが妙に軽い。


「いやぁ! 素晴らしい村だ!」


男は大声で笑った。


「私はバルガス商会のロイドと申します!」


ジミーの眉がさらに下がる。


「あー……嫌いだわ」


セレスが小声で聞く。


「そんなに?」


「典型的」


ロイドは周囲を見渡した。


畑。


水路。


倉庫。


村人。


そして笑う。


目だけ笑っていない。


「噂は聞いておりますよぉ」


「最近、景気のいい村があるとねぇ」


マイクが腕を組む。


「何の用だ」


「取引ですよ、取引」


ロイドは両手を広げた。


「我々商人は、皆様の味方ですから」


その瞬間。


ジミーが小さく鼻で笑った。


セレスも気づく。


この男。


村を“獲物”として見ている。


ロイドは続ける。


「食料を買い取りたい」


「魔物素材も」


「薬草も」


「全部まとめて」


村人たちがざわつく。


現金は必要だ。


塩。


鉄。


布。


工具。


村だけでは作れない物は多い。


だから商人は重要。


ロイドはそこを理解している。


「もちろん高値で買いますとも!」


嘘だ。


ジミーは即座に理解した。


この男は相場を崩す気だ。


辺境村は知識が無い。


市場価格を知らない。


だから買い叩ける。


それが中央商人の常套手段だった。


ロイドが袋を開ける。


硬貨。


銀貨。


村人の目が揺れる。


飢えていた頃なら飛びついていただろう。


ロイドは笑う。


「どうです?」


「悪い話ではないでしょう?」


ジミーが前に出た。


「魔狼肉、一頭いくらだ?」


ロイドの目が細くなる。


試した。


そう理解した。


「そうですねぇ……状態も悪いですし、一頭銅貨八枚くらいで」


安い。


異常に。


普通なら銀貨一枚以上。


それを十分の一以下。


だが辺境村は知らない。


ロイドはそこを狙った。


しかし。


ジミーは笑った。


「あー」


「やっぱりそう来るか」


ロイドの顔が少し止まる。


「……何か?」


「いや別に」


ジミーは倉庫を指さした。


「在庫、今どれくらいあると思う?」


「は?」


「干し肉」


「穀物」


「塩漬け」


「薬草」


「全部回ってんだよ」


ロイドが眉をひそめる。


理解できない。


辺境村が“在庫管理”している?


あり得ない。


ジミーは続けた。


「今売る必要ねぇんだわ」


空気が変わった。


ロイドの笑顔が少し崩れる。


普通、辺境村は“今”売る。


飢えているから。


今日を生きるために。


だがこの村は違う。


備蓄がある。


循環がある。


つまり。


商人に依存していない。


ロイドが笑顔を戻す。


「若いのに商売を知っている」


「ですがね、保存には限界があるでしょう?」


「腐りますよ?」


ジミーは即答した。


「だから乾燥してる」


「塩漬けもしてる」


「水分量も調整済み」


ロイドの顔が固まる。


横でダグラスが吹き出しそうになる。


昨日から滞在していた彼は知っている。


この村。


本当にやっている。


しかも精度が高い。


グロマールが口を開いた。


「市場価格は知っている」


ロイドがゆっくり視線を向ける。


「ほう?」


「南部平均」


「中央平均」


「魔物素材価格」


「全部確認済みだ」


静かな声。


しかし重い。


ロイドの背中に汗が流れる。


なぜ知っている?


辺境村だぞ?


グロマールは続ける。


「情報は価値だ」


「知らないから奪われる」


「だから教えた」


その言葉で。


ロイドは理解した。


原因はこいつだ。


この男が異常。


教育。


知識。


相場。


保存。


物流。


全部繋げている。


だから買い叩けない。


ロイドは笑顔を保ちながら考える。


危険だ。


この村は危険。


広がれば困る。


中央商会が困る。


知識を持った農村。


備蓄を持った辺境。


自立した村。


最悪だ。


ロイドは声色を変えた。


少し圧を混ぜる。


「しかし、中央との繋がりを失うのは損では?」


「塩も鉄も必要でしょう?」


ミレナが口を開く。


「必要よ」


「だから取引する」


「適正価格で」


ロイドが彼女を見る。


目が強い。


以前なら揺れていただろう。


だが今は違う。


この村は“選べる”。


それが大きい。


選択肢がある人間は折れにくい。


セレスが静かに笑った。


「困るの、どっちかしらね」


ロイドの笑顔が僅かに引きつる。


ダグラスが横で笑いを堪えていた。


完全に読まれている。


ジミーが前へ出る。


「塩は交換比率でやる」


「鉄は重量確認」


「品質は鑑定」


「輸送費は計算済み」


「あと中央価格との差額も確認する」


ロイドは絶句した。


なんだこの村。


商会教育でも受けているのか。


ジミーは笑う。


少し悪い顔だった。


「悪徳商人ってのはさ」


「“知らない奴”から奪うんだよ」


「でも俺ら、知っちまったんだわ」


村人たちが静かに頷く。


以前なら騙されていた。


だが今は違う。


環境が変わった。


知識が増えた。


教わった。


だから成長した。


ロイドは初めて理解する。


この村の恐ろしさを。


強い魔法じゃない。


強い英雄じゃない。


“全員が少し賢い”。


それが一番怖い。


グロマールは静かに言った。


「取引は対等だ」


「奪うなら帰れ」


風が吹く。


水路の音が流れる。


畑では村人たちが働いている。


飢えていた村。


奪われ続けた村。


その村が今、自分たちで価値を守り始めていた。


それはまだ小さい変化だった。


だが確実に。


世界の仕組みを壊し始めていた。






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