247話:選択
豊かさとは何か。
その問いに、
帝国はついに向き合い始めていた。
かつての帝国貴族は、
「領地を持つこと」が支配だった。
民は税を納める存在。
農民は働く存在。
飢えても、
病んでも、
死んでも、
領主が責任を問われることは少なかった。
昔はそれで成立した。
情報が遅かった。
比較できなかった。
他領を知らなかった。
だから、
民は「こんなものだ」と思うしかなかった。
今は違う。
教育。
物流。
統計。
魔導通信。
全部繋がった。
そして人々は知ってしまった。
豊かな領。
死なない村。
学べる学校。
腹いっぱい食べられる食堂。
病で子供が死なない国。
それを知った人間は、
もう戻れない。
帝国中央議会。
巨大な会議室に、
帝国中の領主たちが集められていた。
空気は重い。
理由は明白だった。
中央改革法案。
ついに提出されたからだ。
議長席。
若き皇帝が静かに座っている。
隣にはレオハルト。
さらにその横には、
フェルド・レイヴン。
帝国行政改革責任者。
大臣スキル。
行政スキル。
さらに監査補助スキルまで覚醒していた。
帝国官僚の象徴。
フェルドが立ち上がる。
静かな声だった。
「これより、帝国行政監査法案を提出します」
ざわめき。
老貴族たちの顔色が変わる。
フェルドは続けた。
「今後、各領地は定期監査を受けます」
「教育率」
「食料充足率」
「死亡率」
「出生率」
「幸福度」
「汚職率」
「教師定着率」
「全部記録します」
さらに。
「基準を大きく下回った領主は、更迭対象となります」
会議室が騒然となった。
「馬鹿な!」
「貴族権への侵害だ!」
「中央の横暴だ!」
怒号。
だが、
フェルドは微動だにしない。
魔導投影板が展開される。
そこには、
帝国全領地の統計比較。
一目で分かる。
豊かな領。
崩壊寸前の領。
全部数字で見える。
言い逃れできない。
フェルドが静かに言う。
「民を飢えさせる自由は、統治ではありません」
沈黙。
誰も反論できない。
なぜなら、
結果が出ているから。
教育導入領は成長している。
教師を保護した領は人口が増えている。
物流整備領は幸福度が高い。
逆も同じ。
旧来型領地は、
全部落ちている。
会議室後方。
若い貴族たちは、
むしろ真剣に資料を見ていた。
彼らは知っている。
古いやり方では、
もう勝てない。
中央監査団。
それは、
単なる役人組織ではなかった。
農業教師。
行政官。
統計官。
物流官。
衛生教師。
索敵教師。
さらに鑑定持ち。
複数職種混成。
不正を隠せない。
誤魔化せない。
帝国は、
“感覚統治”を捨て始めていた。
監査団本部。
若い官僚たちが忙しく動いている。
「西部第三領、学校建設遅延!」
「南部農地、徴税異常!」
「北部工業区、幸福度上昇!」
情報が飛び交う。
そして皆、
仕事に誇りを持っていた。
昔の役人は違った。
命令だけ。
責任逃れだけ。
今は違う。
自分たちの仕事で、
国が変わる。
それを理解している。
中央監査団第一回巡察。
目的地。
桃生貴族領。
帝国内でも悪名高い領だった。
教育拒否。
重税。
教師追放。
食料隠匿。
さらに統計改ざんまで疑われている。
監査団が到着すると、
領主館は騒然となった。
桃生伯が怒鳴る。
「中央ごときが!」
「我が領に口出しするな!」
しかし。
監査団は動じない。
鑑定持ちが倉庫を見る。
即座に発覚。
隠匿穀物。
虚偽報告。
徴税誤魔化し。
さらに地下牢。
教師たちが拘束されていた。
空気が凍る。
若い監査官が拳を握った。
「……本当にあったのか」
老人官僚が低く言う。
「昔は珍しくなかった」
「今まで見えなかっただけだ」
その夜。
中央監査団報告書が帝都へ送られる。
翌日。
帝国史上初。
貴族位剥奪命令。
桃生伯。
全爵位没収。
領地接収。
会議室が静まり返る。
誰もが理解した。
時代が変わった。
もう、
「貴族だから許される」は終わった。
民衆側の反応は早かった。
歓声。
市場で話題になる。
「本当に処分されたぞ!」
「中央が動いた!」
「教師を閉じ込めたのが原因らしい!」
「やっと変わるのか……」
人々は見ていた。
国家が、
自分たちを見始めたことを。
夜。
フェルドとセレスが行政塔最上階にいた。
静かな灯り。
帝都全体が見える。
セレスが小さく呟く。
「……豊かさって何かしらね」
フェルドは少し考える。
そして静かに答えた。
「選べることだと思う」
「学ぶか」
「働くか」
「休むか」
「結婚するか」
「子供を育てるか」
「未来を作るか」
「それを自分で決められること」
セレスは目を細める。
昔の民には、
選択肢が無かった。
生きるだけ。
耐えるだけ。
死ぬだけ。
今は違う。
学校がある。
仕事がある。
病院がある。
物流がある。
教師がいる。
だから未来を選べる。
それが文明。
それが豊かさ。
行政塔下層。
若い官僚たちが、
まだ灯りの下で働いていた。
疲れている。
それでも、
顔は暗くない。
なぜなら。
自分たちの仕事が、
国を変えていると知っているから。
帝国は、
ついに選び始めていた。
「誰を守る国家なのか」を。




