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戦わずに世界を変えた男――教育と物流で“循環国家”を作ったら、宗教国家まで改革された  作者: 慈架太子


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241話:後継者

朝焼けが循環領を染めていた。


巨大な農地。


整備された用水路。


石畳の道路。


物流用ゴーレムが荷を運び、各都市へ向かっていく。


教育都市。


工業都市。


農業都市。


治療都市。


孤児院区画。


行政区。


それぞれが独立しながら、互いを支えている。


循環領。


もはや“領地”という規模ではなかった。


文明圏。


その言葉が自然に使われ始めている。


そして今。


その文明圏で、一つの試験が始まろうとしていた。


「……本当に行くのね」


セレスが静かに言った。


執務室。


窓の外では朝日が昇っている。


グロマールは旅装を整えていた。


荷物は少ない。


いつも通りだ。


必要最低限。


「外を見る」


グロマールは短く答える。


「循環は閉じると腐る」


「教師交流だけじゃ足りない」


「外の文明を見る必要がある」


セレスは頷いた。


理解している。


彼は支配者ではない。


停滞を嫌う人間だ。


「期間は?」


ミレナが聞く。


「未定」


「またそれ?」


マイクが頭を抱えた。


「領主が未定で消えるなよ!」


「だから訓練になる」


グロマールは机の地図を指でなぞる。


北方。


南部港湾。


西部獣人圏。


旧宗教国家。


新たな教育圏。


「俺が居なくても回るか」


「それを確認する」


静寂。


誰も軽く受け取らなかった。


循環領は大きくなりすぎている。


人口。


物流。


教育。


工業。


農業。


医療。


外交。


全部が巨大化していた。


もはや一人で支えられる規模ではない。


だから必要だった。


後継。


「代理は?」


ジミーが聞く。


グロマールは視線を向けた。


「セレス」


空気が止まる。


ミレナが笑った。


「やっぱり」


マイクも納得顔だった。


「まぁお前しかいねぇわな」


セレスは溜め息をついた。


「……最近やたら行政投げてきてたの、全部これ?」


「ああ」


「会議」


「ああ」


「物流再編」


「ああ」


「都市分化」


「ああ」


「外交調整」


「ああ」


「予算編成」


「ああ」


セレスが額を押さえる。


「最初から育成だったのね……」


「適性があった」


グロマールの返答は簡潔だった。


でも。


それが一番重い。


評価しているという意味だからだ。


「私、領主向いてないわよ?」


「向いてる」


即答。


ミレナが吹き出す。


「そこ即答なのね」


「現実見れてる」


「感情に流されない」


「でも切り捨てない」


「適性十分」


セレスは少しだけ黙った。


昔の彼女なら逃げていた。


責任。


重圧。


そういうものを嫌っていた。


でも。


今は違う。


ここを守りたいと思ってしまっている。


「……分かったわ」


セレスは立ち上がった。


「代理領主を引き受ける」


その瞬間だった。


頭の奥で何かが弾けた。


膨大な情報が流れ込む。


物流。


行政。


教育。


外交。


人員。


資源。


最適化。


視界に文字が浮かんだ。


『宰相スキルを獲得しました』


セレスが息を呑む。


周囲も気づいた。


空気が変わった。


ピーターが静かに笑う。


「やっぱり」


「……何がよ」


「セレスさん、ずっとそうでしたから」


「みんなを繋げて」


「整理して」


「感情と現実を両立させて」


「無理を無理って言って」


「でも絶対見捨てない」


「それ、宰相ですよ」


セレスは苦笑した。


「嬉しくないわね」


「似合ってる」


ミレナが笑う。


マイクも頷く。


「お前、昔から現場と頭脳の中間だったしな」


「嫌な評価だわ」


そう言いながら。


セレスの目は逃げていなかった。


覚悟している目だった。


数日後。


正式に。


セレス代理領主体制が始まる。


驚くほど混乱は起きなかった。


教師たちは冷静。


工員たちも。


農民も。


物流担当も。


「まぁセレス様だよな」


「実質そうだったし」


そんな声すら出る。


属人化していない。


それこそが循環領最大の強みだった。


行政区。


巨大な会議室。


各都市代表が並ぶ。


セレスは中央席に座っていた。


「まず現状確認」


「食料充足率」


農業教師が即答する。


「七〇二%です」


ベルセリア視察団がざわつく。


七〇〇%超。


異常だった。


完全に。


通常国家なら二〇〇%で奇跡。


三〇〇%で大豊作。


それを遥かに超えている。


理由は単純だった。


教育。


用水路。


土壌改善。


農業教師。


物流最適化。


保存技術。


多品目栽培。


そして。


失敗共有。


循環領では失敗が財産になる。


だから成長速度が異常だった。


「備蓄は?」


「十二年分」


「輸出余力は?」


「十分あります」


セレスは頷く。


「次」


「工業都市」


鍛冶教師が前へ出た。


「魔導工具の生産効率二割上昇」


「紡織産業は?」


「自動織機型ゴーレム補助で更に拡大中」


「物流負荷は?」


そこで。


マリーが立ち上がった。


長い髪を後ろで束ねたダークエルフ。


工業都市責任者。


ゴーレム技術開発主任。


「現在、ゴーレム専用道路を建設中です」


会議室の地図が光る。


各都市を結ぶ太い線。


「一般道路と分離」


「重量問題を解消」


「輸送速度向上」


「事故率低下」


「大型物流ゴーレム対応」


ベルセリア視察団が絶句していた。


「……道路を分けるのか?」


ガルムが呟く。


マリーは頷いた。


「歩行者と荷車を同じ道に通すと限界があります」


「だから分けます」


「物流は物流専用に」


「人は人専用に」


合理的だった。


恐ろしいほどに。


セレスが聞く。


「進捗は?」


「主要三都市間、六割完了」


「来年には農業都市まで接続予定」


「事故率予測は?」


「現行比七割減」


ジミーが笑う。


「物流担当からしたら神だぞこれ」


「今まで渋滞酷かったからな」


マイクも腕を組む。


「最近ゴーレム増えすぎだしな」


「狩り部隊の輸送も楽になる」


ベルセリア女王フィリアは静かに呟いた。


「……国家じゃない」


「文明そのものだわ」


誰も否定できなかった。


その夜。


セレスは執務室に残っていた。


大量の書類。


予算。


物流。


教師配置。


外交。


普通なら潰れる。


でも。


不思議と回っていた。


宰相スキル。


視界が整理される。


優先順位。


問題点。


必要人員。


自然と見える。


「……厄介なスキルね」


苦笑する。


そこへ。


ピーターが紅茶を持って入ってきた。


「まだ起きてたんですか」


「領主代理なめてたわ」


「グロマール、どうやって回してたのよ」


「多分……」


ピーターが笑う。


「寝てないです」


「ありえるのが怖い」


二人が笑った。


窓の外には灯りが広がっている。


学校。


工場。


治療院。


孤児院。


食堂。


夜でも動く文明。


止まらない。


もう。


誰か一人が支える時代ではない。


だからグロマールは旅に出られる。


後継者が育ったから。


循環が完成し始めたから。


セレスは窓の外を見る。


静かに呟く。


「……任せなさい」


その声は小さい。


でも。


確かな覚悟があった。







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