246話:記録
統計国家。
GDP。
出生率。
食料充足率。
国民幸福度。
弱体化している領。
全部見える。
帝国中央統計院。
新設された巨大施設。
かつて、
帝国には存在しなかった組織だった。
理由は単純。
昔の国家は、
「正確に把握する」必要が無かった。
税だけ取れればよかった。
民がどれだけ飢えているか。
どれだけ病んでいるか。
どれだけ死んでいるか。
興味すら持たれなかった。
今は違う。
中央統計院の巨大壁面には、
無数の数字が映し出されている。
人口推移。
物流量。
出生率。
死亡率。
病院稼働率。
学校出席率。
農地生産量。
工業生産量。
幸福度。
全部、
毎日更新される。
隠せない。
誤魔化せない。
だから、
国家が壊れる前に分かる。
それが循環思想だった。
中央ホール。
若い統計官たちが魔導板を操作している。
「西部第三区、出生率上昇!」
「東部工業都市、幸福度二ポイント改善!」
「北部農業地帯、物流遅延発生!」
次々と情報が飛び交う。
慌ただしい。
だが、
空気は明るい。
誰も疲弊していない。
なぜなら、
この仕事が“人を救う”と理解しているから。
中央指揮卓。
フェルド・レイヴンが資料を見つめていた。
大臣スキル。
行政スキル。
さらに最近、
統計解析補助スキルまで覚醒していた。
もはや人間計算機だった。
横にはセレス。
二人で巨大地図を見ている。
セレスが静かに問う。
「……どこが危ない?」
フェルドは即答した。
「東南部」
地図の一角が赤く点滅する。
旧来型貴族領。
教育導入が遅れている地域。
数字が悪い。
GDP低下。
出生率低下。
幸福度低下。
さらに。
食料充足率まで落ち始めていた。
セレスが眉をひそめる。
「農業教師は?」
「不足している」
「衛生教師」
「定着率が悪い」
「原因は?」
フェルドが資料を切り替える。
そこには、
領主側の古い思想が並んでいた。
教育軽視。
女性軽視。
職人軽視。
結果。
若者流出。
教師流出。
物流停滞。
全部繋がっている。
セレスが小さく呟く。
「……数字って怖いわね」
「事実が見えるからな」
フェルドは静かだった。
昔なら、
「気合が足りない」で終わっていた。
今は違う。
原因が見える。
だから対策できる。
中央会議室。
帝国各領代表が集められていた。
巨大な魔導投影板へ、
帝国全体統計が表示される。
ざわめき。
数字が異常だった。
帝国全体食料充足率。
四三〇%。
五年前なら考えられない。
さらに。
識字率。
六一%。
幸福度。
六七。
出生率上昇。
冬季死亡率低下。
疫病発生率激減。
全部改善している。
老貴族の一人が呆然と呟いた。
「……本当に帝国なのか、これは」
誰も笑わない。
皆、同じ気持ちだった。
帝国は変わった。
完全に。
フェルドが前へ出る。
「重要なのは、成功領だけではありません」
地図が切り替わる。
赤い領。
衰退領域。
会議室が静まり返る。
フェルドは容赦しない。
「教育不足」
「教師不足」
「女性就学率低下」
「行政停滞」
「物流遅延」
「出生率悪化」
「全部繋がっています」
老貴族の一人が苛立った。
「数字だけで国家を語るのか!」
フェルドは冷静だった。
「数字は結果です」
「つまり現実です」
沈黙。
誰も反論できない。
実際、
改善領は全部数字が伸びている。
悪化領は全部落ちている。
感情論が通じない。
そこが新時代だった。
会議後。
若い官僚たちが廊下を歩いていた。
興奮している。
「見たか! 幸福度七〇超えの領!」
「出生率も上がってた!」
「教育入ると本当に変わるんだな……」
「統計って面白くない?」
昔の帝国なら、
あり得ない会話だった。
役人が、
数字を見るのを楽しんでいる。
理由は単純。
数字の向こうに、
人が見えるから。
中央統計院地下。
巨大保管庫。
無数の資料。
紙。
魔導記録。
農業記録。
出生記録。
病院記録。
学校記録。
全部保管されている。
一人の若い統計官が呟く。
「昔の国家って、ほとんど記録残ってないんですね……」
先輩官僚が頷いた。
「残す必要が無かったんだろうな」
「でも今は違う」
「記録が未来を救う」
その言葉が静かに響く。
夜。
フェルドとセレスが統計院屋上にいた。
帝都の灯りが広がっている。
工場。
学校。
病院。
市場。
全部動いている。
セレスが静かに聞く。
「疲れてない?」
フェルドは少し考えた。
「疲れてる」
「でも楽しい」
「数字が、国の未来を教えてくれる」
セレスは小さく笑う。
「あなた、本当に官僚向きね」
フェルドも笑った。
「かもしれない」
少し沈黙。
やがて彼は静かに言った。
「昔の国家は、“感覚”で動いてた」
「今は違う」
「記録する」
「比較する」
「分析する」
「改善する」
「だから国家が成長する」
セレスは夜景を見下ろす。
遠くの学校にもまだ灯りがある。
教師たち。
役人たち。
物流担当。
工員。
農業教師。
全部が繋がっている。
循環。
それは、
人の善意頼りではない。
記録。
分析。
改善。
積み重ね。
だから壊れない。
帝国は、
ついに“統計国家”へ変わり始めていた。




